その夜。
正しく『久々』に、理樹の部屋に5人が集い、騒がしくも穏やかな時間を過ごしていたその時。
理樹の携帯が小刻みに震え、メールの着信を知らせた。

「誰からだ?」
「……杉並さんだ」
「杉並?」

またもこの部屋では懐かしい響きに、一同は目を丸くした。
サブディスプレイで送り主を確認した理樹は、そのまま携帯を開き、メールを読む。
何故か4人は、それをじっと見守っていた。
その間、約1分。
読み終えた理樹が、手元の携帯から顔を上げた。

「…何て書いてあったんだ?」
「またメールしてもいいですか、みたいな感じ」
「確かに一時期は頻繁にメールしてたな…」

謙吾の呟きに、『そうだね…』と理樹が若干声を低くして言う。
その一時期が一時期となりえたのは、修学旅行の一件があったからだという事に、理樹は気づいていた。
もしあのまま無事に修学旅行を終え、つつがなく学校生活を送り続けていたら、まだ睦美とのメールのやり取りは続いていたかもしれないと、理樹は思っていた。

「結局杉並という子はまだわかっていないが……理樹はどうするんだ?」

事故の件を思い出し雰囲気をやや硬化させた理樹を見やり、それを流すように恭介が話を促した。
修学旅行、バス転落事故。
あの事故を通して不可思議な体験をしたとはいえ、彼らにとっても事故の恐怖をそうそう拭い去れるわけではなかった。

「あ、うん…もちろん、オーケーするよ」

恭介の思惑通り、理樹が笑顔を作る。
それを見やり、恭介が小さく笑う。
理樹の成長著しいとはいえ、まだまだ恭介が兄貴分な事には変わりない様だった。
そして、理樹の笑顔を見て謙吾がからかう様にほくそ笑み、鈴が小さく肩を揺らす。
いつかに見た様な光景だった。

「ほぉ……何気に杉並を気に入っているみたいだな、理樹は」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
「じゃぁどういうわけなんだよ」
「え?理樹は杉並が好きなのか?」
「誰もそんな事言ってないしっ」

男3人にからかわれ――真人は本気気味だが――、理樹が必死に否定する。
そして、何故かじりじりと移動する鈴。
真人の隣まで移動し――

「……いてぇぇぇーーーっ!何しやがるっ!」
「いや、お前の太腿に蚊が止まってたんだ。だからつねった。大丈夫だ、もうやっつけた」
「え?マジで?」
「あぁ、マジでだ」
「そうか…サンキュー、気づかなかったぜ」

ニコリと笑って礼を言う真人。
何故叩かずつねったのかとか真人ズボン履いてるけど?などという疑問を口に出す者は、この場にはいなかった。
蚊を倒したからなのか、満足した様に一息吐いた鈴は真人の傍から離れようと腰を浮かした。

「で?けっこう気に入ってるんだろ?杉並って子のこと」
「っ!?」

だが、恭介の言葉に体をピシリと固め……満足げな雰囲気はどこへやら、むっつりと顔を顰め、どしりとまた真人の傍へと腰を下ろした。
そんな鈴をよそに、謙吾と恭介が理樹を追い立てる。

「でなければ、了承するはずがないしな」
「いってぇぇぇっっ!!!」
「嫌いではないけど、別にそういう気持ちがあったわけじゃ……」
「それはお前が気づいていないだけさ、きっとお前は無意識に、杉並の事を……」
「いでぇぇぇっっっ!!!」
「いやいや、それはないよ」
「いいじゃないか、杉並は良い子そうだし、お似合いだと俺は思うぞ?」
「いてぇぇぇっっ……って鈴てめぇ!さっきから何してやがる!」

つねられまくっていた真人だったがとうとう我慢できず、鈴に吼える。
が、鈴は真人の剣幕をさらりと無視すると、すっくと立ち上がり。

「……帰る」

無愛想に、言い放った。
すたすたと入り口の方へ歩き出す鈴を見やり、理樹が慌てて立ち上がる。

「ちょっ、どうしたの鈴?ねぇ鈴ってばっ」

声を掛けるも、鈴は理樹の言葉に反応する事もなく。

バタンッ!

ドアの向こうへと、姿を消した。
突然の出来事に、部屋はしんと静まり返った。

「どうしたのかな、鈴」
「ったくよぉ、やるだけやって帰りやがって……」

心配そうに眉根を寄せる理樹と、痛む太腿を押さえながら愚痴を零す真人。
そんな2人の呟きへの回答か、ドアの方を注視していた謙吾と恭介が、顔を見合わせて、言った。

「まぁ、あいつにも色々あるってことだな」
「そういう事だ」
「え?」
「何だよ、どういう事だよ?」

オウム返しで疑問を再度ぶつける2人に何も答えず、恭介と謙吾は小さく笑うだけ。
鈴にとって最もわかってほしいであろう人物は、その波立つ感情に気づく事なく、ただ首を傾げるのだった。







******






「ふぅ……」

大きな息を吐くと共に、睦美は携帯をぱたむと閉じる。
まるで一作業終えたかの様な仕草に、高宮が軽くおどけながら口を開いた。

「メールの一通くらいで何そんな気張ってんのよ、あんたは」
「そう言わないでよ、私はこれだけでもけっこう気を遣ってるんだから」

自分でも大袈裟なのをわかっているのか、少し自嘲気味に笑う睦美。
他の人にしてみればなんてことはないはずの、たった1通のメールでさえも、この緊張具合。
もういい加減慣れてもいいのではないかという気もするが、その初々しさは今日の高校生において、まず誰ももってない性格であろうから、それはそれで稀有な存在なのかもしれない。
最も、それが良い事なのかは激しく疑問ではあるが。
そして、定位置となっている回転椅子に腰掛けていた勝沢も、睦美に加勢する。

「そうそう、杉並にしてみればよくやってる方じゃない。あんたと違って杉並は繊細なんだからさ」
「何よ、勝沢……あたしが図太い、とでも言いたいわけ?」
「あら、わかってるじゃない。自己分析出来るのは良い事よ」
「あったまきたっ!いっぺんきゃんいわせたるっ!」
「はいはい、高宮さん落ち着いて〜、ほ〜らよしよし」
「杉並も馬鹿にしてるのねっ、いいわ2人まとめてかかってこいやぁっ!」

猛獣の如く吼えまくる高宮に対し、至って冷静に対応する睦美と勝沢は、高宮を抑えつつ、互いに顔を見合わせてくすりと笑った。
勝沢は何ゆえなのかは不明だが、睦美は恐らく、『いつも通りの3人』の空間が出来上がっている事への、安堵の笑みだろう。
朝から抱える、勝沢への不協和音……喧嘩という喧嘩をしてこなかった3人だけに、睦美は酷くその事を気かけていた。
いつも通り、馬鹿騒ぎをする3人が今ここにいる……その事は、今の睦美にとって大いに救いとなっている事であろう。

「ふーっ、ふーっ」
「もう気は済んだ?」
「はぁ、はぁ……ま、まぁ、今日の所は、この辺で勘弁したげるわ…」

見るからに疲労困憊しているにも関わらず虚勢を張る高宮に、勝沢はやれやれと肩をすくませた。
強引になりがちな高宮ではあるが、その性格ゆえに3人の中でムードメーカー的な存在である。
この一時も高宮が端を発しているだけに、睦美はこの時、高宮に感謝の言葉を胸の内で精一杯述べているであろう事は、言うまでもない。
そして、ようやく場が一息着きかけたその時、睦美の携帯が、メールの着信を知らすために、小刻みにその筐体を震わせた。

「おっ、直枝から返事来たんじゃない?」
「……うん、直枝君からだ」

送信者の名前を確認した睦美が、嬉しそうにふにゃりと相好を崩した。
『何て来た?』『ちょ、ちょっと待ってよ』とくっつきながらメールを確認する睦美と高宮を見やりながら、勝沢はまた小さく肩をすくませながら頬を緩ませた。
そして、きゃいきゃいと騒ぐ2人の間に一石を投じる様に、小さく呟いた。

「鈴ちゃんは、直枝と杉並がメールしてるの見てどう思ってるんでしょうね」
「っ!?」
「あー……」

その存在を忘れていた様に、睦美はカチリと笑顔のまま体を固まらせ、高宮は鈴の姿を思い浮かべたのか、苦笑気味に気のない声を上げた。
それは偶然だったのか。
まるでメールが彼らを繋ぎ合わせている様に。
鈴の存在が、ほぼ同時刻に2つの部屋で、話題に上ることとなった。

「すっかり忘れてたわね……鈴ちゃんの事」
「まぁ、鈴ちゃんだけではないんだけど……まずはあの子が先に出ちゃうわね、頭の中で」
「……」

3人が、一斉に天井を見つめる。
きっと、真っ白な天井に、理樹の横にくっつく鈴の姿が、全員の目に映っているだろう。
理樹と、鈴。
睦美が、もしかしたら両思いなのではと勘繰っていた間柄。
その予想は結局当たらず、今日までやってきたが、それでもまだまだ余地は残っていることは言うまでもなかった。
さらに言えば、睦美は、今まで以上に危機感を募らせていた。
理樹と……そして、鈴の夏を挟んでの微妙な変化。
それが何なのかをまるで掴めていない睦美にとって、鈴の存在は一層怪しげなものとなって、心の中に留まっていた。

「実際どうなんだろーね、鈴ちゃんと直枝って」
「さぁねぇ、私はないと思ってるけど……杉並の方が、わかるんじゃない?」
「えっ?」
「何か思う所あるんでしょう?……リトルバスターズ、に」

信じているのかいないのか……それは定かではないが、勝沢は、睦美の言い分を引き合いに出して、そう言った。

『何か、直枝君達、前と雰囲気違くない?』

この前の、睦美の言葉。
あの時は高宮も、そして勝沢も首を横に振り、話はそこで終いとなったが。
今でも彼女は、その言葉を覚えていたのだった。

「そういえばあんた、そんな事言ってたわね……んで?あんた的にはどう思ってるの?」

高宮も思い出し、2人の視線が睦美を刺す。
伺いを立てられた睦美ではあったが、実のところ予想など微塵もなかった。
何かが違う、もしかしたらありえるかもしれない……そう思いはすれど、そこには根拠など米粒ほどもなかった。
端的に言ってしまえば、それは勘以外の何物でもない。
だがしかし、それでもその考えを捨てる事は、睦美には出来なかった。
ひとしきり、うむむーと唸った後、睦美は、天井を見つめたまま、呟いた。

「何か変わった事だけは、きっと確かだよ……」

曖昧な表現で濁す睦美に、高宮と勝沢は、揃って肩をすくめるのだった。










一方、時を同じくして。

「おや…君が私の下を1人で訪ねるとは珍しいな……鈴君」
「……相談したいことがあって、来た」

気侭な子猫は、悪戯好きな魔女の下を、訪れていた。





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