「あっはっは!直枝は変わってないわねーっ!」
「それ、この1時間で5回は言ったから」
「そだっけ?まぁいいじゃない、会うの久々なんだしさ!」
「ちなみに、僕と高宮さん、同じ大学ね」
「そだっけ?でも同じって言ったって、大学は広いしさっ!」
「そして同じ学部。さらに言えば同じ学科ね。授業も今の所ほぼ一緒」
「だーっはっはっ!そういえばそうだったわねーーーっ!!」
「聞いちゃいないよ、この人……」

一息で、半分以上残っていたモスコミュールを煽る様に飲み干す高宮さんに、もはや呆れの溜め息しか出なかった。
この展開は微塵も予想していなかった。
通っていた高校と同じ市内にある大学に通っていた僕は、もちろんそこの成人式に出るつもりで。
既に昨年式を終えたはずの恭介や、この街を離れてしまったメンバーも、やはりここで成人式の為に前日に戻ってくるという連絡を受けていたけれど。
それでも今日は特にする事もなかったから、夕方は、ぶらり街へと足を運んで。
もう何年と行き慣れた街並みを歩きつつ、何軒かの店先を覗きつつ暇を潰していた時。
ふと目の前に視線を送ると、何とも懐かしい人物が立っているではないか。

「……直枝?」
「勝沢さん、だよね?」

今にして思えば、とんでもない偶然だった。
その時にちょうどこの街に帰ってきた勝沢さんは、これから高校時代からの友人と飲みに行く予定だったのだと、街並みを歩きながら教えてくれた。
高校当時、彼女とそんなに話す機会はなかったが、長い、完全な空白があったからなのか、会話は意外と盛り上がった。
高校時代の思い出、卒業後の話、他の級友の近況……話すネタは、豊富にあった。
クラスメイトだった人の名前を出せば、それだけで10分は会話が続いた。
そんな、懐かしい雰囲気を十分に堪能した頃。
ふと思いついた様に、勝沢さんは言った。

「直枝も、来ない?」

当初、店に来るのは、女の人ばかりだと僕は思っていた。
勝沢さんの交友関係はそれ程広くはなかったし、彼女と飲める程の間柄の男子も、いないと言ってよかった。
だから、クラスの女子が寄り集まって飲むんだろうと予想した僕は、その誘いを一度断った。
だが、彼女は諦めず、再度誘ってきた。
もう1つの誘い文句と共に。

「私と高宮と、杉並しか来ないから」

恐らく、大学に入ってから、僕と高宮さんがそれなりに話す仲になっているという事を、彼女から聞いていたのだろう。
事実メンバーを知らされた時、難色を示していたはずの僕の脳内を、一気に『行ってもいいかな』という感情が支配し始めていた。
大学の付き合いでもプライベートでも、高宮さんとは飲みに行った事はあった。
活発で仕切り屋の高宮さんと僕とが打ち解けるまでに、そうそう時間はかからなかった。
縁とはいつどこで深まるのか全くわからないものだと、初めての飲み会を終えた帰り道で唸ったものだ。
そんなわけで、高宮さんという存在もあり。
『僕が行っても?』『だいじょぶよ。それに飲めば杉並も喋るわよ』という会話を挟み。
僕は、彼女らの久々の邂逅の中に、混じる事となったのだ。

「高宮は何というか、予想通りね……毎回こうなの?」
「まぁ、僕と行く時は、こんな感じだね」
「直枝、世話係に任命されたでしょ?」
「うっ、何でわかるの?」
「開始1時間でペースも考えずに飲むバカなんていないわよ。しかもこの少人数で」
「それもそうですね……」

僕と同じく呆れた様子を滲ませつつも、それでも久しぶりに顔を合わせた嬉しさからか、若干の笑顔を浮かべつつ、勝沢さんはワインを軽く口に含んだ。
高宮さんとは対照的に、勝沢さんはとても静かだった。
だがそれは嫌な静けさではなく、そして馬鹿騒ぎをするでもなく……何というか、場慣れした飲み方の様に感じられた。
たかだかチェーン店の居酒屋で出す雰囲気にしては、些か大人っぽい感は否めなかったが、短時間でテンションを最大にまで爆発させている高宮さんの存在のおかげで、僕らの空気は程よく中和されていたのだった。
そして、高校卒業以来初の顔合わせとなった、もう1人の女性はというと。

「よくもまぁ眠るわねぇ、この娘も」
「アルコール、弱いの?」
「強い様に見える?」
「いや、意外にとかありえるかなーって」
「残念ながら、見たまんまよ……杉並は」

胡坐をかく僕の太腿を枕にして、横たわっていた。
その意識は既にここにはなく、遠い遠い夢の世界へと誘われてしまっていた。
若干染められたこげ茶色の髪と、薄く施されたメイク……外見に変化は見られど、目の前にいる彼女は、やはり杉並睦美さんだった。
店内で顔を合わせた時、僕の姿を認めた瞬間おどおどしたのは高宮さんにからかわれ、顔を赤らめ。
開始10分で酔いを程よく回らせた高宮さんに強引に酒を飲まされ、その30分後には、こてんと僕の肩に体を預ける様にして瞼を閉じる……そんな、高宮さんに振り回される彼女は、僕が当時見かけていた杉並さんと、何ら変わりはなかった。

「まぁ出しちゃったりするよりはいいんでしょうけどね……でももったいないわね、誰かさんのせいで」
「すいませーんっ、生中2つお願いしまーすっ!」
「……相変わらずね、色々と」
「はは……まぁ、杉並さんも少し寝かせておけば大丈夫でしょ」

完全に僕らを置いてけぼりにして酒を飲み続ける高宮さんに、僕らは苦笑を浮かべる事しか出来なかった。
すっかり氷が小さくなってしまうくらい置いていた水割りを、一口含んで。
再度僕は、杉並さんへと目を向けた。
こんなに間近で見る事はまずなかった、彼女の顔。
当時一度、一瞬だけ見惚れてしまった、そのさらりと零れる髪が、僕の目の前にあって。
その時僕も酔っていたのだろう、まずもって素面ならするはずはなかったろうに、杉並さんの前髪を、そっと撫でていた。

「……杉並は」
「ん?」

自分の行動が何か言われるかと一瞬慌てつつも、何気ない装いをしながら反応を返す。
勝沢さんは、僕のそれに対し何も言ってはこなかったが。
それ以上にショッキングな事実を、何でもないかのようにグラスを口に傾けながら、僕に伝えてきた。

「杉並は高校の時、直枝が好きだったのよ」
「……は?」
「いや……もしかしたら、今でも好きかもね」

手元のグラス内を浮いていたほんの小さな氷が、透明な液体の中に、その姿を消した―――







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