「真人くーんっ!こっちに雪もっとちょうだーいっ!」
「おっしゃぁ任せろっ!」
「わふーっ、重いですーっ」
「一緒に転がして大きくしようね〜、鈴ちゃん」
「…わかった」
「……形を整えるのは任せてください」
放課後のグラウンドに、元気な声が響く。
それはいつもの事ではあったが、やっている事は、少し…いや、大分いつもとは違う事だった。
真っ白いグラウンド。
皆バットや白球の代わりに、スコップや雪を手に持っている。
もちろん、防寒対策として手袋も忘れていない。
目の前に見えるは、直径1メートル以上もの大きな雪玉が2つ。
『全長10メートルくらいの、おっきな雪だるまが作りたいです!』
朝方の、クドの言葉。
それを耳にしていた僕らは、その願いを叶える為、放課後は雪だるまを作る事にした。
さすがに10メートルは無理そうだが、途中のを見る限り、大層な物が作れそうだった。
そして僕はというと、作成には参加せず、木の下に座ってその様子を観察していた。
正直な所、昼休みの一戦で少し疲れてしまった。
真人らは相変わらず元気に走り回っているが。
その体力には見果てる。
これが終わっても、夜も集まって何かするのだろう。
部活があると泣く泣くいなくなった謙吾もその時には参加して。
まぁ今の所、人手が足りないという感じでもなさそうだし。
ここは、少し休ませてもらおう。
白い息を吐き、空を見上げる。
あれだけ降っていた雪は、放課後にはすっかり鳴りを潜めていた。
雲は一向に晴れていないが。
冬の夜は早い。
放課後になってまだそんなに時間は経っていなかったが、雲で埋め尽くされた空でも、山際から赤い光が漏れ出していた。
日が暮れ始めていたのだ。
その光景を、どこか切ない気分で眺めた。
「どうした、理樹。お前は雪だるま作らないのか?」
ふと横から声がしたのでそちらを向いてみれば、恭介がいた。
そういえば、恭介は雪だるまを作り始めた頃に姿を消していた。
「僕はちょっと休憩。恭介こそいなくなったりして、どこに行ってたの?」
「俺はまぁ、ちょっと野暮用があってな」
言葉を濁し、詳しくは口にしなかった。
気にならないわけではなかったが、追求はしなかった。
僕らに言う必要があるのなら、いつか教えてくれると思ったから。
「おー、あいつらは元気だなぁ。子供みたいにはしゃいでやがる」
「ね、どこにそんな元気があるんだか」
「年寄りくさい奴だな。お前も『いやっほーっ、雪だるま最高ーーーっ!』と叫びながら混ざれよ」
「いくら何でもそんなテンションでは作らないよ…」
軽く言い合いながら、僕らは真人達の姿を眺める。
ふとそこで、来ヶ谷さんが見当たらない事に気づく。
どこに行ったのだろう、ときょろきょろと辺りを見渡してみるが、その姿はどこにも見つからない。
「どうした、理樹?」
「いや、来ヶ谷さんがいないなと思って」
「来ヶ谷ならあそこにいるだろ」
「え?どこ?」
恭介の指した方を見れば…いた。
下半身になる雪玉に隠れるようにして、じっと何かを見つめている。
その視線の先を目で追う。
「わ、わ、わ〜っ!」
「く、クーちゃん、大丈夫?」
「い、痛いです〜、転んでしまいましたぁ…」
「にゃはは、わんこはホントドジっ子ですね」
「大丈夫か、クドっ」
「は、はい、特に問題はありません」
女の子達が戯れている光景が目に入る。
……そういう事ですか、来ヶ谷さん。
じと目で来ヶ谷さんの方を向けば、頬を染め、だらしなく口元を緩ませている。
…何も見なかった事にしよう。
「どうだ、西園っ。俺の筋肉、素晴らしいだろ!?」
「……美しくないです」
「何ぃっ!?俺の筋肉が美しくねぇだと!?どこがだっ、どの辺で俺の筋肉は美しさが足りないんだっ!?」
「全てです。井ノ原さんの筋肉という時点で美しいという形容は出来ません」
「う、うわあああぁぁぁっ!」
来ヶ谷さんから目を逸らすと、真人が西園さんに詰られまくっている姿を捉えた。
西園さん、程ほどにしてやってください。
心の中だけで哀願した。
「…それにしても、早いもんだなぁ」
「え?」
「こうやって、10人で活動を始めたのが今年の春。それから色々あって…もう、冬だぜ?」
「…そうだね。何だかあっという間だったよ」
頷きながら恭介の横顔を目に入れる。
恭介は、惜しむ様に顔を俯かせていた。
…そうか、この冬が終われば、恭介は卒業してしまう。
1人、僕らと離れ離れになってしまうのだ。
「恭介…」
「わかってはいるんだ。俺らがそんなやわな友情では結ばれてないって事はな。けど、物理的に距離は開く。会う機会も減る…いつも一緒にいたお前らと顔を合わす機会が減ると思
ったら……やっぱ、寂しいよな」
「……」
僕は、恭介の言葉にすぐに返事をする事が出来なかった。
どうする事も出来ないから。
いつまでも、子供じゃないから。
時の流れは誰にでも等しく与えられ、春を迎えたら最上級生は、皆一様に学び舎を巣立っていく。
留年などという異例の事態が起こらない限り。
もちろん恭介はそんな状況に陥っているはずもなく。
無事仕事も内定し。
卒業要件も、最後の期末考査を通ればクリアである。
彼をこの地に縛る物は何もない。
僕ら以外は。
「お前らと馬鹿な事してられるのも後少しだってのにな、何を俺はこんな辛気臭い事を……悪い、理樹。忘れてくれ」
「………恭介」
「ん?」
「僕らから、会いに行くから」
「…理樹」
恭介が、驚いた様に僕を見下ろす。
こんな事しか、言えなかった。
だって、僕にはこれくらいの事しか考えられなかったから。
「恭介が寂しくなったら言ってよ、僕らすぐにでも駆けつけるからさ。僕らは学生だから暇あるし、そっちの方が都合良いでしょ?」
「……」
「悪を成敗する正義の味方…それが『リトルバスターズ』でしょ?まぁ悪ではないかもしれないけどさ、恭介が頑張れなくなった時は、いつでも会いに行くし、会いに来てよ…待ってる
からさ」
「……あぁ」
空元気なのか、僕の言葉に励まされたのか分からないが、恭介は暗い表情を消し、笑った。
確かに僕らは離れてしまうかもしれない。
いつでもすぐ会えるわけじゃなくなってしまう。
でもそこで、会えないと嘆いているばかりでは本当に離れ離れになってしまう。
会う努力…とは何か変な言い方かもしれないが、会いたいと思ったら、会いに行けばいい。
時間の都合を合わせて。
その間だけ、ひとしきり遊べばいい。
何も変わりはしない。
少なくとも、僕らが集まったその時は。
どうなるかはわからない。
来年になってみなければ。
でも、会いたいと、遊びたいと…皆で、また何かしたいと思い、それを成そうとする限りは、僕らはいつまでも変わりはしないだろう。
昔からそうであった様に。
"あの時"も、そうであった様に。
「理樹、ありがとうな。俺も少しナイーブになってた様だ」
「気にしなくていいよ。卒業間近だもん、皆そんなものだと思うし」
元気を出させる様に、笑って恭介に語りかける。
僕なんかの言葉でどうなるとも思えないけど、少しでも力になりたかったから。
「……理樹、昔から思ってはいたが…お前は何て良い奴なんだっ!」
僕の思いが通じたのか、恭介が打ち震える様に言葉を吐き出す。
でも、ちょっと感激しすぎの様な…?
「そ、そんな事はないよ…」
「くっ…お前の優しさが心に染み渡りすぎて…一層ここを離れたくなくなったっ!」
「えーっ!?」
恭介がそんな事を言い出した!
勇気付けがまさかの逆効果!?
「決めた……俺、この町に就職するぜっ!」
「ぅえええぇぇっ!?いや、もう恭介東京の仕事内定してるでしょっ!?」
「そんなものはどうでもいいっ……理樹」
恭介の乱心に慌てふためいていた僕であったが、そこでなぜか手を掴まれる。
互いの両手を胸元で結び合わせるように繋がれる。
息のかかる様な距離で、恭介の鋭い目が僕を射抜く。
…え?何この展開?
「理樹…俺がそばにいてやる。これからも一緒にいよう。ずっと…ずっとだ!」
告白っ!?
むしろプロポーズ!?
「はっ!?え、や、その……えぇっ?」
「もう寂しがる事はない。いつでも俺がお前の傍にいてやるからな」
僕の肩を抱いて、雲のかかった夕陽を指差す恭介。
…何、このどこぞの野球漫画みたいなポーズは。
「ちょっと待ちな、恭介」
ゆら…と僕らの目の前に現れる一際大きな体。
紛れもなく、真人である。
「何だ、真人?」
「理樹の幸せはお前の隣にあるんじゃねぇ……あるのは、この俺の隣だぁぁぁっ!」
ビシィッ!と誰もいない自らの隣を指差す。
あれ?僕恭介を励ましてたんだよな?
「理樹、俺の所に来い。俺の筋肉が朝から晩まで世話してやるぜ?」
「おい、理樹をとるなっ!」
「ちょ、ちょっとっ!」
左右から腕を引っ張られる。
てか、痛いっ!
恭介も真人もなまじ力があるだけに、引っ張る力も半端ない。
ち、ちぎれる!
ドガッ!
「理樹をいじめるなぁぁーっ!」
「ぶほっ!」
鈴の声とくぐもった音が聞こえ、引っ張っていた力がなくなり、痛みから解放される。
見れば、2メートル程離れた所に真人が倒れていた。
その反対側に、鈴の姿が。
「り、鈴っ…ありがとうっ!」
何かよくわからない展開を壊してくれたのは鈴だったらしく、精一杯の感謝を伝える。
よかった…本当に…。
「それに……」
ゆら…と鈴が構える。
そして、恭介に向けて走り出して、叫ぶ。
「理樹はあたしのものに決まってるだろーーーっ!!!」
「ぐはっ!」
飛び上がってからの顔面へのキック!
恭介は為す術もなく、真人と同様に吹っ飛んでいく。
というか、鈴…あなたもですか。
「ふんっ…あたしの理樹に手を出すからこうなるんだ」
「あの…僕、いつから鈴のものに…?」
「……理樹、あたしじゃイヤか?」
鈴が不安げに僕を見上げてくる。
う…そんな目で見つめられたら……。
「……鈴、いい度胸じゃねぇか。仕方がねぇ、ここらで白黒つけようじゃねぇか」
起き上がってきた真人が、鈴に啖呵をきる。
僕を見上げていた顔が、真人の方を向く。
「ふん、お前をコテンパンにのして、理樹はいただく」
真人と鈴が、微妙な距離を開けて構える。
何やら緊迫した雰囲気に。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るなぁ、鈴…いくら妹とはいえ、理樹の為とあっちゃ容赦しないぜ…?」
そして、恭介がポキポキと指を鳴らしながら2人に近づいていく。
平穏な放課後が、剣呑な雰囲気に一変する。
「だ、だから、僕は誰のものでもないんだってばっ!」
「はぁっ!」
「ふっ!」
「キタキタキターっ!」
僕の説得の様な、拒絶の様な叫びも虚しく、3人のバトルが開始されてしまう。
結局うやむやになってしまった。
でも、これでいいのかもしれない。
小難しい事は、また後にしよう。
今は、皆と遊べる事を楽しもう。
皆でいられる時間の中で、目一杯遊ぼう。
それでいいじゃないか――。
「――でも…この展開はダメだーーっ!」
「な、何だか大変な事になっちゃったね〜」
「そう?面白いからいんじゃない?わんこも参加してきたら?」
「わふっ!?何で私なのですかっ!?」
「恭介さん、井ノ原さん、直枝さんの3人………微妙です」
「ふぅ…お姉さん、今日は大満足だよ」
「ちょっと、3人とももうやめなよぉっ!」
のほほんと観戦しながら会話をする面々の声を聞きながら、僕は必死に説得を試み続けるのであった。
「理樹……俺が、お前を一生守ろう」
「は?」
その夜、放課後の話を聞いた謙吾が僕にそんな事を言い出したり。
「謙吾、俺の理樹を取るたぁいい度胸――」
「いや、もういいよ」
「勝負だぁ、謙吾っ!」
「あぁもう…」
そしてまた、同じ展開が繰り返され…
いつもの面々が集まってきて…
馬鹿騒ぎが、始まる…。
何も変わらない日々。
時は刻々と刻まれるけど。
僕らは、いつだって馬鹿なまま。
いつまでも、そんな僕らでいれますように…。
「…なんてね」
ギャーギャーと騒ぐ幼馴染を放って、僕は窓から星空を眺め、そんな願いを心に描くのであった。
面白かったら押してください。