――これで、私が心から笑えたらいいのに。
傷だらけの携帯電話をそっと両手に包み込む。
初めてのデートのときに彼に選んで貰った携帯電話。
初夏の澄み切った青空に似た淡いブルーに白をあしらったデザイン。
美魚に似合ってるよ、とはにかんだ彼の表情が鮮明に浮かんだ。
あのとき、本当は彼とお揃いにしようと思っていた。
だけど、彼が選んでくれたことが嬉しくて結局言い出せなかった。
携帯電話の操作も全部、ひとつひとつ彼が教えてくれたもの。
電話番号の交換、電話の掛け方、メールのやり方――
慣れない私のぎこちなさに笑いながらも教えてくれた彼の表情。
記憶の中の彼の言葉を反芻しながら彼に電話を掛ける。
…………――
…………――
無機質なコール音が繰り返される。
私は、この機械的な音だけは未だに好きになれない。
…………――
…………――
――『お掛けになった番号は電波の届かない所に――』
結局、この携帯電話も私と彼を繋いではくれなかった。
こうなることは分かっていた筈なのに私の心は酷く落胆していた。
私は、私と彼を繋ぐものをまた一つ失ってしまった。
あと何が残っているだろう。
それを考えることさえも、今の私には無駄に思えた。
『――という発信音の後にメッセージをどうぞ』
携帯電話のアナウンスに続いて発信音が流れる。
その音を聞いた瞬間、これが私と彼を繋ぐ最後の絆なんだと感じた。
何を話そう?
何を伝えよう?
――ああ、そうだ。
最後に一つだけ、彼にお願いしよう。
私の最後の希望で、最後のお願いで、最後の言葉――
「そちらへ行ってもいいですか、理樹」
閉じた携帯電話を防波堤の上に置いた日傘に重ねた。
彼との思い出の詰まった物を眺めていると穏やかな気持ちになれる。
もう怖くない。
私は彼の待つ海へと歩き出した。