「そういや最近、理樹はよくメール打ってるな」

睦美と理樹が携帯のメールアドレスを交換して2週間程経ち。
とうとう、彼らの間で睦美の話題が登った。
最初のメールで慣れたのか、睦美はその後もコンスタントに理樹にメールを送っていた。
もちろん、高宮や勝沢の助力もあっての事だが。
理樹も邪険に扱わずきちんとメールを返信していくので、2人は非常に良好な関係を築いていると言えるだろう。
最も、未だ実際に会うと、睦美はまともに会話する事も出来ない様だったが。
やはり顔を見ずに済むという事がメールの利点として挙げられ。
そして、最も大きい利点は推敲できるという事だろう。
現実に会って話をしようものなら、慌てたり、失言したりする可能性が高いが、メールの場合確実に綺麗な文章を送る事が出来る。
そのせいで相手の心情を推し量る事で出来なくなるというデメリットもあるが、今の段階において、メールでのやり取りは睦美にとって最も効果的な交流の手段と言えよう。
その成果として、理樹の幼馴染達に睦美の存在を植え付ける時がやってきたのである。

「お前まだ杉並とメールしてんのか?」
「うん、まぁ」
「杉並…?俺達と同じクラスのか?」
「そう、杉並睦美さん」

謙吾が些か驚いた様に目を丸くする。
恭介は未だ誰かわからず唸り。
鈴はただぼーっとしている。

「俺は知らないな……どんな子なんだ?」
「大人しい子だ。失礼な言い方だが、クラスの中でもあまり目立たない」
「まぁ、同じクラスとかになってねぇと知らねぇかもな」
「そうか…」

やはり特定できないのか、恭介は残念そうに呟いた。
が、その後すぐに顔を明るくし、理樹に擦り寄る。

「で?お前的にどうなんだ?」
「な、何がさ?」
「その杉並って子、好きなのか?」
「えぇ…?」

理樹が困った様に眉を曲げる。
そして、恭介の発言を受け、何故か鈴の耳が猫の様にピクリと揺れる。
が、やはり会話には参加せず傍観。
聞き耳を立てている様だ。

「どっちからメール来るんだ?」
「基本はあっちからだけど…」
「どのくらいの頻度で?」
「2、3日に1回くらいかな」
「ふむ……どう思う?謙吾」

話を振られた謙吾は、腕を組み、きりと表情を締めて何事かを考えていたが、熟考した後……ゆっくりと相好を崩した。

「いいんじゃないか。脈ありだと思うぞ、俺は」
「だってよっ。ロマンティック大統領のお墨付きだ、行っちまえよ理樹っ」

バシバシと背中を叩かれ、理樹が痛そうに顔を顰める。
そして、恭介の発言を受けて再度鈴の耳がピクピクと震えた。
しかし、まだ動かない。
腕を組んで、眉間に皺を寄せて男4人衆を睨むように見つめる。

「何だ?理樹は杉並と付き合うのか?」
「いや、そういうつもりはないよ」
「何だよ、杉並って子、嫌いなのか?」
「いや、そういうわけでもないけど…」
「くっ、理樹と遊べる時間が少なくなるのは心苦しいが…理樹が杉並と付き合いたいと言うなら仕方ねぇ…筋肉に免じて俺は引き下がるぜ」
「だからそんな話誰もしてないから」

もはや決定事項の様に苦しむ真人。
そして、同様に持て囃す恭介。
必死に否定の言葉を喋り続けるも、付き合っちゃえばいいじゃんという流れは止まらない。
そして、鈴の機嫌の下降も留まる所を知らない。
遂には耳だけでなく、眉もぴくぴくと動き始めた。
そこで、謙吾が鈴をちらと見……まずいと判断したのか、流れを変える様に仕向ける。

「それじゃ、今はそういう気はないと?」
「うん、まだ杉並さんの事もよく知らないし…」
「えぇっ?理樹は杉並とお似合いだと思ったんだがなぁ」
「というか、恭介は杉並さんの事知らないでしょう…」

あたかも知っている風に言う恭介に、理樹は溜め息を1つ。
しかし、押せ押せムードは一転、とりあえず現状維持の流れに変わった。
それを肌で感じ取った理樹は安堵の息をもう1つ。
そして、鈴の表情も柔らかくなった。
どうやら機嫌の降下は収まったらしい。

「じゃぁ今の所は彼女の人となりを窺っている、ということだな」
「まぁそういうことかな」
「そうか…」
「とりあえず、理樹が俺の下に戻ってきてくれてよかったぜ」
「いや、離れた覚えはないんだけど」

会話は次第に収束していく。
しかし、確実に彼らの脳内に、『杉並睦美』という存在が植えついたのは事実だった。

「おい、今日は何するんだっ?」
「え?そうだなぁ…」

そこで、睦美の話を断ち切る様に別の話題を振る鈴。
彼女は今の話を聞いて、何を思ったのか。
彼女は何を願い、何をしようとしているのか。

「よしっ、鈴。今日も女子寮に潜入してこい」
「わかった、またあれをつけるんだな?」
「あぁ、やっぱり今日もこの展開なんだ…」
「いいじゃないか、面白いんだから」

こうして5人の夜は、ちょっとした変化を示しつつ。
いつもの様に、馬鹿な事をしながら更けていくのだった。








* * *







「あんたさぁ」
「ん?」
「いい加減、直枝と話したら?」
「…」

同時刻。
睦美達も同様、部屋に集まってだらだらとしていた。
そして、これまた同じく、会話の内容は睦美の恋愛話へと移っていく。

「そうね、そろそろあいさつ以外にもバリエーション欲しいわね」
「というか、何でメールは送れるのに話できないのよ」
「うっ」

2人の意見に、睦美が呻く。
しごく全うな意見だったからだ。
夜になれば「今日はメールしようかな」とうきうきとして携帯を手に取るというのに、学校で顔を合わせればぼそっと挨拶を交わして通りすがる。
何故?と思うのも当然だった。
とはいえ、進んでメールを打とうとする姿勢は、大幅な進歩だ。
数週間前の彼女とは比較のしようもない。
成長したな、と満足すればいいのか、慣れって怖いな、と恐々とすればいいのか。
だが、少なくとも彼女は恋愛成就に向けて順調に滑り出した事は言うまでもない。

「メールじゃあんなにはりきってるじゃない、普通に話すくらい余裕でしょうが」
「だ、だって…」
「ん?」
「な、直枝君の顔を見ると…は、恥ずかしくって……」
「……」
「た、高宮さん?」
「うがーっ!」
「きぃやぁぁぁっ」

ガクガクガク!

「あんたはどこぞの漫画の中のヒロインか、えぇっ!?」
「あ、頭を揺らさないでぇぇぇ!」

恥じらいで頬を染めた睦美の頭を両手で鷲掴みぶんぶんと振る高宮。
何でも特攻するタイプの高宮には、睦美の態度がいけ好かなかったらしい。

「まぁまぁ、よしなさい」

そこで勝沢の登場。
あっさりと高宮の手を外す。
勝沢には敵わないのか、その姿を認め、高宮が舌打ち1つしてその場を離れる。
睦美は目を回したらしく、『あぅあぅ』と呻いている。
そんな2人を見回し、勝沢が息を吐く。

「完璧、典型的な照れ屋、恥ずかしがり屋ね…」
「確かにあんた、男への免疫皆無よね…」
「うぅ、話す機会なんてそうそうないし…」

いじける様に呟く。
睦美は、男子と会話をする事はほとんどなかった。
いつも高宮や勝沢と一緒にいて、男子とのやり取りは2人がやっていたので、彼女が出る事はまずなかった。
何かトラウマがあるわけではなかった。
けれど、小学生、中学生と思春期真っ盛りの青少年を眺めてきた彼女に、苦手意識が芽生えるのは当然の事と言えるかもしれない。
大人しくて、控えめ。
常に目立たず、皆の背後に控える。
そんな彼女にとって、有り余る元気を存分に振り回して飛び回る青少年達を相手取るのは、最も回避すべきものだったと言えよう。
そういう経緯もあり、睦美は今の今までまともに男子と会話をしてくる事もなく…。
今、初めてまともに恋をしているのである。

「こういう場合、何かきっかけがあればいいのだけれど」
「きっかけってもねぇ、直枝とは席も遠い、委員会も所属してない、今直枝達がやってる野球に参加…はまず無理」
「八方塞ね」
「……いや、まだ何か手はあるはず。何気ない事でもいいのよ」
「そうね、こういう時は得てして他愛もないものから何かが生まれたりするものね」

睦美を置いて、二人が何かないかと必死に探る。
正に藁をも掴む思い、というやつである。
友人とはいえ、他人にここまで必死になれる彼女らは、やはり良い人なのだろう。
7割はふざけるが。
とにかく、彼女らのこの姿勢が功を奏したのか。
視線を彷徨わせていた高宮の目が……部屋のとある部分で止まる。

「これよっ!」
『え?』

高宮の指差した部分に、2人が視線を向ける。
彼女の指した物とは…。

「…カレンダー?」
「…あぁ」

睦美は何を意味しているのかわからないと首を傾げ、勝沢は合点がいった様子で頷く。
高宮が壁に掛けてあるカレンダーの前まで歩いていき、バシン!とカレンダーを叩く。

「そう!今は6月!杉並!?」
「は、はいっ」
「6月といえば何!?」
「6月、といえば…?」
「今私達のLHRでしきりに話し合ってるじゃない、あれよ!」
「LHR………あっ!」
「そう……修学旅行よ」

高宮が不敵に微笑む。
そう、彼女らは今月に修学旅行を控えているのだ。
学生にとって修学旅行は3大イベントの1つとして数えられる程大きな行事である。
友人達と数々の名所を巡ったり、食事に舌鼓を打ったり…。
最も印象に残る高校の思い出ベストファイブにはまず間違いなくランクインする行事だろう。

「修学旅行はクラス単位で移動するはずだわ…必然的に直枝達と近づくチャンスは多くなるわ。それに、皆かなりはしゃいでると思うから、その場の勢いで…なんてことも十分可能」
「つ…つまり?」
「まぁ、その場の雰囲気に任せて話しかけてみなさいってこと」

高宮の話を纏める様に、勝沢が結論付ける。
それを聞いた睦美は、斜め上を見上げて考え込む。

「…そんな事出来るかなぁ」
「やろうやろうと思ったら逆に出来ないわよ。こういうのはふとした瞬間にチャンスが訪れるものなんだから」
「だから、気づいたチャンスは逃さない様にってこと」
「ふーん…じゃぁ、とりあえず修学旅行を楽しもう、てこと?」
「まぁそういうことね。とりあえずあんたのテンションも上がらないとどうにもならないから」
「そっか…」

曖昧な返事をする睦美だが、その表情には不安は感じられない。
無理難題ではないと踏んだ様だ。
そして恐らく、『無理してやる必要がない』という点や、『いつか』という不透明性が彼女に実感を与えていないのだろう。

「あんたの場合、何においても慣れが必要だから。きっかけ掴んで一回直枝とゆっくり会話できれば、たぶんその後は何とかなるわ」
「そうね、珍しく高宮の意見に同意するわ」
「珍しくって何よっ!」

じゃれ合う2人をよそに、睦美は未だ思考の渦の中にいた。
修学旅行。
もし、理樹と2人で色々な所を回る事が出来たらそれはそれは楽しいに違いない。
現実は会話も出来ていないというのに、そんな問題など棚に置き、『if』の世界を夢想する睦美。
しかし、それがやる気を喚起した様で、現実に帰ってくるや否や、むんっ、と握りこぶしを作って意気込んだ。

「よしっ、私頑張るっ」
「お、やる気になったわね」
「面白くなりそうね、修学旅行」

じゃれ合いをやめ、2人が睦美の所へ戻ってくる。
そして、高宮が何かの冊子を掲げた。

「それ…」
「修学旅行のしおりよ」
「私達3人で回る自主研修の場所、決めてなかったでしょ?話題に出たし、今決めようかと思ってね」

勝沢の手には、地図。
付箋が貼ってあった。

「まぁ直枝の話は置いといて。まずは私達がどこに行くか、決めましょ」
「…うん、そうだねっ」

3人テーブルを囲んで腰を下ろす。
そして、旅行の計画を相談し始める。
地図を見ながら、しおりを見ながら、旅行雑誌を見ながら。
どこに行こう、何を食べよう、何をしよう…。
無茶を言ったり、ありえない場所を提案したりしながらも…。
3人とも、笑っていた。
睦美も、この瞬間は、想い人の存在を忘れた。
3人だけの、思い出になるであろう自主研修。
それを組み立てていくのは、それは、とても楽しい事だった。

こうして、終始笑い声が絶えないまま、彼女らの夜も更けていった。















そして、6月某日。
期待感を朝っぱらから爆発させて騒ぎ立てる生徒達を乗せ。
修学旅行へと向かうバスが、走り出した。







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