朝食も手間取り、さらに廊下での一件で時間を費やしてしまった事で一層時間はなくなってしまい、睦美達が教室へ入った時には黒板の前に既に担任の姿があった。
HRギリギリに登校して来た3人に担任は一度小さい溜め息を吐いたが、特に言及はしなかった。
そんな担任の様子になど目もくれず、3人は急ぐ事だけを考え、慌しく席に着く。
理樹と睦美との席は遠い。
今日こそ元気に朝の挨拶……とはいかなかった。

「いいかー、来月の文化祭に関するプリントを配るからなー」

担任の酷く気だるげな声が教室内に響く。
校舎の外は残暑も和らぎ始め、緩やかな気温の上昇を助ける陽光が雲に遮られる事なく降り注いでいるというのに、その晴れ晴れとした気分を阻害するかのような担任のぬるい声。
いくら朝とはいえ、教育に携わる人間がこの様な態度でこれからの日本を背負っていく人材を育成していけるのだろうか。
だがしかし、そんな担任の事など気に障る事なく生徒達はプリントを後ろの席の生徒へと渡していく。
もう慣れっこの様だった。
睦美達も同様に、鞄を机の横にかけながらプリントを前の生徒から受け取り、その文面に意識を向ける。

「このクラスで何をやるか生徒会に提出しなければならない。今週のLHRはそれを決めるからな、それぞれ何かしら考えておくようにー」

以上、と最後に残して担任は教室を後にする。
ぴしゃんと扉が閉まり担任の姿が見えなくなった瞬間、教室が一気に騒がしくなる。
どうしようもないくらい、学生の日常だった。

「どうするー?」
「無難にフリマとかでいんじゃね?クラスのやつらだけでもすぐ集まるだろ」
「そんなん、絶対よそのクラスとかと被りまくるって」
「それもそうか…」

教室の話題は、件の文化祭一色に染まる。
学生の二大祭り、体育祭と文化祭。
その内の1つが来月に迫っているのだ、浮き足立つのも頷ける話である。
クラスメイトがクラスでの催し物談義に花を咲かせる中、睦美は席に座って先程配られたプリントを眺めていた。
プリントの内容は、担任の言葉をより細かく記載し、決定に関する順序と決まりが載っていた。
基本、クラスが使える範囲はそのクラスの教室内とし、体育館などその他の施設を利用する際は担任もしくは生徒会に申し出なければならない。
賭け事など、学生らしからぬものは禁ずる。
同じ様な催しがあっても構わないが、その場合は似通ったクラス同士での話し合いに委ねる等など。
物の売り買いなどお金が絡む催しも多くなるので、過剰な騒動を規制する為に設けられた注意が箇条書きで十数行に及び、最後の行に『風紀委員会により審査されます』と書かれていた。

「あんたは何か考えてるの?」
「え?そうだなぁ…」

睦美の所までやってきた高宮に質問され、睦美はファイルにプリントを閉じながら考える。
喫茶店やフリーマーケットなどがすぐに挙げられる候補だが、体育館を借りてコンサートなんてのもアリか。
考えればやれる事などゴロゴロ見つけられるが、睦美の出した答えは。

「喫茶店とか、いいんじゃない?」
「うわー…何てベタな女。規定概念から脱却できない人間はこれだからダメなのよ」
「な、何よぅ…いいじゃない、喫茶店だって前例がたくさんあるから作りやすいし」

高宮の見下した態度に、睦美が頬を膨らませて怒る。
そもそも睦美は『喫茶店』と言っただけで、具体的にどんなメニューを並べるか、内装はどうするかなどは考えていないわけで。
高宮の言う『規定概念の脱却』とやらは、まだまだ十分に可能なのだが…。

「じゃ、高宮は何か良いの考えてるわけね」
「あったりまえじゃん!全員で楽器――」
「あなたの言う『規定概念』とやらを、誰もが納得できる形で脱却できる様な素晴らしいアイディアとは一体どんなのかしらね?」
「……」
「楽しみね、杉並」
「そ、そうだね…」
「なによっ!そんなにハードル高くされちゃ何言ったって普通みたいに聞こえるじゃない!」

高宮が何を言おうとしたかは謎だが、勝沢の言う程のアイディアではなかったのだろう、自身の考えを半ばで取り下げた。
『じゃぁあんたは何かあんの!?』と喚きたてる高宮を無視し、勝沢は睦美に向けてふっと微笑み、睦美はそれに微妙な笑顔で返す。
今朝の廊下での一件……勝沢の変貌。
そのイメージを未だ取り去る事が出来ない睦美は、『今まで』と変わらない勝沢に対して普段通りの装いが出来ないでいた。
あの時の勝沢は何だったのか、今の勝沢は何なのか。
それがわからない睦美は、彼女に対してどういう表情をしていいかわからず、下手くそな笑顔を作るのみ。
あれだけ安心していられた勝沢の目が、今では心の内の至るところを見られている様な感覚に、睦美は陥りかけていた。

「まぁ、とりあえず明後日のLHRまでにそれなりに考えてた方がいいかもね」
「そうね…何も考えずに周りに流されてー、てのはちょっと気に食わないし」
「他の子とも話し合って、女子は女子で先に意見まとめてた方がいいかしら?」
「それは後でいいと思うわ、どうせLHRで意見が集まるんだしその時に話し合えば」
「それもそうね…それじゃ、私達は私達で考えますか」
『うん』

頷きあった所で、1限目を告げるチャイムの音が鳴った。
自分の席を離れ好き勝手に喋っていたクラスメイト達がその音を聞いた途端、忍者の様に机の合間と行き交う生徒を縫う様にして走り、己の席に座っていく。

「それじゃ、今日の夜にでも」
「あいよ」
「うん」

高宮と勝沢も、教師が入ってくる前に速やかに自分の席に戻っていく。
あれだけ騒がしかった教室内が、わずか1分程度で静まっていく。
しかしそれでもまだ喋り足りない生徒が隣の机に座る生徒に小声で話しかけたりする光景がちらほらとあり、完全な静寂というわけではなかった。

「よーし、それじゃ始めるぞー」

睦美が英語Uの教科書を机から取り出した時、教師が入ってくると同時に声を上げた。
担任が閉めていた扉はクラスの誰かによって開かれていた為に、物音立てずに教師が教室内に入ってくる。
声と同時にその姿を認め、クラス中の生徒がようやく口を閉める。
こうして今日も、いつもの様に授業が開始された。








* * *







「お前ら、揃ってるな」

いつもの如く流れていくかの様な今日という日は、それも午前までの話だった。
秋の到来を予感させる様な、夏のうだる暑さを通り越したぽかぽかとした昼下がり。
緩い風ではためくカーテンの横から、薄暗い教室を照らす太陽の光と共に。
耳にするのは何ヶ月ぶりだろうか……既に懐かしさを感じさせる声が、窓から聞こえてきた。

「……きょ、恭介っ!!」

理樹の、慌てふためく声が教室に響く。
バスターズのメンバーが駆け寄る中、教室に居る誰もが口をぽかんと開け、視線をその1人の男に注がせた。
6月に起こった交通事故により、最も深刻な怪我を負った………はずの恭介が、上から吊るされた白いロープに掴まっていたからだった。

「ケガ、平気なのか?」
「俺なら、大丈夫だ」

事故からおよそ三ヶ月。
集中治療室に運ばれる様な人間が、その程度で完治するものなのか?
しかも、あんな登場の仕方をして学校に復帰するなんて。
ムチャクチャだ。
そう、誰もが思った。
最も近い場所にいる理樹すら、嬉しい顔すればいいのか、困った顔をすればいいのかわからないでいるのだから、他の人間がそう思うのも無理はないだろう。
だがしかし、結局誰もがとある結論に至るのである。
『彼らしいな』、という結論に、である。
とんでもなくムチャクチャだ。
ムチャクチャだけど、彼が黙ってベッドの上にいるわけがないのだと誰もが思ってしまう…それを良しとしてしまえる様な人間が、棗恭介だった。
それが、学校中を輪にかけて騒動を起こすリトルバスターズの唯一の上級生、棗恭介の人徳なのであった。

「俺達で、もう一度…修学旅行に行くぞ」

ムチャクチャな登場の上に、メチャクチャな発言をする恭介に、クラス中が溜め息とも安堵の息とも取れない大きな息を吐いた。
復帰してきた事は、それは本当に嬉しい。
嬉しいけれど……復帰した瞬間、こんな事をされて心配になるのは、おかしな事だろうか?
何とも微妙な表情で顔を見合わせた後、結局は苦笑を浮かべるしかない、クラスメイト達。
その中にはもちろん、睦美達の姿もあった。

「まぁ…動けるのなら、そこまで心配する事はないでしょ」
「とは言っても、病み上がりな上にあんな現れ方じゃ、心配の1つもしたくなるわよ…」
「そう、だよね…」

3人とも、どっと疲れた様に息を吐く。
リトルバスターズの面々はお祭り騒ぎの様に恭介を囲んでおり、中には違う面々もさらに取り囲む様に騒いでいる。

「まぁ元気ね、彼らも」
「そうね…まぁ何にせよ、杉並もこれで気兼ねなくいけるでしょ?」
「え、何が?」
「はぁ……メールよ、メールっ!あんたの頭は鶏?今日の朝に言ったばっかりじゃないの…」
「あ……あー、うんうんわかってるよ、メールねメール」

明らかに適当な返事を返す睦美に、高宮はギロリと睨みを利かせ、睦美はたははとあしらう様に笑うだけ。
睦美の中では、朝の件と言われれば勝沢の事しか頭になかったため、すっかりその事を忘れていたのである。
最も勝沢の件も、元を正せばメールの再始動という話から始まった事だったのだが、それすらも睦美の頭からはすっぽりと抜け落ちていた。

「あんたね、直枝の前にはどれだけ女の子がごろごろとしてると思ってるのよ」
「うっ」
「あんたはその女の子達のずっとずっと後ろを追いかけて……いや、追いかけてもいないわね。立ち止まってるのよ?」
「うぅっ」
「直枝からあんたの所へ来る事なんてまずありえないんだから、あなたから動かないと無理よ。絶対無理、永久的に無理ね」
「うぅぅっ!」
「まぁまぁ高宮もそれくらいで」

理樹達が教室内にいるので小声で糾弾する高宮だったが、勝沢が良いタイミングで睦美と高宮の間に入る。
良いタイミングとは、睦美が本気で精神的に落ち込む3秒前くらいの段階である。
勝沢が助けに入ってくれた事でほっと息を吐きかけた睦美だったが。

「杉並だってわかってるわよね?そんなこと」
「っ!」

体を捻り、自分の方を見て喋る勝沢を見て、睦美はふにゃりと崩しかけた体をより一層固めた。
まただ。
また……あの、目だ。
高宮の視角から見えない所で、勝沢は睦美を『朝の目』で見つめていた。
笑っているわけでも、睨みつけているわけでもない。
朝の様にあからさまに空気を変える程の表情の変化ではなかったが、確実に、目の奥は睦美の何かを探るかの如く鈍く光っていた。
その勝沢の目線をまともに食らい、睦美は何なのかが理解できない不安が大部分、そしてそこから派生する恐怖がちょっぴり混じった気持ちを抱き、何かに縛られる様に体を固くする。

「?…ちょっと、どしたの?」
「いえ、何でもないわよ…ね、杉並?」
「う、うん…」

睦美の異変に気づいた高宮が訝るが、勝沢がすぐさま異常がない事を主張する。
高宮の声で正気に戻ったとかそういう事なのかは不明だったが、睦美はその瞬間に嫌な気分から解放されていた。
勝沢の目を見ても多少の戸惑いはあったものの、特に先程の緊迫する雰囲気はなく、かくかくと言葉にならない声を出しながら頷く。
そのあからさまに変な態度に高宮はより眉を潜めたが、勝沢の無表情と見比べた後、『まぁいいわ』と一言呟いて睦美から視線を外した。

「まぁ、さっき言った事は本当だから、あんた狙うなら相当頑張らないときついわよ」

話を締める様に結論付けた高宮に、『わかってる…』と睦美が呟く。
高宮の意見など、睦美はとうの昔から骨の髄まで理解しきっていた。
理樹の周りにはライバルが多数存在する事も、自分はその子達の遥か後ろでうずくまっている事も。
それでも今年に入って、幾分かは前進した。
本当に1歩か2歩程度ではあったが、今までの彼女からしてみれば大した進歩だった。
しかし、順調に進み始めた彼女の足は6月のまさかの修学旅行における事故で足踏みし、夏休みを挟んで……今に至るわけである。
約2ヶ月半の歳月、睦美は理樹との交流を図れず過ごしていた。
もちろん事故の事もあり、そんな悠長に遊んでいられる状況ではなかったのだが、その時間は、彼女がゆっくりと動かし始めた足を再び止まらせるのに十分な時間だったと言える。
それが最も単純に思いつく理由であり、高宮や勝沢もその辺りに目をつけているかもしれない。

「どうだ、皆はどこ行きたい?」
「うーん、どこがいいか…」
「前行こうとしてた所はダメなの〜?」
「ちょっと行くには遠いな……悪いがもう少し近い所を選んでくれると助かるが」
「了解しましたっ」

しかし、睦美は。
自身を燻らせている理由が、時間の経過だけではない事を、薄々ではあるが感づき始めていた。







* * *







5限目の休み時間。
睦美は大きなダンボール箱を持って廊下を歩いていた。
中には、A4のプリントが3枚綴りで括られた資料が40部数程入っていた。
世界史の資料だった。
何故世界史の資料を睦美が運んでいるのかというと、それは既に予定されていたと表現していいだろう。
睦美達のクラスの世界史を受け持つ教師は、資料集に載っている物以外の資料も自分で用意して配っていた。
それは胡散臭そうな偉人の逸話集であったり、資料集や教科書に載っていない偉人の自画像であったりなのだが。
その資料を運ぶのは、予め決まっていて……つまる所、出席番号順だったのである。
今年の春、最初の授業から1番から順に休み時間の間に資料を教室まで運んでいたのである。
もちろん資料を要さない日もあるわけなのだが、そこで使われるのが校内放送である。
資料を要する授業の前の休み時間に放送がかけられ、呼び出しを食らい。
その日の番の人間が、嫌々ながらも職員室へと向かっていくのである。
そして、今日この日は、睦美の番だった。
睦美はこの時間がたまらなく嫌いだった。
世界史の授業が嫌いではなく、資料を運ぶ事もまぁ我慢できなくもなかったが……校内放送で呼び出されるのが、彼女は最も気に食わなかった。
教師の方も名簿で今回運ばせる生徒を逐一チェックしているらしく、わざわざ名前を呼んで放送してくる。
その時のクラス中の視線といったら……睦美はその事を思い出し、恥ずかしさのあまり髪を掻き毟りたくなったが、それを今やったら変人極まりないと自制し、彼女の腕力では中々の重量を誇るダンボール箱をせっせと運ぶ。
どうせなら勝沢か高宮に協力を仰げば良かったと悔いるが、それも後の祭り。
わざわざ声を掛けてくれた2人に何故か遠慮して自分だけで行くと意地を張ってしまったのは、睦美本人だったからだ。

「ぐっ…お、重い……」

階段に差し掛かり、ぷるぷると震える腕に力を込めながら、1歩1歩上っていく。
やっぱり頼めば良かった。
必死に階段を上る中、彼女の気持ちはそれだけしか浮かばなかった。
後悔の念に全身が駆られながらも、何とか上りきり、後は廊下を渡るだけになる。

「後、一息…っ」

独り言を喋る事で自身に鞭を打ち、ダンボール箱を抱えて廊下を曲がった時だった。

どんっ。

「うわっ」
「きゃぁっ!」

曲がり角での衝突。
歩いていたので衝撃はそれ程でもなかったが、一瞬気が抜けた事で睦美の腕の力が抜け、ダンボールが落ちる。
幸い、中身の資料が廊下に散らばるという赤面モノの事態にはならなかった。
そして、ダンボール箱のさらに向こうに、男子生徒の姿が。
まぁ当然といえば当然だが、睦美は人とぶつかったのだった。

『うわー…何てベタな女』

見下す親友の姿が、何故か睦美の脳裏に浮かび上がった。
ベタでごめんなさいねっ。
睦美は心の中で毒づきながら、ばばっと立ち上がって、ぶつかった相手にぺこりと頭を下げる。

「ごめんなさいっ!私がちゃんと前を見てなかったから…」
「あぁうん、こっちこそごめんね、杉並さん」

杉並さん?
見知らぬ男子生徒だと思っていた睦美は、自身の名を呼ばれて頭を上げる。

「筋肉があったらこんな事にはならなかったな」
「お前の頭は相変わらずだな…」
「ごめんね杉並さん、大丈夫?」

ベタでごめんなさい…でも、これはあんまりです…。
目の前に広がる光景に、思わず睦美は偶然を呼んだであろう神に心の中で訴えていた。
何とぶつかったのは理樹で、その両側に謙吾と真人が立っていたのだ。
しかも、謙吾は睦美の方へ手を伸ばしていたのだが、それを引っ込める。
睦美が倒れてしまったので、引き上げようと伸ばしたらしいが、睦美が気づかずに立ち上がってしまったので用なしとなってしまったのだ。
しかしながら、今のこの状況で睦美がそんな所に頭が回るはずもなく。
いつかの様に、慌てふためいた。

「あの、そのっ、私は大丈夫なんだけど、その直枝君の方こそだいじょ――」
「あ、これ世界史の資料?」
「っ!?う、うんっ、そうだけどそれは私が持ってい――」
「杉並さんには重いでしょ?お詫びといってはなんだけど、教室まで持っていくよ」
「えっ!?あ、う………はい」

意気消沈して頷く睦美。
結局、まともに会話をさせてもらえないまま彼女は流されるままとなってしまった。
前進したつもりが、全く成長できない自分に自己嫌悪する。
持ってもらう事に恐縮しているのもあるが、何よりも話がきちんと出来なかった自分が悲しかった。

「よいしょっ、と……」
「大丈夫か?」
「筋肉ならここにあるぜ?」
「いや、大丈夫だよ…これくらい僕1人で」

落ちたダンボール箱を、理樹が持ち上げる。
ひ弱そうな体格と顔をしておきながら、その様は中々に力強く、睦美が苦労していたダンボール箱を軽々と持ってみせた。
沈んでいた睦美だが、その理樹の姿に、一瞬で意識を奪われた。

「それじゃ、先に行ってるから」
「すまなかったな、杉並。お前も前方に気をつけろよ」
「これくらいの物も持てるくらいの筋力も忘れずにな」

呆ける睦美をよそに、3人は教室へと先に歩いていく。
睦美はその後姿を…理樹の後姿を、じっと見つめていた。
見惚れている……わけではなかった。
彼女は、あんな理樹の姿など見た事がなかった。
それは偶然に偶然が重なって見せた光景だったのかもしれないが、睦美はその理樹の姿を信じられずにいた。
まさか謙吾と真人2人揃い踏みの状況で、進んで力仕事を買って出るとは意外の何者でもなかった。
さすがに、自分がぶつかって落としたダンボール箱を人に持たせる…などという他人任せな行動に出るとも思えなかったが、2人の力を借りず、いとも容易くダンボール箱を運んで歩いていくとは夢にも思わなかった。
違和感。
彼女の抱え持つ『直枝理樹』という人物のイメージと、異なる姿。
違う一面と解釈する事も可能であるが、この時の彼女はそうする事を良しとしなかった。
あの、力強い直枝理樹は、彼女が今まで見てきた直枝理樹のイメージとはどれにも合致しなかったし、似通いもしなかった。
以前にも感じた、理樹と、そしてその周りの人間の雰囲気の違い。
彼女は、やはりそれは間違いなかったのだと、3人の後姿を見ながら確信付いたのだった。





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