「…あのさぁ、杉並?」
「な、何…」

女子寮、杉並の部屋。
夕食を食べ終えた3人は、特に何をするでもなくここに集まった。
そして、3人が一同に介した所で、睦美が口を開いた。

『私、さっき直枝君からアドレス聞いちゃった』

恥ずかしそうにもじもじとしながら報告をしたのだが。
何故か高宮は神妙な顔をし。
勝沢は無表情で睦美を見つめている。
これはどうした事かと睦美は眉を潜めた所で。
高宮が、喋りだした。

「もう一度、言ってくれる?」
「……だ、だから、直枝君からアドレス聞いてきたんだよって言ったんだけど…?」
「あんたねぇっ!」
「ひぅっ」

突然噛み付いてきた高宮に、睦美が悲鳴とも取れぬ微妙な声を上げ、体を丸めた。
白の丸テーブルを挟んで、睦美の向かいに座っていた高宮が立ち上がり、ずいと顔を近づける。

「1人で出来るんだったら最初からしなさいよっ!今日の私達の苦労は何だったのよっ!」
「だ、だって…」
「あぁもうっ。あの1時間があったら、今頃彼氏の1人や2人あたしにだって――」
「出来ないわよ」
「……」

勝沢の冷静なツッコミを受け、途端に勢いを失くす。
机の回転椅子に腰掛けていた勝沢が、くるりと椅子を回して睦美達の方を向く。

「いいじゃない。けっこう楽しかったでしょ?」
「……まぁ」
「それに、1日で成功したんだし、長引かなくて良かったじゃない」
「…それもそうね」

勝沢の説得と、高宮の怒声を受けてしょんぼりと項垂れる睦美をちらと見て、高宮は怒りを静める。
再度腰を下ろし、テーブルに頬杖をつきながら睦美を横目で捉える。

「…で?あんたもうメールしたの?」
「へっ?」
「だから、直枝にメールしたのって聞いたの」
「…ううん、まだしてない」

俯いたまま答える睦美。
その返答を耳にし……高宮の顔が、邪悪に染まった。

「へぇ……」
「な、何?」

長年の経験か、高宮の雰囲気を察知して警戒する睦美。
そんな事は意に介さず、高宮は笑みを浮かべたまま、ずいと睦美の前に手を出す。

「…?」
「携帯、貸して」
「…な、何で?」
「あたしが代わりに打ったげるから。メール」
「絶対イヤっ!」

拒絶の意志を露にし、抱きしめる様にして携帯を胸元に隠す。
しかし、睦美の気持ちなど何のその。
テーブル越しに身を乗り出し、高宮が携帯を奪おうと睦美の腕を引っ張る。

「いいから貸しなさいよ〜」
「い、いやだっ。絶対変なメールにする気でしょっ?」
「悪い様にはしませんぜ、お嬢さん…ささ、その可愛らしい筐体の電話を私めに…」
「い、いやーーーっ!」

うへへと嫌らしい笑い声を上げる高宮に、本気で振り払おうとする睦美。
ギャーギャー。
必死の取り合いが続く中。
それを黙って傍観していた勝沢が、1つ溜め息を吐く。

「……バカね」

勝沢の言葉は、誰に聞こえる事もなく、2人の騒ぎ声によってかき消されたのだった。










* * *










「さて…」

高宮と睦美の間を取り成す様に座った勝沢が、話を切り出す。
高宮は腕を組んで未だ小悪魔的な笑いを浮かべ、睦美はむすっと頬を膨らませて携帯を抱えている。
そんな2人をスルーして、勝沢は話を進める。

「1人だけがメールを打つ…となると不公平だから、ここは3人で決めましょ」
「いや、普通はあたしが1人だけで考えるものなんじゃ…」
「こいつを止められるのならそれでもいいけど…?」
「うっ…」

睦美が抗議するが、勝沢が指差した方向…高宮を見て、言葉に詰まる。
組んでいた腕は解かれ、指をわきわきとさせていた。
その姿に、1人では無理と判断したらしく、睦美はがっくりとうなだれる。

「…わかりました」
「うん、素直な子でよろしい。高宮もそれでいいわね?」
「まぁ参加できるなら何でもいいわ」

勝沢に話を振られると、即座に手を下ろす高宮。
言葉通り、自分もメールの文章作成に携われるのなら文句はないらしい。

「で?3人で決めるっていってもどうするのよ?」
「そうね……単純に1人一文ずつ作っていくというのはどうかしら。順番はじゃんけんで決めて」
「まぁそれか皆で一緒に考えていくかの二択くらいしかないしね……私はそれでいいわ」
「杉並は?」
「まぁ……とりあえずやってみようよ」

もう割り切ったのか、それなりに参加意欲を見せる睦美。
何かと最終的には助けてくれる2人なので、もしかしたら…という期待もあるのかもしれない。

「それじゃぁ順番決めるわよ」
『はーい』

順番決めはじゃんけんを行い。
単独勝利した高宮が3番、睦美と勝沢の一騎打ちは勝沢が勝利し、2番を選択する。
2人に負けた睦美は、自動的に最初の文を作成する事に。

「2番以降の人は前の人の文面と合う様に文章を作ってね」
「高宮さん……頼んだよ?」
「まっかせなさいっ!」

どんっと意気揚々と胸を叩く高宮に、睦美は不安の表情を色濃く残したまま、携帯を開く。
そして、軽快にボタンを押していく。

「何よ、速いじゃない。もう何書くか決まったわけ?」
「まぁ最初だし、大体決まってるでしょ?…………はい、勝沢さん」
「うん」

1分と経たない内に睦美は自分の文章を作り終え、携帯を渡す。
受け取った勝沢は、画面を暫し見つめ、ふむ…と唸る。

「何?そんな面白い文章だったの?」
「自分の番が来るまで見ない事………よし」

覗き込もうとする高宮を制しながら、片手間でメールを打っていく。
たった一文なので、打ち込む時間はさほどかからず勝沢も自分の番が終了する。

「はい、高宮」
「どれどれ………ほほぅ」

トリを務める高宮に携帯が手渡され……ニヤリと笑う。

「…な、何?勝沢さん、ちゃんと作ったよねっ?」
「大丈夫よ、安心しなさい」
「そうよ杉並、私にかかれば………きたぁっ!」

かっ!と目を見開き、物凄い勢いでボタンを連打していく。

「は、速いっ!」
「よほど何か凄いのが降りてきたらしいわね…これは期待できるわよ?」
「………ふぅ。はい、完成したわ」

大した手間ではないはずなのに汗でもかいたのか、額を拭うフリをしながら携帯を差し出す。
それを勝沢が受け取り、確認をする。

「……どう?」
「…そうね、中々ユーモアに富んでいると思うわ」
「い、いいから早く見せてよ」

未だ全容がわからない睦美が急かす。
暫し眺めた後、勝沢が睦美にも見える様に携帯を傾けた。
睦美が、覗き込む。


『こんばんは、睦美です( ‘∇‘ )ノ”
早速ですがメールしてみました、これからよろしくね(≧∇≦)/
直枝君とメールできて、ちょっぴり…ううん。
ものすご〜く嬉しくなってる私がいたりしちゃってます(〃∇〃)
だから、これ、見てほしいの…。
( 杉並のパンチラ写メを添付して送信)』


パチーン!

「いったぁっ!何すんのよっ!」
「それはこっちのセリフっ!何てもの送ろうとしてるのよっ!」

文を読んで、睦美が思い切り高宮の頭を叩く。
小気味いい音が、部屋に鳴り響いた。
顔を真っ赤に染め上げて、睦美が怒髪天を衝く。

「直枝だってあんな可愛い顔してるけど、きっとエロスに興味津々に決まってるわ。そこであんたのパンツ写真でも拝ませればきっと――」
「完璧痴女じゃん、私っ!初っ端のメールでおかしい……ううん、普通におかしいよ、これ!」

高宮の作戦をばっさりと切り捨てる。
高宮もさすがにまずかったと思ったのか、頭を擦りながら、たはは…と苦笑を零した。

「確かにこれはちょっと刺激が強すぎるわね……激写するのは面白そうだけれど」
「やだよっ!?絶対撮らないでねっ!?」
「まぁ何にせよ、これはダメね」

睦美の訴えを無視し、勝沢がクリアボタンを長押しして文章を削除する。
疑念を晴れないものの、とりあえず振り出しに戻ったということで、睦美が安堵の息を吐いた。

「さて、それじゃ今度はローテーションで順番を変えましょう。高宮が1番、杉並が2番、そして私が3番ね」
「最初かぁ…あんまりいじりがいがないなぁ」
「いじる事を考えないようにね…」
「わ、わかってるわよ…」

ぴくぴくと頬を動かしながら注意する睦美を見て、高宮がどもる。
相当先程のメールの件を怒っているらしかった。

「それじゃ…はい、高宮」
「うっす」

勝沢から高宮へ携帯が渡される。
高宮は画面と数十秒程にらめっこした後、メールを打ち始め…程なくして、睦美へ携帯を差し出す。

「ほい」
「うん………う、うーん」
「どう?けっこういい線いってるでしょ?」
「ま、まぁ私の性格的にどうかと思うけど、これくらいなら…」

そう言って少し悩んだ様子を見せるも、すぐに打ち始める。
そして、最後の勝沢へ渡す。

「はい」
「……なるほど」

うんうんと頷いた後、即座に打つ。
ある程度書く事は決まっていた…そんな印象を受ける程、作成の着手は速かった。
そして、それ程待たずして、ボタンを押す手が止まった。

「できたわ」
『どれどれ……』

勝沢の言葉を聞き、高宮と睦美が携帯を覗き込んだ。


『どうもー、睦美でーす☆⌒(*^∇゜)v
アドレス交換してくれてありがとねO(≧∇≦)O
ところで直枝君は今何してる?
私は今友達と遊んでるところだよ(* ̄∇ ̄*)
後、直枝君はお米だと何が好き?
私はササニシキが好きかなo(>▽<)o』


『……』
「どう?私的にバッチリなんだけど」
『いや、ダメでしょ』
「…マジで?」
『マジで』

2人の問答無用の却下に、勝沢の頬にたらりと汗が流れる。
相当自信があったらしい。

「米って何よ、米って」
「うん、明らかに突飛すぎるし」
「初っ端でこんなの聞いたら完璧変人でしょ」
「というか、私ササニシキとか言われても味とかよくわかんないし」
「………少し時代の最先端を行き過ぎたわね」
『いや、行ってないから』
「……」

さらに否定され、勝沢は二の句が告げず、黙り込む。
本気の米ネタがいけると思っていたらしい。

「これじゃ埒があかないわね…」
「そうね…」

再度文章をクリアし、携帯をテーブルに置いて唸る3人。
そこでおずおずと睦美が挙手をする。

「あの〜…」
「何?」
「もう、普通に考えませんか?あまり夜遅くにメールするのも何ですし…」

何故か敬語。
しかし、それが功を奏したのか、2人が壁に掛けてある時計を仰ぎ見る。
時刻は既に9時を過ぎていた。

「それもそうねぇ…メールも一回ぽっきりで終わるわけじゃないしね」
「まぁ互いをあまり知らない内にはっちゃけて失敗したら元も子もないものね」

2人が睦美の案を渋々…といった感じで承諾する。
その流れを感じ取り、睦美が小さく息を吐く。
内心では、本当に変なメールを送られるのではとびくびくしていた様だ。

「それじゃ、一番まともな睦美をベースに考えていきましょ」
『はーい』

勝沢の一声で、3回目のメール作成が開始された。













* * *












「……こんな感じでいいかしら?」
「いいんじゃない?最初はこんなもんで」
「うん、私もいいかな」

3人顔を寄せ合いながら、携帯を覗き込む。
画面には、文字がびっしりと詰まっていた。
3回目のメール作成を開始して10分。
所々ふざける高宮を嗜めつつ、推敲していき……ようやく、満足のいく内容になった様だ。

「それじゃ…送るよ?」

携帯は再び睦美の手元に戻る。
送信ボタンに指をかけた所で、睦美は2人を見た。
3人が顔を見合わせ……頷きあう。
2人のGOサインを受け、睦美が緊張の面持ちで指に力を込める。
カチ…と小さな音が静寂な部屋に響き渡り。

『メールを送信しました』

画面に、送信完了の文字が現れた。
睦美が張り詰めていた気を抜くように、長い息を吐く。
そんな睦美の姿を見て、高宮と勝沢がやれやれといった風に笑った。

「でもさぁ、今さらだけどよかったの?杉並」
「…え?」

高宮が緊張の糸が切れてだれている睦美に声をかけた。

「…何が?」
「だって、あれじゃ後が続かないでしょ?」
「……まぁ」
「もっと質問とかして長引かせる様にすればよかったのに」

どうやら内容に言及している様だ。
高宮の提案に、少し考え込んだ後…小さく首を振った。

「ううん。今日はこれでいいの」
「そう?……まぁあんたがそれでいいっていうなら何も言わないけど」

睦美の意見を尊重している様に言うが、表情は少し不満げだった。
彼女らの会話を聞く限り、あまり積極的な内容ではなかったらしい。
それもまた、睦美らしいといえばらしいが…高宮にとっては、少し消極的すぎるものだった様だ。

「まぁ…杉並がそれでいいと言うんだから、この話は終わりにしましょう」
「そうね、もう送ったし」
「うん」

勝沢がずいと前に乗り出し、話を締める。
このままでは高宮が話を広げそうだったので、それを阻止した様な形だった。

「さーて……まだ時間はあるわね。何して遊ぶー?」
「もうこのままだべっててもいいわね」
「私、飲み物持ってくる」

睦美が立ち上がり、簡易の冷蔵庫へと向かう。
お茶を取り、コップに注ぎながら、ぼんやりと考える。
メールはこれだけで終わるわけじゃないけど。
今日は、これでお終い。
やっと踏み出せた一歩。
出来る様で出来なかった、最初の一歩。
今は、その事を大事に閉まって。
これからまた、頑張ろう。

「杉並ー、まだー?」
「あっ、はーい」

高宮の声で我に返り、盆にコップを乗せ持って行く。
部屋に戻ると、テーブルに教科書やノートが広げられていた。

「そういえば宿題やってなかったと思ってさ」
「杉並は、もうやった?」
「…忘れてた」
「それじゃ、皆でやりましょ」
『はーい』

こうして、メールの初送信は無事完了し。
睦美達の今宵は、シャーペンをノートに走らせる音と共に更けていったのだった。












* * *











「ふぅ…筋トレした後のシャワーは格別だぜ」
「……」
「お?理樹、携帯なんか開きやがってどうした。誰かからメールか?」

理樹の部屋。
濡れた髪をガシガシとバスタオルで拭きながら部屋に戻ってきた真人が目にしたのは、携帯をじっと見つめる理樹の姿だった。

「…あ、真人、お風呂上がったんだね」
「おぅ。んで、誰とメールしてるんだ?」
「杉並さんだよ」
「杉並?同じクラスの?」
「うん」

理樹の肯定を受けて、真人はぽかんと口を開く。

「お前ら……付き合ってんのか?」
「…いや、付き合ってないけど?」
「本当か?」
「うん」
「ならいいけどよ…」

安心した様に何度も頷く。
何を安心したのだろうか、と今度は理樹がぽかんと口を開いた。
真人は笑みを浮かべ、さらに追求してくる。

「お前らそんな仲良かったっけ?」
「う〜ん…まぁそんなでもないかな」
「じゃ、何でメールしてんだよ」
「何でって言われても……まぁ、ちょっとね」
「何だよ、教えろよぉ」

気になるのか、理樹の隣に腰を下ろし、肩を抱く。
風呂上がりの熱を帯びた体を密着させ、理樹が暑苦しそうに顔を顰める。
そんな理樹を気にする様子もなく、体をくっつけている。

「本当なんでもないから…」
「んじゃ教えてくれてもいいじゃねぇか」
「いや、杉並さんの事もあるし…ね…?」
「大丈夫、俺は口かてぇからよっ」
「あぁもうっ………あ、真人、まだスクワット残ってたんじゃないっ?」
「…え?」

理樹の言葉に真人が動きを止める。
体を放し、上を見上げながら考え込む。

「そうだっけか……えーと、あれやって、これやって、後それから…………やべぇ、わかんなくなってきた」

記憶を辿っていた様だが、ついさっきの事も思い出す事が出来ず、頭を抱えた。
そして、すくっと立ち上がり。

「不安になってきた……もう1回やってくるっ!」

そう言って、部屋を飛び出していった。
1人部屋に残る理樹は、追求を逃れる事に成功し、深い息を吐いた。
そして、ポケットに隠していた携帯を取り出し…画面を見る。


『こんばんは直枝君、睦美です(≧∇≦)/
今日はアドレス交換してくれてありがとねo(*^▽^*)o
ちょくちょくメールするかもしれないから、暇な時は相手してください(#^.^#)
今日はもう遅いから、お礼のメールだけ送りました(≧∇≦)b
それじゃ、また明日!おやすみヾ(@^▽^@)ノ』


文章を読み、理樹はくすりと笑った。
何を思って、微笑んだのであろうか。

「……返事しないとね」

誰もいない部屋。
1人だけの空間で。
穏やかな笑みを浮かべたまま。
理樹は、携帯のボタンに指を滑らしたのだった。






web拍手を送る
面白かったら押してください。
inserted by FC2 system