「雪合戦をしよう」
昼休み、恭介がそう提案してきた。
「何か考えてはいるだろうと思ってたけど…けっこう普通だね」
「まぁ雪で遊ぶなんて滅多に出来るものじゃないしな。別に良いだろ?」
恭介の事だからもっと突飛な遊びを持ちかけてくるかと思ってたのだけれど。
まぁこれはこれで楽しそうなので否定する気はない。
「へっ、面白そうじゃねぇか……俺の投げる筋肉は音速を超えるぜ?」
「いや、それだと雪合戦じゃなくなるから」
筋肉合戦でもするつもりだろうか。
……筋肉の投げ合いなど嫌過ぎる。
「えー。真人君達は良いかもしれないけどさぁ。私達女の子は圧倒的に不利なんじゃないかな?」
「ふむ…確かに小毬君、クドリャフカ君、西園君。この3人は純粋な投げ合いでは男性陣に打ち勝つのは難しいだろうな」
「提案した私が抜けてますヨ、姉御!」
葉留佳さんがショックを受けた様に叫ぶ。
確かに来ヶ谷さんは身体能力高いから良いとしても、あの3人は運動神経は普通の女の子なので(葉留佳さんは何だかよくわからないので保留)、ただ雪玉を投げあうとなると大変だ
ろう。
そう思い、当事者である3人を見てみる。
小毬さんとクドは相変わらず窓の向こうを見て大はしゃぎ、西園さんはその隣でぼぅっと窓の外を眺めている。
……恭介の話を聞いていない様だった。
「その辺に抜かりはない。きちんとルールに則ってやってもらう。」
そんな3人を置いて、話は進む。
「ルールとは?」
「とりあえずステージに移動しよう。話はそれからだ」
「ステージ?」
「あぁ。準備するのに時間かかったんだぜ?」
「……まぁ。恭介の言う通り、移動しよう。時間がもったいないからな」
「だな」
謙吾の言葉に頷き、教室を出ていく面々。
「小毬ちゃん、クド。行こう」
「わふ?」
「ほぇ?どこに?」
そして、やっぱり二人は話を聞いていなかった。
西園さんはいつの間にか教室を出ていった様で、既にいなかった。
会話は耳にしていたらしい。
「理樹、行こう」
「あ、うん」
思考を切り、僕も皆の後を追った。
* * *
外は、朝見ていた景色とは少し変化していた。
絶えず降り続ける雪は、溶ける事もなく。
授業4時間分をこなした今では、朝の3倍は高く雪が積もっていた。
昼にこれだけ積もるとは、降雪量が相当多い証拠か。
風がないのが唯一の救いだ。
この量で吹雪いたとなれば、この場に佇むことすらも困難であろう。
そして… 。
「これがステージかよ…」
「よくこんなものを一人で作れたな…」
「なに、要領を掴めば後は簡単だったさ」
事無げに聞こえる恭介の言葉を耳にしながら、僕は真人や謙吾同様唖然とした。
僕らの前方に、横に細長く、雪が踏み固められた場所が見える。
恐らく、これが恭介の言っていた『ステージ』なのだろう。
縦幅は10メートル程度、横幅は…30メートル以上はあるだろうか。所々に雪で作られた直方体のオブジェがある。
雪合戦のステージということは、あれで相手の雪玉を防ぐのだろうか?
さらに、フラッグが2つ、中央を対称にしてやや後方に置かれている。
たかが雪合戦と舐めていたが、これ程まで本格的とは…さすが恭介と言わざるを得ない。
「よし、それではルールを説明する」
皆がステージを一目した所で、恭介が説明を始めた。
「勝利条件は相手チーム全員に雪玉をぶつけるか、相手陣地のフラッグを奪取するかのどちらかだ。
全員で10人だから、5人1組のチームを2つ作る。
自陣はそれぞれ二つに分かれている。
フラッグのある前方の陣地と、雪玉をストックしておく後方の陣地だ。
1人が持てる雪玉は2個まで、仮に雪玉がなくなったとしても、自分で後方の陣地まで行って持って来てはダメだ。
補充するためには他の人に持ってきてもらって手渡しするか、転がすかのどちらかだ。
投げ渡しはもちろん不可。
相手陣地に侵入出来る人数は3人まで……と、まぁ後はその都度、と言った所だが、わかったか?」
恭介の言葉をゆっくり咀嚼する。
それ程難しいことを言っているわけではない。
「僕はわかったけど…」
「オッケーですヨ!」
「…了解しました」
「とりあえず相手全員に雪玉ぶつけるか、フラッグを奪えば勝ちなんだろ?」
皆概ね理解を示した様だった。
「よし、ルール説明した所で、チーム分けといくか」
「どう決める?」
「……くじびき、でよろしいのではないでしょうか」
「うむ、そうしよう。偶然にくじを持っているしな」
「……何でくじなんて持ってるの?」
「少年、私の言葉を聞いていたか?偶然だよ、偶然」
「そうですか、偶然ですか…」
「うむ」
偶然すぎるだろう、いくら何でも…。
本当に、いつまで経ってもこの人は謎ばかりだ。
* * *
来ヶ谷さんが用意したくじを引いた結果。
「マジかよ…恭介と来ヶ谷が一緒とか凶悪すぎるぜ…」
真人がぼやく。
その通り、恭介と来ヶ谷さんという最強タッグが結成されてしまった。
僕のチームは真人、謙吾、鈴、小毬さん。
恭介チームは来ヶ谷さん、西園さん、葉留佳さん、クド。
あの2人に加え、西園さんと葉留佳さんも一緒とは…身体能力面ならまだしも、ロジックが全く以て通用しない相手ばかりだ。
クドは特に注意する必要もなさそうだが……いや、あの野球を思い出せ。
彼女も常識の斜め上を行く存在ではないか、侮ってはいけない。
こちらも十分常軌を逸している人間ばかりではあるが…。
「俺は別にメンバーチェンジしても構わないが?」
恭介の言葉に、僕達は顔を見合わせる。
「どうする…?」
「でもここで変えちまったら何か負けた様な気もするんだよな…」
「来ヶ谷は怖い…」
「私はどっちでもいいよ〜」
鈴の感想は置いておくとして。
小毬さんもどっちでもいいということだし、問題は真人か。
勝ち目が薄そうなのでメンバーチェンジを推したいところではあるが、何もせず敗北を認めるのはプライドが許さない…か。
そもそも僕がリーダーというわけでもないのだし、どうしたらいいものやら…。
「何を迷う必要がある、理樹」
「え…?」
力強い、通る声が響いた。
声の主の方を見れば…。
「謙吾…」
幼馴染の、姿があった。
僕を見る眼差しは、何の気の揺らぎも感じない。
「俺達を信じろ、理樹。例え1人では勝てなくても…俺達がいるじゃないか」
謙吾の言葉が、僕の胸の中で響く。
何も疑うこともなく、綺麗に、染み込む様に。
恭介達は確かに手強い。
個々人でも圧倒されるほどの力量を持っているし、人を掌握する術も並大抵のものではない。
けれど……けれど。僕らだって、リトルバスターズの一員だ。
何もせずに諦めるのは、僕ららしくない。
いつだって、皆で力を合わせて解決してきたじゃないか。
強く生きると、そう決めたじゃないか。
恭介の様に。
恭介に、負けないくらいに。
「ありがとう、謙吾。僕がどうかしてたよ」
「何、気にするな。助け合ってこその仲間だ」
微笑みながらそう言う謙吾の姿は、非常に格好良かった。
羽織っているジャンパーのせいでややコミカルだったが。
「…ということで、このままいこうと思うんだけど、どうかな?」
「わりぃ、理樹。俺とした事がちっと弱気になってたぜ。よっしゃ、恭介をぶっ倒そうぜ!」
「うん。鈴もいい?」
ちりん、と鈴の音が鳴った。
* * *
「よし、それじゃ雪玉をストックして、試合開始だ。雪玉のストック数は、最初は50個だからな」
恭介の話を聞いて、各自雪玉作りに入る。
「わっしょい!わっしょい!」
「…………」
謙吾が場違いな声を上げながら雪をかき集めている。
先程の、僕の心を動かした、熱い謙吾はどこに行ってしまったんだろうか…。
いや、今もある意味熱いが。
最近の謙吾は色々と心配になってくる…精神的な意味で。
と、ここでふと気になることがあっとので、ステージの確認をしにこちらにやってきた恭介に声を掛ける。
「ところでさ、恭介?」
「ん?」
「雪玉を相手全員にぶつけたら、勝ちなんでしょ?」
「そうだな」
「誰がそれ判定するの?」
「………」
たらり、と恭介の頬に汗が流れる。
嫌な予感がする。
「まさか、恭介…」
「……忘れてた」
ぼそりと、そう呟いた。
予感が的中した。
「どうするの?」
「そうだな……ん?あそこにいるのは……」
「え?」
恭介の目線の方角に目をやると、一人の女生徒の姿が見えた。
ツインテールの青い髪。
勝ち気そうな目。
あれは、もしや……。
「ささせがわささみ!」
「っ!?棗鈴!」
やはり、笹瀬川さんだった。
鈴の声に過敏に反応した笹瀬川さんが、こちらへやってくる。
「あなた、こんな所で何をなさっているの!?」
「雪合戦だ」
「高校生にもなって、何て幼稚な……はっ!?」
手を額に当て、小馬鹿にした様に喋っていた彼女だったが、突然言葉が止まる。
「み、宮沢さん…」
どうやら、謙吾の姿を見つけたようだ。
「わっしょい!わっしょい!」
しかも、まだ雪をかき集めていた。
謙吾の前には、朝方宣言していた巨大雪だるまが作れそうなくらいの雪がこんもりと集められていた。
そんなにいらないよ、謙吾。
「……そ、そうですわね。童心に帰ることも必要ですし、た、たまにはこんな遊びもよろしいのではないかしら?」
謙吾の姿を認めた途端、先程の剣幕はすっかり鳴りを潜め、ぼそぼそと認めた様な発言をしだす笹瀬川さん。
謙吾の事が好きなんだなぁ。
まぁ、それは一種のミーハーの類のものであろうが。
「…と、いうわけで。審判をやってもらえないか?笹瀬川さん」
「はぁ?」
そこでずいと前に恭介が踊り出て、笹瀬川さんを審判に勧誘し始めた。
確かに彼女は僕らと何かと縁のある人だし、全く見知らぬ人に頼むよりはマシか。
謙吾に懸想してるとはいえ、彼女も1人のスポーツウーマン。
えこひいきなどすることはないだろう。
「あれを見てくれ。たかが雪合戦と思うかもしれないが、謙吾はあんなに楽しみにしてるんだ。けれど、審判に割く人が足りなくて困ってる……どうだ、引き受けてはくれないか?」
上手く謙吾の存在を使って勧誘している。
人の気持ちに付け込んでいる様な気もするが、彼女自身悪い待遇ではないはずだ。
「……し、仕方ないですわね。宮沢さんの為とあらば、やってあげないこともないですわよ?」
「そうか、それは助かる。それじゃ早速だが、ルールの説明をする」
「ええ、わかりましたわ」
予想通り、笹瀬川さんは了承した。
ことさら謙吾の事になると弱いからな、彼女は。
まぁこれで審判については問題ないだろう。
「………」
「どうしたの、鈴?」
「理樹、あいつが審判するのか?」
「そうだけど…鈴は嫌?」
「嫌といえば嫌だが…けど、仕方ない。審判はいないと困るからな」
何やら複雑な感情が鈴の中で渦巻いている様だが、笹瀬川さんが審判をすることに異論を唱えるつもりはない様だ。
彼女の顔を見る度に飛びついていたあの頃を思うと随分成長したものだ。
……まぁ、相手の方は相変わらずの様な気もするが。
「だから理樹。この勝負、絶対勝とう」
「わかってる。頑張ろう」
ちりん、と鈴を鳴らして頷く。
相手の陣地を見据える鈴は、これから戦地に向かう兵士の様に凛々しかった。
「……でも、来ヶ谷はちょっと怖い」
「……はぁ」
その刹那、背中を丸めて弱音を吐く鈴に、思わず溜め息を零してしまった。
というか、来ヶ谷さんは鈴に何をしてここまで怖がられているのだろうか。
本当に、謎で塗り固められた人だった。
* * *
雪の勢いはそれなりに治まったものの、未だ降り止むことはない。
冷えた空気が通り抜けていく。
……何だろう、この緊張感。
とても遊びとは思えない。
「皆さんが位置に着いたら、ホイッスルを鳴らします。それが開始の合図です」
いつの間に持ってきたのか、笹瀬川さんが、紐の付いた笛を首に掛けている。
彼女もこういった勝負事には燃える性質なのかもしれない。
僕は既に雪のオブジェ…シェルターに身を潜め、戦闘態勢に入っている。
前方の様子が全く見えない。
見えない以上、前方の様子を見ようと姿を晒すのはあまり得策ではない。
前方のシェルターにいる真人や謙吾はどういった状態なのかは気になるが、試合開始まではこらえることにする。
どくん。
心臓が鼓動する音が聞こえる。
昼休みにやる、他愛のない暇つぶし。
それなのに、これだけの緊迫感。
他の人から見ればただの馬鹿の集まりかもしれない。
でも、僕は、こんな瞬間が。
くだらない事に、どうしようもなく真剣になれる瞬間が。
「それでは始めます!」
楽しくて仕方がない!
ピーーーーーーーーーーー!
試合開始のホイッスルが、鳴り響いた。
一言もらえると嬉しいです。
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何だこれ。変に長い文な上に、展開が意味不明すぎ。
10人で持て余していたというのに、さらにさせ子まで増やしてあわわな俺。
超絶馬鹿。
雰囲気の切り替えをするのは相当難しい。