何かが変わると期待していた。
何かが変わってくれると、勝手に思っていた。
でも、やっぱり、私は私のままでしか、いられなかった……。











                                              冬に咲く華










日中でも肌寒さを覚える季節になった今でも、私とあの人の、あの場所での会話は終わりを告げてはいなかった。
あの人は終わりを切り出してこなかったし、私もそんな事をするつもりはなかった。
あの人がどういう意図を持っているのかは不明だったが、私は『続けたい』という気持ちを一応持っているつもりで、あの場所に赴いていた。
思いを抱えつつも、それを口に伝えた事はなかったが。
それが、現状の私を作り上げているという事はいい加減わかりきっているというのに……。
直枝さんと話をして、もう2ヶ月が経過していた。
あの時私は確かに楽しみを感じ、笑う事に気づき、この世界に希望を見出したはずだった。
何ら変わりのない、怠惰な日々……それを、脱却できると確信したはずだったのだ。
けれど、それがどうだ。
あの時腐る程落ちていた葉はすっかり消えうせ、木々は丸裸になり、雪が降り始める季節になった。
だというのに、私は何も変わってはいない。
相変わらず諾々と周りに流され、その流れに乗ったままのうのうと生きている。
希望はどうした。
楽しくなるはずではなかったのか。
結局の所、思うだけでは何も変わる事など出来ないのだ。
その思いを運動神経に伝達し、自らの体でもって変えていかなければ、変化など起きるはずもなかったのだ。
それがプラスの方向に行くものならば、なおさら。
喜ばしい出来事が舞い込んでくるなんて、早々ありうるものではなかったのだ。

「……雨、か」

廊下の窓の向こうには、厚くかかった雲と、無数の雫が見えた。
それは路面を大いに濡らし、あちこちに水溜りを作っている。
今日は、ナシか……。
わかりきっている事だったが、あえて小さく口にしてみた。
私達のいつものあの場所……食堂裏の、錆付いたベンチ。
そこは雨を凌げる場所ではなく、こうして天気が思わしくない日は、私達は確認を取るでもなく、雑談を中止にしていた。
雨は、気分を落ち着かせてくれる時もあれば、陰鬱にしてくれる時もある。
今日の私の気分は、後者だった。
こうして自分の現状を悔いる日は、あの人と会話がしたかった。
あの人と会って、その笑顔を見て、話を聞いて、愉快な気分になりたかった。
それは、落ちた心を自らで浮き上がらせる力を持ちえていない証拠。
誰かに掬い上げてもらわないと、永遠に、深く、深く落ちていってしまう……。
結局は今でも、あの人に寄りかかってしか生きられないという事か。
傾いた心を己で修正できない自分に、少し嫌気が差した……そんな、時だった。

「あれ?古式さん?」

声を掛けられた。
女性の様な高い声……だけれども、私はそれが女性ではない事がわかっていた。

「……こんにちは、直枝さん」
「うん、こんにちは」

窓から視線を外し、声のした方を見れば……やはりそこには、私の思った通り、直枝さんがいた。
隣に棗鈴さんを連れて。

「……今日は、野球は中止ですか」
「うん。まぁ、この雨じゃさすがにね……」
「そうですか……」

苦笑を浮かべながら、直枝さんは窓の外に視線を仰がせた。
屋外が基本である野球は、今日の様な天気ではまず行えないだろう。
何かトレーニングを行うのならまた別だが。

「……理樹、行こう」

些細な時間ではあったが、蚊帳の外に置かれた棗さんが待ちきれなくなったのだろう、直枝さんの上着の裾を引っ張る。
野球が出来なくなったとはいえ、リトルバスターズの方々がそれで大人しくしているとは思えない。
今日も、何かしら遊びのネタを見つけたのだろう。

「あ、うん……それじゃ古式さん、またね」
「はい……」

私ににこりと笑みを向けてから、直枝さんは鈴さんを連れ立って私の横を通り過ぎていく。
棗さんが一瞬私に視線を向けてきたが、何を言うでもなく視線を外し、去っていく。
遊ぶ、か……。
娯楽という娯楽を一切切り捨て、弓道に打ち込んできた私には何が『遊び』なのかよくわからない。
弓道をしている時は楽しかったが、あれは遊びではないと思う。
でも、彼らの……直枝さんや、あの人の笑顔を見れば、それが『楽しい』物である事は窺い知れた。
……そう、窺う事は出来ても、それは私の想像の中でしかないのだ。
『遊び』という物を明確に体験した事のない私は、それを外から眺めて『あぁ、そういう物なのか』と知った風な口しか聞けないのだ。
幼い頃から全てを弓に捧げてきた私……それは、一般人から見れば異常な人生なのかもしれない。
ありとあらゆる余暇でさえも全てを弓に関する事に費やしてきた。
周りが流行りの遊びや娯楽に夢中になっている時でも、私はひたすら学業と弓道だけに目を向けてきた。
それ以外の事柄の情報は一切遮断し、幾十年という人生の全てを弓に捧げるつもりでいた。
その結果、弓を失った瞬間……私は、何をして時間を過ごせばいいのかわからなくなった。
『遊び』の1つもまともに体験していない、女子高生として……。
半身だけ後ろに向け、2人の背中を眺める。
……混ざり、たい。
あの人達をあんな笑顔にさせるという、『遊び』を知りたい。
そんな気持ちが、少しだけ……ほんの少しだけ、私の中に芽生えていた。
でも、それを口に出す事は出来ない。
何故か……それを言って、あの人達を困らせたくないから。
あの人達は、5人……そして10人という集団を形成している。
それは誰にも邪魔される事のない、彼らだけの集団……リトルバスターズ。
そこに入っていく私は、まず間違いなく、異分子。
彼らは笑って受け入れてくれるかもしれない……いや、そうだと思いたい。
しかし、私が入る事で、彼らなりの調和、リズム、雰囲気……それを、壊す事になるかもしれない。
拒絶される事も怖い。
だが、それ以上に、気の良いあの人達が笑って私を受け入れた後に、あの集団を崩してしまうかもしれないのが、一番怖かった。
だから、私は言わない。
本格的に混ざるくらいならば、どっちつかずの位置で、あの人達の暖かさに浸っている方が……。

「あ、そうだ」

少し離れた所でそんな声がしたと共に、直枝さんの足が止まる。
それに続いて、半歩進んだ所で、棗さんがどうしたのかと振り返る。
私も何事かと、半身ではなく、きちんと彼らの方へ体を向けた。

「これから、僕の部屋で皆で遊ぶんだけど……古式さんも、来ないかな?」
「……」

少し控えめに、伺いを立てる様な声。
だけれども、それは明らかに、私への『遊び』の誘いだった。
思わず私は口を噤んだ。
諦めたというか、己の欲望を潰しかけた所での誘いに、頭の中が一瞬混乱してしまい、咄嗟の反応が出来なかったのだ。

「もし何か用事があるんだったらあれだけど……せっかくここで会ったんだし、どうかな?」

若干開かれた距離の中、直枝さんが恐縮そうに言葉を続ける。
……どうしようか。
迷う必要など本当はない……だけれども、やはり不安は拭えるわけではない。

「ね、鈴もいいでしょ?」

私が迷っている間に、直枝さんが棗さんに話しかける。
すっ、と直枝さんの前に歩み出てきた彼女に、私は目を向ける。
いつもの無表情のまま、私を見据えていた彼女だったが……。

「古式さん、一緒に遊ぼう。きっと楽しいと思うぞ」

ふっ、と相好を崩して、優しく語り掛けてきた。
それは、私にとって大幅な予想外であった。
直枝さんに恐らく懸想しているであろう棗さんから見れば、私は邪魔者に見えているだろうと思っていた。
きっと棗さんは良い顔をしないであろうと思っていたし、了承するにしても、渋々といった様子で頷くだろうと私は思っていたのだ。
人見知りが激しいと聞いていた事もあり、まずこんな態度に出る事などないだろうと踏んでいたのだが……。

「古式さん、どう?」

最後の追い打ちとばかりに、直枝さんが言葉を続ける。
いや、いつまでも答えを出さない私がいけないのだが……。
そして、そこではたと気づく。
私は何に恐怖していたのだったか。
何が怖くて、答えを渋っていたのだったか。
……それは、この人達の困った顔を見たくないという事。
もしここで断れば、この人達ならまず気を悪くする事はないだろうが、残念がるであろう事はすぐに想像できる。
それは、私が嫌がっている事そのものではない、か……?
ここで断っても、この人達はまた何かあれば誘ってくれるかもしれない。
しかし、こうして誘ってきてくれているというのにそれを断るという事は、この人達の好意を無下にしているという事。
別段明確に今日行けない理由はないのに、後々にもしかしたら起こりうる可能性に怯えて拒否する……それは、おかしな事ではないか?
もし怪しげな雰囲気になったら、私が抜け出せばいい。
先を見据えて縮こまるくらいなら、いっそ飛び込んで、そこから考えればいいのではないか……?

「……皆さんがいいのであれば、喜んで」

気づけば、そんな事を口走っていた。
それは、『もうどうでもいいや』という投げやりな思考の下に放たれた言葉であった。
後の考えを練る云々以前に、ここで誘いを断って、直枝さんと棗さんの残念そうな顔を見るのは耐えられない……ただそれだけの、延命策に過ぎなかった。

「そっか……よかった。それじゃ、行こう」

私の言葉に、ぱぁっ、と顔を綻ばせてから、直枝さんが踵を返し、昇降口へ向けて足を運ぶ。
そして、私と直枝さんを交互に見比べてから、棗さんも小走りで直枝さんに続いた。

「……これで、良かったのでしょうか」

小さく呟く。
しかし、それももう後の祭り。
受諾したのは誰でもない私であり、色々と考えながらそれを放棄したのも、私でしかなかった。
残された道は、直枝さん達の後を追い、待ち受ける運命を見定めるのみ。
最も、そんな仰々しいものではもちろんないのであるが、私にとってはそのくらい、重大な出来事なのだ。
私と言う異端が、彼らの中に入る事で起こる作用の行方……気にならないと言ったら、十中八九、閻魔様に舌を抜かれてしまうだろう。

「……ふぅ」

小さく息を吐いて。
私は、彼らの後に続いた。
不安と、少しばかりの後悔と、消す事の出来ない高揚感を伴って―――。














「3マス進む、と……おいおい、オオクワガタ発見しちまったぜ」
「だぁぁぁっ!また株が暴落したぜぇぇぇっ!」

しとしとと外は雨が降る中、部屋内には一喜一憂の声が響く。
部屋の中央に置かれた、彩られた盤上を囲む様にして座る私達。
盤の上を、車の形をしたコマがルーレットによって定められた数分だけ、マスを移動していく。

「……人生ゲーム、ですか」
「なんだ、古式は嫌いだったか?」

恭介さんの気まずそうな表情を一瞥しつつ、『いえ……』と小さい声で返す私。
さすがに、『知らない』とは言えなかった。
知識として頭の中に入ってはいたが、こうして実物を見るのは初めての事だった。
運良く順番は4番を引き当て、どうにかこうにか先に始めた方のやり方を見よう見まねで行い、やっとやり方を把握してきた所だった。
自分の番を凌ぐだけで精一杯なのもあり、淡々とコマを動かしていく私に比べ、他の方々は止まったマス目に書かれた内容を見ては、笑ったり、叫んだり、落ち込んだりと……その表情を、ころころと変えた。

「やばい理樹っ!あたし結婚してしまうぞっ」
「いや、そこは絶対止まる所だから……というか何がやばいのさ?」

ようやく余裕が出てきた所で、私は、そんな彼らの様子を、他人事の様に眺めていた。
まるで、自分は参加していないかの様に。

「それにしても、古式はえらく順風満帆だな……金もあれば夫もいて、子供も男の子と女の子1人ずつかよ……」
「しかもスポーツ選手かよ……くそっ、何で俺は占い師なんだよっ」
「それは真人がその職業で就職したからでしょ……」

ゲームも半ばを超えた辺りには、それぞれに差が付き始めていた。
1位は他の追随を許さず、ひたすらお金を手に入れるマスを突き進んでいる恭介さん。
2位が私、3位、4位を僅かの直枝さんとあの人が追随している。
5位は鈴さんだが、彼女はルーレットが悉く小さい数字を引き当てている為、私達のかなり後ろの方にいるだけで、この後私達を追い抜く可能性はある。
そして最下位は井ノ原さん。
運に見放され、まずあまり引く事がないはずのマイナスのマスばかりを引き当て、この人の経済状況は悲惨な状況だ。
これを見れば、確かに私のこの『人生』は、非常に幸福なものなのかもしれない。

「次、古式さんだよ」
「あ、はい……」

私の番が回ってきたので、ルーレットを回す。
カラカラと酷く空虚な音を立てながら回るそれを見ながら、ぼんやりと考える。
もしも、こんなに穏やかな人生が送れたら……、と。
何事もなく学生生活を終え、弓道の選手として活動し、結婚し、子供を授かる……。
そんな人生を送れたら、どれだけ幸せだろうか。
……そんな人生が、もしかしたら送れていたのだろうか。
『何事もない』学生生活ではなくなってしまった。
たった一瞬の出来事が、私の片目を奪い、私の生き甲斐を奪っていった。
私はこれから、どうしたらいいのだろうか。
何もする事がなく、弓への後悔だけを胸に抱え生きていくのだろうか。
これからいくらでも幸せには出来るのだろう……外面的には。
だがしかし、十数年志した弓の道への思いを、私は決して捨て去る事は出来ないだろう。
いつだって、ふとした瞬間にその頃の事を思い出し、そして事故の事も思い出し……『もしあぁならなかったら』と、心を痛めるのだろう。
決して、私は今後に手に入れられるだろう人生に、満足する事は出来ないのかもしれない。
それくらい、大好きだったから。
辛いことも苦しいこともあったけど、私は、弓道が大好きだったから。

「…っ、くっ……」
「……古式?」

我慢出来なかった。
抑え込んでいた気持ちを思い出してしまえば、泣いてしまうとわかっていたから。
どうして弓の道を目指していたのか。
どうしてそれだけの年月を、弓に費やしてきたのか……その理由は、考えないようにしてた。
それを改まって考えてしまえば、悲しくなるのはわかっていた。
涙が溢れてしまうだろう事は、わかっていたのだ。
でも、考えてしまった。
大好きで、学校で机に齧り付いている間も待ちきれなくて、放課後になった途端校舎を飛び出した小学生の頃。
そんな事はしなくなったが、それでも授業中にぼんやりと弓の事ばかり考えてしまっていた、中学、そして高校1年。
楽しかったのだ。
空気が凝固する様な緊迫感の中で、弓を引き、離す……空気を裂く音を響かせ、矢が的に中る瞬間が、堪らなく好きだったのだ。
好きだった……好きだったのに、もう、その瞬間を垣間見る事は出来ないのだ。
もう、私は、中てる事は、出来なくなってしまったのだから。

「ひっ、っ……」
『……』

堰を切った様に、涙が目から零れ頬を伝い、床に滴り落ちる。
あぁ、やってしまった……。
あれだけこの人達の困る顔を見たくないと思っていたのに、自分の行動がそうさせてしまった。
もはやルーレットは止まっているのだろうけども、視界が滲んでよく見えず、皆さんの顔を窺うのも怖く、顔を上げる事も出来ない。
困っているだろう、どうしていいかわからないだろう……私が、空気を壊してしまった。
この人達の『遊び』の空間を、私が崩してしまったのだ。
やはり来なければ良かったのだ。
私はまだ、この人達の空間に入れる程、強くはなっていなかったのだ。
穏やかな空間は、私には辛すぎたのだ。
ここにはもう、いない方がいい。
後味悪くさせてしまうだろうけども、ここは立ち去った方が――。

「古式さん」
「……?」

直枝さんが、私を呼ぶ。
ぐしゃぐしゃな顔のまま、私は直枝さんがいたに顔を上げる。
相変わらず涙のせいで、視界は滲み、歪んでいた。
そんな私を気にする事もなく、直枝さんは。

「とりあえず……楽しもう?」

優しい声で、言った。
どくん…と、心臓が大きく跳ねた。

「いつも悲しい事ばかり考えてたら、気が滅入っちゃうよ……だからさ、今くらいは忘れて、遊ぼうよ」

私の事を知らないからそんな事が言えるのだ……などとは、思えなかった。
ぐしぐしと目に溜まる涙を拭って、周りを見る。

「さ、古式。お前の番だぞ」
「古式さん、5だぞ」

恭介さんと鈴さんが、笑顔で促し。
井ノ原さんとあの人も、笑っていて。

「古式さん」

直枝さんも、笑っていた。
あぁ……私はまた、忘れたのか。
『楽しい』とは何なのかを、また、失いかけたのか。
こんな暗い気持ちなわけがない……もっと、自然と笑顔が込み上げてくる様な、そんな感情。
それが『楽しい』というものではなかったか。

「……はい」

笑顔を作って、コマに手を伸ばす。
何も変わっていない……まだきっと、後悔はするのだろう。
けれど、楽しむ時は楽しむ、笑う時は笑える……そんな人間になれたら。
私は、何か……変わる事が出来るのかもしれない。

「……直枝さん」
「ん?」
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

直枝さんの笑顔を見て、またしゃくり上げそうになる声を抑えつつ。
私は、コマを盤上に滑らせたのだった。











「今日は見苦しい所を見せてしまって……本当にすみませんでした」
「皆気にしてないよ」
「そうだ、気にすることはない、古式さん」
「……はい」

冬の夜は早い。
男子寮を出た頃には、すっかり空は暗くなっていた。
女子寮への距離はそれ程遠いわけではなかったが、何故か直枝さんが着いてきてくれた。
寮の入り口で向けてきた、あの人の笑顔が妙に気がかりだった。
それを頭の端に置きつつ、私と直枝さん、そして鈴さんが、横並びで夜の道をゆったりと歩く。
結局、人生ゲームは順位の変動なく終了した。
しかし、順位など関係なく……皆さん、楽しんでいた。
私は、やっぱり黙々と動かす事しか出来なかったけれど。
この人達の笑顔を間近で見れた事は、良かった。

「……直枝さん」
「ん?」

女子寮まで残りわずかという所で、私は直枝さんに声を掛けた。
直枝さんの横から、ちょこんと鈴さんが顔を出してこちらを見上げていた。

「直枝さんの言う事も最もだと思います。悲しい事ばかり考えていては、楽しめる時に楽しめない……そう、おっしゃいましたよね?」
「うん……」
「ですが、考えてしまうんです。これからずっと、私はもはや歩むことの出来ない弓の道に縛られ、苦しむのではないか、と……」
「……」
「変わってしまったのです、私は……もう、弓を射る私ではないのです。そんな私は、この後、どう生きればいいのでしょうか」

そんな事、直枝さんに聞いてどうするのか。
わかっていても、愚痴混じりなそれを抑える事は出来なかった。
いつだって突如現れては、何かと私に気づかせてくれる直枝さんなら、何か……何を期待しているのかわからないが、少なからず私をどこかに導いてくれるのではないかと思った。

「……次の生き甲斐を、見つければいいんじゃないかな?」
「……ぇ?」
「きっと、まだまだ古式さんが吹っ切るのに時間は必要だろうけど……でも、楽しい事や嬉しい事って、もっともっとあると思うよ。古式さんはこれから、ゆっくりでいいから、そういうのを探していけばいいんじゃないかな?」

直枝さんの口から出た言葉は、それはそれはありふれた励ましだった。
何度聞いたかと思うくらいの、何てことはない言葉だった。
でも……それが、真理なのだ。
人は生き甲斐がないと生きていけない。
それを失ったら人間は……生きるには、また別の生き甲斐を見つけるしかないのだ。

「……そう、ですね」
「ごめん、大した事言えなくて……」
「いえ、気になさらないでください」

わかっていたのだ。
結局、皆から掛けられている言葉を跳ね返していたのは、自分だという事も。
弓しかないのだと、意気地になっていたのだ。
もしかしたら……もしかしたら、弓よりももっともっと楽しい事が、あるのかもしれない。
それを探す努力を怠っていたのは、他ならぬ私。
そして、それに気づいたなら、私がする事は、もう決まっていた。

「なら……直枝さん」
「ん?」
「手始めという事で……一緒に、お出かけしませんか?」
「っ!?」

鈴さんの顔がぴしりと固まるのを横目に。
私は、くすりと笑みを零した。

私の新たな一歩が、ここで踏める事を願って――――。









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