「りきくんりきくんっ」
「はいはい、どうしたの葉留佳」
「これねっ、りきくんにあげるーっ」
 
そう言って手渡されたのは、小さなビー玉だった。
透明なガラス玉の中に、カラフルな帯状の模様が捻じれる様に描かれている。
小さくなっても、彼女は相変わらずビー玉がお気に入りだった。
 
「ありがとう……でも、いいの?」
「うんっ、はるか、いっぱいもってるからっ!」
「そっか」
「ねーねーっ、いっしょに、ビー玉であそぼっ!」

僕のより二周り以上に小さな彼女の手が、僕のそれを掴んで、ぐいぐいとリビングへと引っ張っていく。
彼女のもう片方の手には巾着袋が握られていて、その中から、小さくガラスの摩擦音が聞こえてきた。
おばさんに買ってもらったのだろうか、明らかに以前よりも数がありそうな気がする。
確かに、『いっぱい持っている』様だった。
その体のどこにそんな力があるのか、ずるずると彼女に引っ張られつつ、そんな事をぼんやりと考えていると。
 
「……ん?」
 
リビングの隅に、ちょこんと佇むもう1人の少女が。
絵本を胸元で抱えながら、じっとこちらを見つめている。

「どうしたの、りきくん?」
「ん?いや……」
 
僕が立ち止まったせいで引っ張れなくなった葉留佳が、不思議そうに僕を見上げた。
どうするか……などと、思考する時間など、一瞬すらもなかった。
葉留佳の手を掴んだまま、片腕を彼女の腰元に回し、抱き上げる。
 
「わ、わぁっ!」
「よっ、と!……佳奈多ー、こっち来て3人で遊ぼう」
「……別に、いい」
「そんな事言わないで、絵本読んであげるから」
「……なら、行く」
 
葉留佳に比べあまり僕に懐いていない佳奈多――おばさん曰く、照れているだけらしいが――を、手招きして呼ぶ。
絵本という誘惑に負けたのか、佳奈多がとことこと僕の下へと寄って来た。
 
「この本でいいの?」
「うん。あと、あれと、これと……」
「えーっ、りきくん、はるかと遊んでくれないのーっ?」
「うっ……じゃぁ、葉留佳も一緒に絵本読もうっ、ねっ?」
「うーん……りきくんといっしょにあそべるなら、それでいい」

それでもやはり興味はビー玉に向いているのだろう、若干しょぼくれた雰囲気を出しながらも葉留佳はソファに座った僕の、さらに膝の上へと座った。
これで、一件落着……と、行くわけもなく。
僕の上に葉留佳が陣取ってしまうと、佳奈多が座る場所がないわけで。
 
「はるか、そっちいってよ」
「えーっ、やだー、はるかここがいいーっ」
「りきはわたしといっしょにあそびたいから、えほんよむっていったの。だから、そこにはわたしがすわるの」
「ちがうもんっ、りきくんははるかとあそびたいんだもんっ」
 
絵本を前にして、ケンカを始める幼い姉妹。
保育士という仕事が骨の折れる職業であろう事を、最近改めて痛感していた。
たった2人の子供でもこれだってのに、何十人もなんて、大変すぎるよ……。
とはいえ、こんな光景も慣れてくれば微笑ましいものに思えてくるから不思議である。
とにかく、おばさんに留守番を任された以上、放棄するわけにもいかないわけで。
仕方がないので、最終手段に踏み切る事にする。
 
「わたしなのっ!」
「はるかだよっ!」
「はいはーい、2人ともそのくらいにしてねー」
『うわぁっ!』

渾身の力を振り絞って、2人を掬い上げる。
そして、1人ずつ片膝に乗せ、どちらにも見える様に絵本を開く。
 
「仲良く見ましょうねーっ」
「はーい」
「……わかった」
 
『いぃーっ!』といがみ合いつつも、この場を離れようとしない2人。
こうやって僕の定位置を争った際には、こうすると2人はケンカをやめるのだ。
そして絵本を読んでいくうちに、仲は元通りになる……というのがお決まりのパターンだった。
こうやって僕の上のポジションを争うのは、僕を気に入ってくれているのか、それとも座り心地的な話なのかはわからなかったが。
こうして3人くっついて何かをして遊ぶというのは、何だか、物凄く安らかな気分になれた。

「それじゃ、行くよ」
『うんっ』
「むかーし、むかーし……」
 
そして僕の口から出る話は、それはもうベッタベタな御伽噺。
この2人にももう、10回以上は読んだ記憶が克明に残る様な、使い古された絵本だった。
それでも、2人は度々『これ読んで』とせがんで来る。
もしかしたら、この本を相当に気に入ったのかもしれない。
だとしても、もちろん僕は構わない。
でも、もしも……そう、もしもだ。

「おじいさんが、川へ洗濯に……」
「あっ、ももだよ、ももっ!」
「それはこのつぎでしょー」

僕と同じ様な気持ちで、こうしてせがんで来てくれているのだったら。
もっと、嬉しいかもしれない。

「なんと、桃から子供が出てきたのです!」
「すごーいっ!」
「りき、つづき」
「はいはい……」
 
興奮気味に急かす2人に苦笑しつつ、僕はページを捲るのだった―――











inserted by FC2 system