一先ず理樹のメールアドレスを聞き出す、という方針を打ち出した3人は、昼休み、弁当をつつきながらどの様にして聞き出すのかを協議することにした。
「まぁ、私らが行けば簡単なんだけど〜…」
「こういうのは当人が行くべきよね」
「そ、そんなぁ…」
2人の意見に、たちまち睦美は眉を顰める。
どうやら2人の中では、理樹に聞きに行くのは睦美で決定しているらしい。
「私じゃ無理だよ…」
「どうやっても?」
「……どうやっても」
ぼそぼそと、弱々しく言葉を漏らす睦美。
弁当の卵焼きを一口で平らげた高宮は、ずい、と箸の先端を睦美に向けた。
「高宮、行儀悪い」
「うるさい、わかってるわよ……あのね、杉並。あたしらは助けてやってもいいけどね、何でもかんでも、というわけにはいかないのよ?直枝のメアド知りたいんでしょ?少しくらい頑張
りなさいよ」
「高宮さんが無理矢理そうさせたくせに…」
「何か言った!?」
「いえ、何も」
ぐぁっ!と噛み付いてきた高宮を無視し、睦美はそっぽを向いてポテトサラダを口にした。
大人しい、と言われる彼女ではあるが、この2人と一緒にいる時はそれなりに強気な態度に出られるらしい。
「直枝1人の所に聞きに行くのもダメ?」
「え?」
「杉並は周囲の目が気になるんでしょ?だったら、私達が直枝を1人だけにするから、そこへ杉並が偶然を装いながら、自然にアドレスを聞く…どう?」
「う、う〜ん…まぁ直枝君2人きりで、メアド聞くのなら何とか……」
箸を口に咥えながら、思案する様に上を見上げる。
勝沢の意見に、少しは乗り気を見せ始めた。
「私らが直枝を1人に仕向けるようにするとなると、やっぱ問題なのはぁ…」
「井ノ原君と鈴ちゃんね」
高宮の言葉に、勝沢が返す。
真人と鈴は何かと理樹にくっつく傾向にある。
同じクラスには謙吾がいるが、彼は単独行動をする事も多く、それ程問題視する必要もないと判断した様だ。
「よっし、後は任せて!杉並は直枝と2人きりになった時のことだけ考えてればよし!幼馴染メンツはあたしと勝沢で何とかするからさ!」
「うん……」
「くれぐれも、自然に、を念頭にね」
「わ、わかった」
こうして3人の、『杉並恋愛成就大作戦〜どっちも苗字に「きへん」入ってるからだいじょぶっしょ〜』が開始された。
「何、この作戦名…」
「あ、あたしじゃないわよ!?」
「いい感じでしょ?」
「勝沢さんだったの!?」
早速睦美は不安を覚えたのだった。
* * *
「移動教室ってのは、何かとめんどくせぇよな」
「そう?別に大した手間じゃないと思うけど…」
とある廊下の道中。
真人と理樹が2人で歩いている。
次の時間は別室で行われる為、2人はそこへ向かって歩いていた。
そして、彼らの先の曲がり角に潜む女生徒…。
「来たわね…」
高宮である。
まずは小手調べとして、彼女が単独で作戦に挑むことになった。
2人の姿を視認した高宮は、携帯でメールを送る。
『目標を確認。今から作戦を開始する』
『了解。目標の誘致場所は?』
『3階資料室』
『了解。健闘を祈る』
パタン、と携帯を閉じた頃には、2人の姿は大分大きくなっていた。
そろそろ頃合か…と、高宮は曲がり角から一歩足を踏み出した。
「いや、待てよ…こうしてだらだら歩いているこの時間を、反復横跳びしながら行けば…」
「やめてよ、鬱陶しいから」
廊下で反復横跳びする真人に通りすがりの女生徒が引いている中、高宮はそんな事も意にせず声を掛けた。
「あのさぁ直枝、ちょっと頼み事があるんだけど…」
「え、何?高宮さん」
もちろん、理樹に。
「実は、次の授業で使う資料を運ばなきゃならないんだけど、ちょっと1人じゃ持ちきれなくてさ…」
「そうなんだ…」
理樹は、嫌がる素振りもなく話に耳を傾けている。
これはかかった…。
表向きにはひたすら下手に出ている(つもり)の高宮だが、もはやこれはミッションコンプリートしてるだろう、と高を括る。
内心意気揚々としながら、本題に入った。
「と、いうわけで、直枝に手伝っ――」
「なら、真人に頼むと良いよ」
「…て、うぇっ!?」
まさかの展開に高宮がはしたない声を出した。
流れ的に『じゃ、僕が手伝うよ』となるだろうと踏んでいた高宮は、理樹が筋肉を推奨しだした事に仰天。
驚きの余り数秒固まっている彼女を置いて、理樹は真人に話をつける。
「ほぉ…俺の筋肉が必要らしいな。オーケー、思う存分使ってくれ」
「真人もいいって」
「う、うん…ありがとね……でも井ノ原君、物を運ぶ仕事だから、反復横跳びはあまり意味ないと思うよ?」
真人が手伝う事が決定事項になってしまった今、高宮には、会話の最中も反復横跳びをやり続ける真人にツッコミを入れることしか出来なかった。
* * *
「ふがいないわね…」
「うぐっ」
「あれだけ自信満々に出て行ったと言うのに、この体たらく…あなた、この作戦遂行する気あるのかしら?」
「も、申し訳ありません……勝沢様」
「いや、そんな怒らなくても…というか、その衣装何、勝沢さん?」
「ん、悪の女王セット」
いつまで経っても連絡が来ないので、2人を探していた睦美が漸く見つけて目にしたのは、赤いマントを羽織り、グラス片手に踏ん反り返る勝沢と、彼女の目の前で跪く高宮の姿だっ
た。
暗幕によって日の光は遮られ、蝋燭一本の灯火だけで照らされる教室、さらに勝沢の姿…一見悪の軍団の本部に見えなくもない。
「どこからまたこんなものを…」
「いや、ここにあった」
「へっ?」
「だってここ、演劇部の衣裳置き場だし」
「へぇ、そうなんだ…て、勝手に使用しちゃダメでしょ!ほら、出た出た!」
「あぁ、勝沢様!私はこの失態をどうお詫びすれば――」
「高宮さんもいつまでやってるの!」
ぽいっ、と放り出す様に2人を教室から出し、片付けをした後自らも出て行く。
杉並睦美。
実は、ツッコミ気質らしい。
* * *
「…と、いうわけで。高宮は失敗した、と」
「だって、あそこで井ノ原君が出てくると思ってなかったんだもん…」
「手段は悪くなかったわね。けれど、それは鈴ちゃんと一緒にいる時に使うべきだったわ……筋肉をこよなく愛する井ノ原君の前でその話題は、馬の面前に人参をぶらさげる様なもの
だから」
「うぅ、面目ない……」
「はは…」
真面目に今回の失敗について協議する高宮と勝沢を目の前に、睦美は苦笑を禁じえなかった。
もし彼女らの今日の話を聞き、今睦美の表情を見た者は、彼女の心情を誰しもこの様に感じるだろう。
『何か大事になってきちゃった…』、と。
「さて、次は私ね」
すっ、と席を立つ勝沢。
その佇まいに、微塵の不安も感じられない。
「何よ、自信ありそうじゃない…勝算はあるの?」
「任せて。こういうことは得意だから…杉並」
「うん?」
「成功したら、メール送るから……そうしたら、いよいよあなたの出番よ」
「う、うん…」
睦美は今さらになって緊張してきたらしく、少し身を震わせた。
理樹と対峙することを想像したのか、顔がやや強張ってはいるものの、後戻りできない事もわかっているらしく、表情はしっかりしたものだった。
「さぁ、それでは、作戦2回目よっ!」
放課後の予鈴と共に、『杉並恋愛成就大作戦Part2〜どっちも名前に……まぁだいじょぶっしょ〜』が開始する事が決定した。
「だから何この作戦名!それにサブタイトル関連性ないじゃん!」
「こ、これもあたしじゃないわよ!」
「いい感じでしょ?」
「どこがっ!?」
やっぱり不安を拭えない睦美だった。
一言もらえると嬉しいです。
『遠くから見た人』の2話。
今思ったら、『雪と戯れ』を完成させてないにも関わらずこれを開始してしまった…。
ぶっちゃけ、こっちの方が人数少ないから動かしやす(ry
書きながらやっぱりギャグチックにしようかシリアスに行こうか迷ってる。
でもたぶんシリアスかな。