煌びやかなイルミネーションが、街並みを彩る。
赤い服を着た白髭の中年男性が、通りに溢れ返っている。
これだけ街は賑わっているというのに、通りを吹き抜ける風は身を切る様に冷たい。
口元をマフラーで覆ってみるも、やはり気休めにしかならなかった。
これで何組目だろうか……カップルとすれ違う。
今日は、12月24日……クリスマス・イヴ。
僕は、1人街を歩いていた。










                                 60000HitリクエストSSβ
            『サンタクロースなんていらない』












予定が入ってないために、ぶらぶらと歩いている……というわけでは、もちろんない。
今日はいつものメンバーでクリスマスパーティをする予定が入っている。
そこで、僕は買出しの役目を承った。
力仕事は謙吾や真人に任せておけばいいし、企画は恭介と来ヶ谷さんの独壇場、料理云々は僕の出る幕ではない……とくれば、買出しくらいしかする事がなかった。
とはいえ、10人分のジュースやら何やらを1人で持つのも一苦労。
なので、当初僕の他にもう1人買出しをする人がいた。
だが、僕はそれを断った。
もし、買出しに来るのがその子じゃなかったら、僕も断りはしなかっただろう。
……なぜ、恭介はあの子に行かせようとしたのか。
今の僕に、あの子と2人きりになる勇気なんて、これっぽっちも存在していなかったのに。
……鈴と、2人きりになる、なんて。







******






鈴と別れたのは、今から二月前の事だった。
切り出したのは僕から。
鈴は、特に理由も問い詰める様な事もせず、こくりと頷いた。
約4ヶ月……僕らが、恋人という関係でいた期間だった。
付き合った時と同様、幼馴染の3人には、すぐに報告に行った。
3人とも、初めは驚いた様な表情を見せたものの……やっぱり、何も追求される事はなかった。
実の兄である恭介すら何も言ってこなかったのは意外だったが。
とにもかくにも、僕と鈴は驚く程あっさりと、ただの幼馴染へと戻ったのだった。

「そこのお兄さん、暇?ちょっとウチに寄っていかない?」
「すいません、用事あるので……」

サンタクロースの格好をしたお姉さんに苦笑を浮かべながら断りつつ、スーパーへと歩みを進める。
理由は、とても単純だった。
僕にとって、鈴は恋人ではなく、幼馴染としてしか見れなかったという事だけ。
元々、鈴の思いつきから付き合った様なものだったから、お互いの恋心など考えていなかった。
どういう『好き』なのかもわからず、ただ『好き』という気持ちだけで付き合い、手を繋いで、キスをして……恋人がする様な事をとりあえずやってみて、ドキドキしたりした。
でも、僕らだけの修学旅行を終え、夏が過ぎた頃……薄々ではあるけれども、僕は気づいていた。
鈴と恋人として一緒にいる事に、窮屈さを感じているということを。
もちろん鈴の事は好きだったし、彼氏彼女な関係に具体的な不満があるわけではなかった……なかった、のだが。
思い出すのは、ほんの少し前の事。
何も気張る必要がなかった、楽だった関係。
それが当たり前と思っていた僕には、『付き合う』という事に苦痛を感じるのは無理もなかった。
相手が鈴であれば尚更。
付き合うって何だろう、何をすればいいのだろう……それを考え出したら、もう楽な関係にはなれなくなった。
僕らは『今まで通りでいいだろう』と言った所で、そうはいかないのが現実である。
付き合う事によって、そこに何を見出すかは人それぞれではあるが……僕は、昔の方が楽しかったという結論を出したのだった。

「いらっしゃいませー」

自動ドアが開くと、偶然目の前にいた店員がにこやかに声を掛けてきた。
さすがに無視するわけにもいかず、軽く会釈をして、買い物カゴを手に取り、店内へと進む。
別れてから、僕と鈴が2人きりになる事は一度もなかった。
いや……僕が避けた、という方が正しい。
僕がそうならない様、常に誰かと行動を共にする様にしたのだ。
2人きりの空間に耐えられないと思ったから……少なくとも、その時は、まだ。
幼馴染の関係へと戻ったとはいえ、すぐに以前の様な仲に戻るわけではなかった。
鈴の方はわからないが……少なくとも、僕は気まずさを感じていた。
別れを切り出したのは僕だから、当然だった。
楽な関係、ただ楽しくなれた関係を取り戻したかったのに、結果は、今まで以上に楽しくない関係になっただけだった。
皆と一緒にいる時はいい、妙な緊張感もないし、流れに身を任せて会話していれば特に問題はない。
だけど、やっぱりどこかで鈴を意識している。
気遣いは一層増えただけで、楽な関係などもう、消えうせていたのだった。
だが、それは時が解決してくれると僕は思っていた。
たった4ヶ月の、短い時間……今は何か後ろめたさを感じていようとも、いつかは、くだらない笑い話の1つに出来る日が来るに違いない。
昔の様な関係は、いつかきっと取り戻せるに違いない。
そう、僕は思っていたのだ。
まだ、二月。
そう、まだ二ヶ月しか経っていないのだ、だからまだ鈴を意識してしまうに違いないのだ。
年が明け、冬が過ぎ……桜が咲く頃には、きっといつも通りの僕らになってるはずだ。

「ありがとうございましたー」

ジュースやらお菓子やらを買い込み、店を出た。
パンパンに詰められたビニール袋は相当な重量で、ビニールが手に食い込んでじわじわと痛みが増してくるが、要所要所で休憩しながら、寮まで持って帰る。
冬の夜は早い。
放課後すぐに街に下りてきたというのに、すっかり薄暗くなっていた。
クリスマスのイルミネーションが夕闇の中で一層映え、恋人達の聖夜を祝福しているかの様だった。
僕も、鈴とまだ付き合っていたら、2人でここを歩いていたのだろうか。
ふとそんな事を考えたが、すぐに頭を振って思考を切り捨てる。
もう既に終わった事だ、考えた所で何が起きるわけでもない。
まして僕は恋人より友人を取った様なもの、今日の展開は自身が望んでいたものなはずだ。
クリスマスイヴという日に、カップルばかり見るからそういう感傷に浸ってしまっただけに違いない。
きっと、そうだ。

「……でも」

切り捨てたはずの思考を、もう一度頭に引っ張り出しながら、振り返る。
カップルや家族連れでごったがえす街並み。
……鈴も、こんな恋人達が過ごす様な一時を僕が用意したら、嬉しがってくれたのだろうか。
それはないかな、と頭の片隅で思いながら、それでも日本の聖夜の雰囲気をかき消せない僕。
……ダメだ、ここにいると考え事ばかりしてしまう、早く帰ろう。
もう一度頭をぶんぶんと振って、踵を返した。

ちりんっ。

振り返った先、煩雑する街の中で、小さく何かが鳴った。
思わず目を見張った。
いや、別におかしな事ではない。
僕らの高校の生徒にとって、買い物をするには最も近いこの商店街に、彼女がいたとして何ら不思議な事ではない。
だが、しかし。
何故にこう、タイミングが悪いのか。

ちりんっ。

色とりどりのイルミネーションに照らされ。

「……理樹」
「鈴……」

虹色の鈴が、透き通った音色を響かせていた。






******






「理樹は何してたんだ?」
「僕は、これだよ」

白い息を街の空気に溶かしながら、僕は鈴に持っていたビニール袋を掲げてみせた。
それを見た鈴が、『あいつら、理樹に1人で行かせたのか…』と、若干眉を寄せながら呟いた。
すいません、僕が1人で行くって言ったんです。
心の中で述べた謝罪は、もちろん鈴には届かなかった。
さすがに、逃げるわけにはいかなかった。
鈴に用事があるならまだしも、『帰る途中だった』と言われてしまったら、もう一緒に帰る他選択肢はなかった。
別々に帰るなどという選択は、僕が望む関係ではありえないから。

「鈴は、何してたの?」
「ん、あたしはこれだ」

同じ問いをしてみれば、これまた鈴も僕と同じ様に、手に持つ白いビニール袋を見せてくれた。
はっきりとは見えないが、中には缶詰が入っている様だ。
鈴、缶詰……。

「モンペチ?」
「そうだ、すっかり買っておくのを忘れてたんだ」

まぁそうだろうと、僕は小さく頷いた。
鈴が街に下りてくる用事など、8割方猫関連だろう。

「でもいいの?小毬さん達、今日の準備してるでしょ、今」

僕の様に今日のパーティの為ならわかるが、至極個人的な用事で、この時間に鈴が街に現れているのは些か妙だ。
女性メンバーの方の様子は見ていなかったので、いつから鈴が準備を手伝っていないのか知らないが…。

「大丈夫だ、こまりちゃん達に許可はもらってある」
「さいですか…」

答えはとても単純だった。
何ですぐにこの結論に至らなかったのだろうか。
今考えれば、鈴が無断で抜け出す事なんてないだろう、と数秒前の自分の浅はかさに少し気恥ずかしくなった。
携帯だってある、そうそう音信不通になどなるわけがない。

「それにしても、どこもクリスマスって感じだな」
「そうだね」

街並みを見渡しながら、僕らはのんびりと歩く。
思っていたより、淡々と会話が進んでいた。
あれ程怖れていた2人きりの空間ではあったが、いざなってみると、大した事はなかった。
最も、これは街の中だからであって、例えば部屋の中で2人きり、なんて事になったら会話を繋げる自信はないが。
できれば、このまま何事もないまま寮に帰りたい。
そして、恭介達の中に紛れたい。
不自然に速まりそうになる足を抑えつけながら、僕は、無事に家路に着く事を、ただただ祈っていた。

「理樹はサンタさんに、何かお願いしたか?」
「……してないよ」
「そうなのか?あたしはしたぞ、ずっと前にな」

高校生にもなれば、自分の家にやってくるサンタがどういう人物なのかわかっているはずだ。
さすがに鈴もわかっているだろう。
まさか本気で、トナカイに引っ張られながら、ソリに乗って空を滑空してくる白髭親父が存在していると思っているのなら、僕が現実を伝えねばなるまい。
小学生ならまだしも、高校生に夢を壊す云々などはもういいだろう。

「あのね鈴、サンタっていうのは――」
「まぁ、どうせ来ないってわかってるんだけどな」
「――って……」

顔を俯かせた鈴を見て、僕は半ばで口を閉ざした。
どうやら知っていたらしい……まぁ、当然といえば当然か。
しかし、この様子から見ると、知ったのは最近だろうか?
恭介がバラしたのか?
……そういえば、毎年この時期になると、鈴がせっせと何か書いているのを見ながら恭介が生温かい笑みを浮かべていた記憶がある。
つまりは……そういう事なのか?
今まで信じてきた者が存在しないと言われたのだ……さすがに、ショックだろう。
慰めの1つでも言ってやるべきだろうか。

「鈴、残念だけど――」
「いくらサンタさんでも、これは叶えてはくれないだろうからな」
「――って、え……?」

独白気味に呟き続ける鈴に、再び僕は言葉を取り下げた。
少し、話が見えてきた気がする。
『サンタが存在しないからお願いが通じない』のではなく、『無理難題なお願いだから、サンタは来てくれないだろう』と、鈴は思っているのだ。
つまり、僕と鈴で食い違いが生じていたらしい。
鈴はそれ程サンタが頭を悩ます様なお願いをしたのだろうか。
猫……なわけないし、いやもしかしたら猫百匹とかっ。
……んなわけないか。
少し気になったので、聞いてみることにした。

「ちなみに、何をお願いしたの?」
「……秘密だ」

小さく笑って、鈴は答えてはくれなかった。
まぁ、別にそこまで気になったわけではない、秘密というのだから聞かないでおこう。

「それじゃ、急ごうか。準備、手伝わないと」

歩いている間に、すっかり空は墨をぶちまけた様に真っ暗になっていた。
前夜祭らしい装飾が街を照らしている為にあまり感じていなかったが、時刻は既に夕飯時になっていた。
あまり遅くなってはまずいと、僕は鈴に先を促した。

「……」
「……鈴?」

だが、鈴が何故かそこで立ち止まってしまった。
少し歩いた所で僕も足を止め、鈴を見る。
口を開けたり閉じたり……何か言おうとしているらしいが、迷って中々言い出せない様だった。
それでも意を決したのか、ちらちらとこちらを窺いながら、鈴が、小さく呟いた。

「……やっぱり、お願い、教えてやってもいい」

それを言うためだったらしい。
僕が気になってしょうがないと思っているのだろうか。

「いや、別に無理して聞く気は――」
「理樹っ」

大きく名前を呼ばれた。
ふと鈴の顔を見れば、真剣な表情でこちらを見ている。
そこにはもう、つい先程まで不安そうに目線を泳がせていた鈴の姿はどこにもなく、その雰囲気に、僕は自然と固唾を飲み込んだ。

「な、何?」
「……今、楽しいか?」

心臓が、一度大きく跳ねた気がした。
鈴と別れてから、ずっと感じていた疑問……いや、付き合っている間から、ずっと思っていた事。
その答えは指先に触れる事も出来ず、今なお何処にあるのか、探し求めている最中だった。

「……楽しいよ」

だが、それを正直に答える気にはならなかった。
でなければ、僕が鈴と別れた理由が、理由ではなくなってしまうから。
楽しかった頃を求めて鈴と別れたのに、今は鈴と付き合っていた頃より、窮屈で楽しくない。
恐らく鈴も感じ取っているだろうに、僕は妙な虚勢を張り、嘘の言葉を吐き出した。

「……本当か?」
「本当、だよ」
「……ずっと、ずっと考えてた」

また、独白が始まった。
先を急ごうと言った癖に、何故か僕は、鈴の言葉に耳を傾けていた。

「こうなればいい、あぁなればいい……流れ星にも、サンタさんにも、神様にもお願いした。でも、あたしは自分の口からそれが言えなかった。言う機会が来なかったし、自分でそれを作る勇気もなかった」

何を言わんとしているのかが、徐々にわかってきた。
だが、頭の中で僕はそれを否定している。
それを言わせてしまったら、壊れてしまう。
今まで少しずつ積み上げてきたものが、瞬く間に瓦礫と化してしまう。

「でも、今日なら、言えそうだ」

柔らかく笑って、鈴が居住まいを正した。
やめろっ、言うんじゃないっ!
必死に頭の中で制止を呼びかけているのに、肝心の声が出てこない。
何故か。
もう、僕自身どこかでわかっていたのだ。

「あたしは……やっぱり、理樹が好きだ」

既に、何もかもが崩れていたという事を。

「きょーすけ達と何が違うのかと言われるとわからないんだが……やっぱり、理樹は他の奴と違う好きなんだと思う」

もし、今日の鈴との会話が、今までの時間の経過によって成し得た事ならば、この雰囲気を作った時点で全て瓦解していたのだ。
全ては、僕のミス。
わかっていながら、それをせず鈴の話を促したのは、紛れもなく僕だったのだ。

「理樹があたしと2人きりになってくれないとわかった時は寂しかったし、理樹が他の女と2人きりでいるのを見た時は、何かむかついた……恋って何だかわからないけど、あたしは、きっと理樹に感じている『好き』っていうのが、恋なんだと思う」

どうして、僕は鈴の話を聞いた?
薄々気づいていたはずだ、鈴の雰囲気には。
昔の関係を築こうと思うなら、そこで止めるべきだったのに。
そこで止めなかった、ということは……。

「そういう意味で、あたしは理樹が好きだ」

僕は、それ程昔の関係に固執していない、という事なのか?
鈴と別れた理由がそれだったのに?
幼馴染の頃の様な、何も考えず笑っていた関係を取り戻そうと苦心していたはずだったのに……それは、違うというのか?
では、僕の本心は何なんだ?
自らの内心すら嘘で固めていた僕の、本当の気持ちとは……。

「……ダメ、か?」

何がダメなのだろう。
……いや、そんなものすぐに想像がつくだろう。
『好きだ』と言われたのだから、その後は付き合うかどうかの展開になるに決まっているのだから、それに対する『ダメ』なのは、どこをどう聞いたってわかるはずだ。
考え事に耽っていたせいで、あまり鈴の言葉が耳に入っていない。
だが、答えは出さなくてはいけない……自分の気持ちもわかっていないのに?
本来なら即刻断る所だが……自身の心が揺らいでいるせいか、僕は口を開く事が出来なかった。

「……まぁ、今日はイヴだからな、サンタさんはまだ来てくれないな」

何も言わない僕を見かねてか、鈴が軽くおどけて、歩き始めた。
立ち止まる僕をよそに、鈴が通り過ぎていく。
すれ違いざまに見た鈴の顔は……とても、悲しそうだった。
鈴が、行ってしまう…っ!
すたすたと歩いていく鈴の背中に、思わず手を伸ばしたが……触れる前に、止めた。
今僕は、何をしようとしたのか。
幼馴染としてしか見れないはずだった鈴に告白されて、何でそれで僕は離れていく鈴を止めようとしたのか。
……いや、待て。
そもそも、付き合う事に窮屈さを感じていたのが最大な理由なのであって、僕は別に鈴を恋人として見れなかったわけではなかった。
単純な比較で、幼馴染としていた方が楽しかったという結論から別れただけであって、付き合っていた頃は、確かに鈴を恋人としてみていたはずだ。
とすれば、いつの間にか僕の中で、『幼馴染としてしか見れない』という事と、『付き合う事が窮屈』が、イコールで結ばれていたというのか?
そうだ……最初から、わかっていたじゃないか。
鈴が恋人なのに不満などあるわけもなく、むしろ僕も鈴が好きだったという事に。
恋を知らなかった僕は、付き合うという事に惑わされ、混乱し、最も根幹となる部分を見失ってしまったのだ。

「おーい、理樹ーっ。早く行こうっ」

やや遠くの方から、鈴が手を振っていた。
僕は、鈴が好き。
それは今でも変わらない。
だが、それに気づいたとして、どうすればいいのだろうか。
このまま好きだからと付き合い始めたとしても、また同じ様な事になるかもしれない。
そうなりたくはないが……。

「皆準備してるんだから早くしろーっ」

待ちきれないのか、鈴が叫ぶ。
……ん?
そこで、何か妙な感覚に陥る。
何だろう、今の鈴の言葉に、何か……。
そこで、はたと気づく。
それは、たった今求めていた答えの、何物でもなかった。
それこそが、僕と、そして鈴を支えてくれる何者にも替えられない存在だったのだ。
何で、何でこんな事に気づかなかったのだろうか。
前からずっと、僕は困ったらそうしていたじゃないか。
何でも1人で溜め込むからいけないんじゃないか、僕には大切な、頼りになる仲間がいるじゃないか。

「どうした理樹、早く行くぞ」

待ちきれなくなったか、鈴が戻ってきた。
僕は湧き出る笑いを抑えながら、鈴に向かって、言った。

「ねぇ、鈴」
「ん?」
「サンタクロースの力なんかいなくたって、大丈夫だよ」
「……何?」

もう、迷う必要はなかった。
僕の心は、最初から決まっていたのだ。
全ては僕のせい。
僕が全てを見失い、それを他にあてつけ、大切な物を壊し、そして今後悔している……ただ、それだけの事だった。
最も単純な、そして最も大切な気持ちすらも、忘れていたのだ。
それを仲間に相談していれば、こうはならなかったかもしれない。
だが、そうなってしまったのだから、もう遅い。
けれど、やり直す機会を、鈴がくれた。
今度はもう、見失わない……絶対に。
目を点にさせる鈴に、僕は鈴に聞こえるくらいの大きさで、言うのだった。

「僕も、鈴が好きだって事」







******







「ただいまー」
「遅くなった」

靴を脱ぎ、部屋に入ると、そこは別世界の様だった。
いつものちゃぶ台代わりのみかん箱はどけられ、大きめのテーブル、そして四方に折り紙で作られた色とりどりの装飾が散りばめられていた。
街で見てきたものより断然安っぽかったが、この光景に、僕は何故か安心感を抱いたのだった。

「おぅ、お前ら遅かったな……って、ん?」

何かテーブルの上で作業していた恭介が僕らの方を向いて、ぴくりと眉を動かした。
ある一点を見つめて。

「……さぁ、お前らも手伝えよ」
「わかってる」
「うん」

だが、小さく笑うだけで、何も言わなかった。
それで全てがわかったというのか……まぁ、わかりやすいのだが。

「鈴ちゃんはこっち、だよ〜」
「わ、わーっ、こまりちゃん!」
「はいはい理樹くんはこっちねっ、一緒に会場設置に勤しみましょ〜」
「葉留佳さん、料理担当じゃなかったの?」
「チョーップ!それを聞くんじゃありませーん!」
「は、はい……」

一気に騒がしくなる。
それぞれに引っ張られながら、僕と鈴は目を合わせて、困った様に笑った。

「理樹っ、一緒に作ろうぜ!」
「待て、お前は暑苦しいから1人でやれ。俺が理樹とやる」
「んだよっ、てめぇだって同じ様なもんだろが!」
「もういいから3人でやろうよ……」
「私も混ぜてーっ」

パーティ開始前からとてつもない賑わいを見せる部屋に、僕は苦笑を浮かべながら、青色の紙テープを手に取った。
手に残る温もりが冷めていくのに、ほんの少しの寂しさを感じながら。

「よーしお前ら、理樹と鈴の祝!復縁パーティもかねて、盛大に行くぜ!」
『えーっ!?』
「あー、はは……」

騒ぎが、一層大きくなる。
そして、これもまた時間が経てば、何てことはない事実となるのだろう。
そんな時間の経過ならば……。

「全然嬉しいけどね」
「おい理樹っ、いつだ、いつなんだっ!?」
「おめでと〜鈴ちゃん。で、いつから?」
「はいはいはい、このはるちんが突撃リポートぉっ!って事で理樹君にあたーっく!」
「って、ちょ、葉留佳さうわああああ」

皆にもみくちゃにされながら。
そうなりたい、と僕は思うのだった。




Fin....






後書きへ

今回、実はこちらの方がリクエストSSとなる予定でした。
『理樹と鈴が出ているSS』……鈴をメインに据えた事がない私が書く鈴と理樹、なおかつクリスマスが近いとなると、これしかないだろうと。
ただ、皆さんわかってらっしゃる通り、クリスマスはもう過ぎちゃいましたし。
なおかつ、終盤の展開が思いつかず、おざなり&強引……ときて、これはもうだめだな、と。

リクエスト内容が、『理樹と鈴が出ているSS』、『暇つぶしでもいい』の2点だけだったので。
前者だけを取って、自分が書きたい事を書いたのが『サンタクロースなんていらない』。
後者も取り入れて、なるべくリクエストに答える内容にしたのが『鈍い感覚に爪を刺せ』という感じになってます。

クリスマスまでに間に合えばどちらも出せたのですが、サンタは内容もしょぼいのでオマケ扱いです。 inserted by FC2 system