「ストレルカ、ヴェルカ、今日は何をしますかっ?」

昼休みの中庭に、クドリャフカとストレルカ、そしてヴェルカの姿があった。
クドリャフカが声をかけ、それに彼女らが元気な鳴き声で応えている。
彼女らの立つ芝生の端には巾着袋が一つ置いてあり、それはクドリャフカが先程、具体的に言うと五分前に食べた昼食――おむすび三個(手製)――を入れていたものである。
昼食後の、穏やかな一時。
芝生の上で無邪気に戯れる"三姉妹"の姿は、昼下がりとして十分見合う、のどかな光景であった。

「よくお昼ご飯食べた後、いきなりあんなにはしゃげるわね……」

そんなクドリャフカ達のいる芝生から、少し離れたベンチに座り、佳奈多は呟いた。
佳奈多の目線の先では、クドリャフカがフライングディスクを手に取っている。
どうやら今日はそれで遊ぶことにしたらしく、ストレルカとヴェルカの反応も上々だ。

「お腹、痛くなったりしないのかしら」
「育ち盛りだから、消化も早いんじゃない?」

小首を傾げた佳奈多に、ベンチの横に立っていた理樹が答えた。
その言葉に佳奈多は「なるほどね」と頷く。
クドリャフカの四肢を眺め回しながら、でもそれについては言及せずに。

「ところで、どうしてあなたがここにいるのかしら?」

「それじゃ、行きますよーっ」と声を上げるクドリャフカを注視していた佳奈多は、おもむろに理樹へそう言い放った。
佳奈多は昼食後、渡り廊下からクドリャフカの姿が見え、何となくその様子を観察しに中庭へと入ってきただけで、理樹と共に行動していたわけではない。
理樹が来たのはつい先程であって、しかも気づけば横に立っていたのだ。
いつも一緒にいるリトルバスターズのメンバーもいない。
佳奈多の疑問も最もだった。

「佳奈多さんは、何でここに?」
「何でって……別に、ただ何となくよ」
「僕もそんなものさ。クドと佳奈多さんが見えたから、何となく来てみただけだよ」
「ふーん」

――まぁ、そんなものよね。
佳奈多は疑問を適当に流しながら、再度クドリャフカ達の方へと視線を流した。

「わふーっ、ストレルカすごいのですーっ」

クドリャフカの投げたフライングディスクを、ストレルカが高々とジャンプし、口で咥えていた。
疾走感溢れるその姿は、確かに美しいものだった。
ヴェルカもはしゃぐ様にわんわんと鳴き、その横でクドリャフカもわふわふと鳴きながら、ぴょんぴょんと跳ねている。
人目など一切気にせずに。
当然、スカートがめくれる事も考えずに、クドリャフカは飛び跳ねていた。
純白のショーツ、いや、ぱんつが木漏れ日によって、眩しい程にお目見えとなっている。

「あの馬鹿……っ!」

秩序に厳しい風紀委員長は、その様子に慌て、腰を浮かせた。
しかしその刹那、別の懸念が脳裡を掠める。
ばっ、と大袈裟に体勢を変え、隣に佇む一人の男、直枝理樹の方へと向く。
理樹はクドリャフカの方は見ておらず、何やらケータイをいじっていた。

「あなた、見てないわよね……?」
「何が?」
「……何でもないわ」

一応確認もかねて聞いてみたが、どうやら本当に見ていなかった様だったので、佳奈多は再びクドリャフカの方へと目を向ける。
佳奈多の反応を察したのか、ヴェルカが優しくクドリャフカのスカートを引っ張っていた。
そこでようやく自身の痴態に気づいたらしく、何度目かの「わふーっ!」を叫びながら、わたわたとスカートを手で押さえていた。
――大丈夫そうね。
ヴェルカに後でお礼を言いましょう、などと考えながら、佳奈多はベンチに掛けなおした。

「ねぇ佳奈多さん」
「何よ」
「白いぱんつって子どもくさいなと思ってたけど、意外にいいもんだね」
「忘れなさい」

佳奈多は即座に理樹の目を突いた。

「ギャアアアアム!!!」

断末魔の叫びを上げながら、理樹はその場でのた打ち回る。
が、かと思えば何事もなかった様にすっくと立ち上がる。

「今のリアクション、中々良かったと思うんだけど」
「あなたもありえないくらい元気ね。というかリアクションなんて知らないわよ」
「何を馬鹿なことを! 漫才の相方がリアクションを真面目に考えていないなんて、嘆かわしいよっ!」
「誰が相方よ!」

そうそうそれを待っていたんだよ佳奈多さん。
とでも言いたげにニヤニヤと笑う理樹を見やり、ついツッコミを入れてしまった自分に、佳奈多は歯噛みした。
クドリャフカはそんな二人の様子など気にすることもなく、芝生の上を駆け回っている。
暢気なものである。

「おー、直枝ー」
「ういーっす、風紀委員長」

その時、渡り廊下の方から男子生徒が二名やってきた。
理樹のクラスメイトだ。

「やぁ。今お昼食べてきたの?」

理樹が気さくに手を挙げて応える。
クラスメイトということもあって彼らとはそれなりに親しいらしく、あちら側も「あぁ、カレーうどん食ってきたぜ」などと言いながら近寄ってきた。

「お前はここで何してんだ?」
「何となくね」
「隠すなよ。風紀委員長と一緒にいたんだろ?」

にやりと笑い、理樹を肘で小突きながら、彼らはちらりと佳奈多へと視線を向ける。
無関心を装ってベンチに座っていた佳奈多であったが、その発言は看過できなかったのか、ふぅと溜め息を吐きながら口を開いた。

「馬鹿な事を言わないでもらえる? 私達は何の関係もないわよ?」
「え、そうなのか? 俺はてっきり漫才コンビかと思ってたんだが」
「何でそうなるのよっ!」

冷静沈着な態度は一瞬で終わってしまった。
佳奈多は声を荒げながら、目の前にいる男三人組を睨みつけた。
――てっきり男女のそういう類のものに勘繰られたと思ってたのにっ!

「また見せてくれよ、どつき漫才。俺けっこう楽しみにしてるんだ」
「あ、俺も俺も。今度はいつやるんだ?」
「あっはっは、よければ今すぐにでもやろうか? ねぇ、佳奈多さん?」
「やらないわよっ!」
「ぎゃああーーーっっっ!」
『おぉーっ』
「あ、いや、これは違うわよっ!?」

豪快に理樹を張り倒した佳奈多を見やり、クラスメイト二人組が歓声を上げる。
うっかり手を出してしまったことを悔いる佳奈多であったが、きらきらとした目で次をせがんでくる二人に、思わずたじろいだ。

「な、何よっ」
「そのツッコミどこで覚えたんだ?」
「教えてくれよ、コツってやつをさ」
「ないわよそんなもの! そもそも漫才してるわけじゃ――」
「わしが佳奈多さんを育てたのじゃ。あれは辛い修行じゃった。典型的な『なんでやねん!』から入り、胸元に平手を叩きつける動作も一ミリ単位で修正し――」
「何捏造してるのよっ!」
「ぶべらっ!」
『お、おぉーっっ!!』
「だ、だからこれは違うのよ!」

――なんだってあのクラスの奴らはこんなにやっかいなのよ!
痛烈なミドルキックで理樹を沈めた後、そんな事を思いながら佳奈多は必死に否定する。
するとそれを聞いて、二人は顔を見合わせる。
そして、やれやれと言った風情で、同時に溜め息を吐いた。

「つまりあれかい? マイフレンド」
「あぁ、そういうことだな、親友」
「ど、どうしたのよ?」

いきなり神妙に、シニカルに笑い合う二人に、佳奈多は戸惑う。
先程の子どもの様に無邪気な顔はどこへ行ったのか、アメリカ人の様に、肩を竦めて両手を上げて言った。

「愛ってやつだ、相棒」
「なっ!?」

クラスメイトの一人が放った一言に、佳奈多は絶句した。
しかしそんな佳奈多などお構いなしに、もう一人が外人俳優にでもなったかの様に笑いながら続ける。

「あぁ、どつき漫才でありながら夫婦漫才でもあったってことだ」
「こりゃ参った、コツは『カレへの愛よ』ってわけだ」
「ひゅー、こりゃ俺達には真似できねぇ」
「全くだな」
「あなた達……」

ぷるぷると佳奈多が震える。
それを見て、二人が『あ、やべっ』と言った感じに素に戻る。
佳奈多の怒りが噴火寸前で轟いているのを、彼らは瞬く間に察知した。
しかしながら悪ノリが止まらないのか、互いに顔を見合わせた後、ふっ、と一笑し、

「いい加減にしなさいよっ!!!」
「おっと、チェアパーソンがお怒りだぜっ」
「逃っげろーっ!」

佳奈多が憤怒したと同時、その場から脱兎の如く逃げ出した。
運動にはそれなりに自信があった佳奈多ではあったが、サッカー部に所属する彼らの脚力と、さらに逃げる準備をしていた事もあり、追いつくことは出来ず、十秒と経たずに校舎へと入り込まれてしまった。
渡り廊下まで追いかけた佳奈多は、ぜぇぜぇと息切れしながらベンチへと戻る。
――そもそもの原因は……。
ぎらついた目を動かしながら、発端の人物である理樹を探り当てる。
理樹はまたもやいつの間にか復活していて、ベンチの横でにこやかに笑っていた。
ベンチまで戻ってきた佳奈多に、理樹がぽん、と優しく肩を叩いて、言った。

「一緒に、愛を育もうよっ!」
「どの口からそんな事が言えるのよ!!!」
「はうんっ!!」

強烈なボディーブローにより、理樹は四度地面と口付けすることとなった。
――こいつと関わってると、良いこと何一つないわ……っ!
ぷんぷんと言った様子で怒りながら、佳奈多はその場を後にした。

「ヴェルカーっ、いきますよーっ!」

中庭には、ただただのほほんとフライングディスクで遊ぶ、犬三匹の声が木霊していた。
これにより、『直枝と二木の関係はキックボクサーとトレーナーなんだって』という噂が広がることになるのだが、それはまた別のお話である――。




終わり



※詳細は『駄文』の五月二十六日を参照の程。 inserted by FC2 system