「……ん?井ノ原、宿題はどうした?」

 

とある日の数学の時間。

この日は宿題を提出する日だった。

約40名のノートが教卓の前に集められ、教師はその場で未提出者のチェックを行い…。

そこで、真人の名が挙がった。

名指しされた当人はというと、日頃滅多に見せることのない真剣な顔で教師に目を向けていた。

きりりと締まったその表情から、彼の深刻さに感づいたクラスメイト達は、固唾を飲んで話の続きを見守っている。

そして、真人が小さく口を開いた。

 

 「子猫が…」

「うん?」

 

 『子猫?』

状況にそぐわない単語が飛び出し、クラス全員の頭上にはてなが飛び出した。

なおも真人の言葉は続く。

 

 「今日の朝、子猫が俺の足元に擦り寄ってきて、こう言ったんです…『その数学のノート、貸してくれにゃー』、と」

「…………」

 

 しん…と教室が静まり返った。

全員が真人を注視するも、その表情は至って真面目。

むしろ、『何お前ら不思議そうな顔してんだ?』と、こちらの正気を疑っているかの様だった。

とりあえず言い分を聞いた教師は、ふむ…と少し唸った後、視線を横にずらし、理樹を捉えた。

 

 「直枝」

「はい」

「井ノ原の言っていることを俺にもわかるように訳してくれないか?」

「わかりません」

 

 きっぱり。

即決だった。

あまりの簡潔ぶりに、理樹の表情には清々しさすら見て取れる。

クラスメイト達も、『ですよねー』と理樹の言葉に満足げだ。

 

「そうか…」

 

 教師はそんな理樹の言葉に困った様子もなく、今度は鈴へと矛先を向けた。

 

 「棗」

「はい」

「お前は、どうだ?」

「不可能です」

 

 やはり言い切った。

しかも、『不可能』ときた。

もはや真人の口から発せられる言葉を理解することは無理だという、存在すらも否定しているかの発言に、クラスに小さなどよめきが起きた。

しかしそれも束の間、すぐさまそれも静まり、『まぁそうだよな…』と、鈴の発言は大勢多数の理解を得ることに成功していた。

 

「宮沢」

「はい」

 

 教師は最後の砦、謙吾に託すことにしたらしい。

呼ばれた謙吾は、ひたすら無表情だ。

何の感情も読み取ることは出来ない。

『一体どんな言葉が出るのか…』クラス中の緊張感が高まる。

 

 「お前はわかるか?」

「でたらめです」

 

 言ってしまった!教室中が驚愕の色に染まる。

知らぬ存ぜぬで押し通し、宿題を忘れたことをうやむやにするという真人含め幼馴染連中の算段を、謙吾は最後の最後で崩してしまったのだ。

真人が意味不明の発言をしたらそれが合図。

それはクラスの暗黙の了解で、事の経緯を見守るのが慣例。

『宇宙人がビームでノートを焼き払っていった』等など、本来なら通用するはずもない言い訳を、真人という人間の性格と、周りすらも理解し得ないという展開で、難を逃れてきたことは

数知れず。

しかしここに来て、事もあろうに、幼馴染の裏切りという最悪な謀反によって、真人の計画は崩れ去ってしまったのだった。

 

「ちょっと待ってくれ先生!謙吾の言ってることこそがでたら――」

「井ノ原、廊下に立ってろ。後、授業が終わったら職員室に来るように」

「……う、うわあああああああ!」

 

 泣きながら教室を出ていく真人。

 

 「それじゃ教科書開けー。今日は区分積分法についてやるからなー」

 

 その後、授業はつつがなく進行した。

 

 

 

 

 「何で謙吾あんなこと言ったの?」

「オチとは、あぁいう風に落とすものなのだろう?」

「……まぁ」

 

次の休み時間。理樹と謙吾で、そんな会話があったとかなかったとか。

 

 

 

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まぁ何というか、ですよね。

もうちょっとリトバスらしさが出せればよかったというか、リトバスっぽくないですかね。

イメージがぽんと湧いたので、さらっと書いてみた。

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