「真人、そういや、今日は筋肉曜日だよ」
「何だと!?なんだかさっぱりわからねぇが、聞くだけで興奮するぜ!」
教室の一角で、奇妙な会話が成されている。
直枝理樹と、井ノ原真人である。
宮沢謙吾、棗鈴、そして3年の棗恭介を含めた彼ら5人は、日々何か楽しいことを求め、馬鹿騒ぎを起こす集団である。
彼らは自らの事を『リトルバスターズ』と呼び、最近ではメンバーを増やし大々的に野球をやり始めるなど、やはり『一般』と呼ばれる分類からはやや外れた者達であることが窺える。
そんな集団に属すこの2人、真人と理樹は寮のルームメイトで、特に行動を共にすることが多い。
今回も何やら摩訶不思議な行動を始めた様だ。
「はぁ〜、筋肉様よ、鎮まりなされえぇぇぇー!」
「う、うわあぁぁぁーーー!」
「わふーっ!何やら蠱惑的ですっ!」
理樹の叫びを聞き、真人が悶絶している。
それを見たクドリャフカが興奮気味に感想を漏らす。
能美クドリャフカは、『リトルバスターズ』に最近加わった1人である。
以前から彼らとはそれなりに交遊があった様だが、野球のメンバーに勧誘されて以来、より親しくなった様だ。
授業間の休み時間とはいえ、大声で騒ぎ立てている彼らを他のクラスメイトは鬱陶がっているのではないかと思いきや、意外と反応は淡白で、その声の発生源に一度視線を向ける
も、何やら納得した様に頷き、彼らから意識を離す者がほとんどである。
井ノ原真人は、『リトルバスターズ』中でも馬鹿騒ぎの中心と言え、彼が奇異な行動に走るのはもはや日常茶飯事である。
そして、『リトルバスターズ』の常識人と称される直枝理樹も、大人しそうな外見に騙されがちだが、一度スイッチが切り替われば真人に対抗する程の阿呆ぶりを発揮する。
そんな彼らを入学してから1年間見続けてきた同級生からすれば、この2人の挙動も、『あぁ、またか』で済んでしまうのである。
というわけで、今日も今日とて、彼らの奇怪な会話を片隅で耳に入れながら過ごすという、いつも通りの学校風景が描かれていた。
しかし、そんなありふれた1コマを皆が一目みただけで終わる中、一時も目線を逸らすことなく彼らを見つめ続ける1人の女生徒がいた。
「…………」
その名は杉並睦美。
理樹達と同じクラスに所属する1人である。
大人しく控えめな性格で、周囲から注目視される存在でもない彼女は、有体に言って、極々『普通の』生徒であった。
そんな彼女が、注目視される存在、言い換えれば『問題児』の彼らを見つめ続けるその理由とは…。
「直枝、君……」
彼女は、見つめるその先で必死に筋肉を鎮めている青年、直枝理樹に恋していたのだ。
彼女は『2人』を見ていたのではなかった。
自身の筋肉に異変を感じているのか、ジタバタともがいている真人は、視野の中には存在していなかったらしい。
もちろんお淑やかである彼女は、堂々と直視するような真似はせず本を読む振りをしつつ、目だけは絶えず理樹の姿を捉えていた。
「まーた直枝?」
「っ!?」
そこへ、頭上からいきなり声が聞こえた。
突如降りかかった声に睦美は驚き、体を震わせた。
半ば条件反射の様に、ばっ、と顔を上げると、そこには友人の高宮がいた。
「高宮さん…」
「あんたねぇ、気づかれないと思ってるんでしょうけど、あたしらにしてみたらバレバレだから」
アメリカ人の様に両腕を肩まで上げ、『やれやれ』とジェスチャーをする高宮。
バレバレと言われ、恥ずかしさの余り、睦美は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「そ。まぁ私達だから気づいたってのもあるんだけどね。安心して、他の人達は気づいてないから」
「勝沢さん」
今度は横から声。
同じく睦美の友人、勝沢だ。
睦美、勝沢、高宮の3人は、小学校来からの親友である。
親友なのに、なぜかお互いを苗字で呼び合うという、親しいのか他人行儀なのか傍目からでは理解に苦しむ間柄の3人。
どうやら小学生時代から苗字で呼び合っていたせいか、他の名で呼ぶ事に違和感を覚え、結局高校までこの呼び名で通ってきた様だった。
相変わらず顔を朱に染め、もじもじする睦美に2人は顔を見合わせ苦笑し、睦美の前の席に高宮、横に勝沢が座る。
彼女らの本来の席はそこではないが、睦美の近隣の生徒はどこかへ行っているらしく席にはいなかった。
「そんなに気になるなら告白すればいいのに」
「そ、そんなことっ!……できない」
「どうして?そんな事言う割に、ちゃっかり直枝の事見てるじゃない」
「そ、それは…」
唇の端を吊り上げながら急かす高宮は、悪事を唆す小悪魔の様だった。
大人しく、何事にも消極的なスタンスの睦美にとって、想い人に告白するなど、心臓が破裂してしまうくらいの大胆行動だった。
『ただ見ているだけ』で満足してしまっている睦美に、そんなアグレッシブなアプローチなど不可能に近かった。
それをわかってて言っている節がある高宮……何とも意地悪な性格である。
ぽかっ!
「あたっ!」
「こらこら、睦美をいじめない」
「んもぅ、わかってるわよ。ちょっとした冗談じゃない」
そんな高宮を小突て嗜める勝沢。
勝沢はクールな性格の持ち主で、突っ走り気味の高宮、引っ込み思案の睦美を要領よくまとめる、お姉さん的な存在だった。
何かと動こうとしない睦美にやきもきして無理矢理せっつく高宮にブレーキをかけ、代替案を提示する…。
3人の基本的な行動パターンだった。
そして、今回もそれになぞる様に、勝沢が提案する。
「告白は急すぎるとして……メアドくらいは聞いたら?」
「え?」
「仲良くなるに越した事はないでしょ?別にクラスメイトなんだし、聞いたって不自然じゃないし。どう?」
「う、う〜ん……確かに直枝君のアドレスは知りたいかな」
勝沢の提案に、少し睦美が乗り気になる。
そこで、一際大きな音が教室に木霊した。
どがっ!
「うっさいんじゃボケ!」
「それは真人が悪いよ…」
鈴のハイキックを受け、真人が地に沈んだ所だった。
ふーふーと息を荒げる鈴を、どうどうと理樹があやしている。
高宮と勝沢はそちらに意識を奪われていたが、はっ、と何かに気づいた様に睦美に意識を戻す。
睦美は、自嘲気味に笑って彼らを眺めていた。
「でも、直枝君には鈴ちゃんがいるから…」
「あちゃー…」
高宮が手で顔を隠しながら天井を仰ぐ。
棗鈴。
『リトルバスターズ』の1人で、その一員である棗恭介の実の妹。
人見知りが激しく、幼馴染の5人と行動を共にすることがほとんど。
新しく加わったメンバーと打ち解けるのにも時間を要したらしい。
そして、幼馴染の中でも、特に理樹に頼りがち。
周囲は理樹と鈴を、恭介とはまた別に、仲の良い兄妹みたいだと感じる者がほとんどだが…。
「直枝にとって、鈴ちゃんは妹みたいなものなんじゃないの?」
「それはどうかわからないよ…恋ってそういう間柄から発展することもあるらしいし…」
『まともに恋愛したことのないお前が何を言うか』、と言いたげに睦美を見る2人を気にすることもなく、気の抜けた様に理樹と鈴を見る睦美。
とまぁ、この様に。
実は恋人関係なんじゃないか、と勘繰る人間も少なからず存在する様だ。
確かに、想い人のそばにひっきりなしにくっつく女性の存在があるならば、多少なりとも不安になるのも頷けるといえば頷ける話である。
少しやる気を見せた所に、あの様な場面を目にしたからか、睦美はすっかり意気消沈している。
それを見た勝沢が、大袈裟に溜め息を吐いた。
「じゃぁ、何もしないでこうしてる?」
「え?」
「あたしは別に良いけど。でも、嫌よ?後で直枝が誰かとくっついた時に、『私もアピールしておけばよかった〜』て泣きつかれるのは」
「……で、でも」
突き放すように口を開いた勝沢に、睦美は動揺して目を泳がす。
炊きつけようとしているのは誰の目から見たとしても明らかなのだが、元来の性格故、睦美の腰は重い。
そこで、がたん!と高宮が勢いよく席を立つ。
「あぁもう、じれったいなぁ!いい!?とりあえずメアドを聞く!そっからどうするかは杉並の自由!どう、これで!?」
「えっ!?あ、う、その…」
「ど、う、な、のっ!?」
「はい、それでいいです……」
高宮の勢いに尻込みしたのか、睦美はメアドを聞きに行くことを了承した。
強引な手段ではあったが、嗜める存在の勝沢が何も言わないということは、これで良いということなのだろう。
これだけやって漸く腰を上げる様な少女なのだから、これくらい強く引っ張っていった方がマシ、ということか。
最も、引っ張る存在の高宮も稀に引っ張りすぎてしまうこともあるのだが。
こうして、杉並睦美の、直枝理樹へのアプローチ大作戦は始まった。
一言もらえると嬉しいです。
また変なの書いちゃった…。
古式さんの話の方が良いかと思ったんだけど、リトバスSSサイトにもう上がってる様だったので、せっかくだからと杉並様のSSを書く。
構想段階ではもう1つ別次元の話があった。
「あぁ、直枝君、可愛い…」
「……ええ、あなたの気持ち、痛いほどわかります」
「に、西園さん!?」
「ですが、まだまだです。あれを見てください」
「……あ、あれは!?」
「ちょっと、やめてよ恭介」
「いいじゃないか、理樹。俺は鈴と同じくらいお前が可愛いんだからさ」
「だからって、教室で頭撫でなくても…」
「……素晴らしいでしょう?」
「ええ、何か色々出ちゃいそ……て、違う!私はそんな人間じゃ――」
「もはや気づいてしまったら逃れることは不可能……あなたはめくるめくや○いの世界に足を踏み入れてしまったのですよ…さぁ、身を委ね、楽にな
りましょう?」
「う、あ、あぁ……」
「ほら、楽しい楽しい世界が両手を広げて待っていますよ……」
「い……いやあぁぁぁーーーー!」
という話。
ただ自分はギャグはダメだと気づいたので、こちらはボツに。
まぁ今回書いた方もダメダメですがね。