五月十五日火曜日、昼休みの屋上にて――



――どうしよう。
理樹は果てしなく困っていた。
何に頭を悩ませているかと言えば、今現在彼の置かれている状況以外の何物でもない。
とは言うものの、現状はそれ程複雑怪奇なものではない。
至極単純であり、しかしだからこそやっかいなのである。

掻い摘んで説明するならば。
紆余曲折あって屋上にて小毬と出会った理樹であったが、彼女は理樹を生徒指導教員と間違えたらしく、給水タンクの狭い隙間に隠れ、そして自身の力だけでは出られなくなるという何ともオマヌケな事態に陥っていた。
「理樹くん、抜いてっ、抜いてぇっ!」と苦悶の表情を浮かべながら彼女は悲痛な叫びを……上げるわけもなく、「ごめん理樹くん、引き上げて〜」と間の抜けた声を上げながら、理樹の助力を請うた。
理樹は理樹で、「ぐぅ、ダメだっ、小毬さんのが吸い付いて……っ!」と喘ぐ……ことなどやっぱりしなくて、「僕の半分は優しさで出来てるんだ」と言わんばかりに快諾し、小毬の腰をむんずと掴み、下へと引っ張ってあげた。
しかし、中々引っ張り出せない。
何か引っかかっているらしく、途中からうんともすんとも言わなくなる。
そんなこう着状態に痺れを切らした理樹が、つい本気を入れてしまった。
スカートの裾を掴み、ぐいと下へ引き摺り下ろした。
そしたら脱げた。
スカートが。
ぱんつもろとも。
おーまいがー。

そんなこんなで、只今スカートとぱんつを握りしめた理樹と、下半身丸裸で依然として挟まっている小毬という構図が出来上がっていた。
――どうしよう。
理樹は再度心中で呟いた。
小毬は把握しているのかしていないのか、放心状態でぶらぶらと下半身を揺らしている。
すっぽんぽんの下半身を。
理樹は上を見ない様努めた。
――ここで彼女の痴態を見るなんてアンフェアだ……けどここで僕が脱ぐのもどこかおかしいし……。
手にはアリクイのバックプリントが施されたぱんつと、学校指定のスカート。
脱ぎたてだからか、どちらも生々しい温もりを放っている。
ほかほかというやつだ。

「……」
「……」

ひたすら沈黙が走り続ける。
――僕は、僕は……。
理樹は困った。
もうどうしていいかわからず、いっその事ぱんつに顔を埋めてしまおうかと考えてしまうくらい、困った。
頭がぐちゃぐちゃに乱れた。
どうやっても小毬を傷つけてしまうことに変わりはなく、変に優しくするのも逆効果だとわかっている。
では、では。
――どうすればっ……!
小毬に困って困り果てた末、理樹は。

「どっせぃっ!!!」

投げた。
ぱんつを。
アリクイのバックプリントのぱんつを、青空へと放った。
綿ぱんつがふわふわと屋上のフェンスを飛び越えていき、空という名の大海原へ悠々と飛び出していった。

高く飛べ、高く空へ。
君は泣いた後笑えるはずだから。
忘れたままでも生きていける。
悲しくて空仰いでみたなら、あなたのあのぱんつ。
そんな日が来るなんて、思ってもいなかったけど――。

「ふぅ……」

どっと疲れたかの様に、理樹は額の汗を拭う仕草をし、息を一つ。

何故投げた。
それはわからない。
僕にだってわからない。
でも……そうだね。
あえて言うならば。
手にはぱんつがあって。
小さな小さな、アリクイプリントのぱんつが手に収まってて。
そして目の前に広がる青空。
だだっ広い、青空。
だったらもう……投げるしか、ないよね。

ぶっちゃけただの勢いだった。
正直やってしまった感は否めなかった。
取り返しのつかないことをしてしまった自覚はあった。
ひらひらと空を飛ぶぱんつを見ながら、理樹はそんな後悔を胸に宿す。
――せめて、一回くらい……。
そこまで考えて、頭を振って思考を消す。
そして、手に残っているスカートをそっと小毬の腰に回し、着させる。
未だ事態を飲み込めていないのか、ぴくりともしない小毬をまるで着せ替え人形の様に扱う。
それはそれで味気ないと理樹は思ったが、今はそっちの方が好都合だろうととことん非道な思考回路を踏んでいく。
そこでふと、理樹は顔を上げて周りを眺め回す。
ぱんつは既に見えなくなっていた。
――風で飛ばされていったか……。
理樹はフェンスの向こうへ切ない視線を向けた。
どう考えても重力に従って下へ落ちていったに違いないのだが、理樹はあえてその思考を切った。
ロマンに生きることにしたらしい。
男らしい生き方だった。

「ねぇ、神北さん?」

依然として放心する小毬に向けて、理樹は優しげな声を向ける。
そして、目の前に見える、下着を失った尻を軽く一撫でして、言った。

「野球……やらない?」

柔らかな風が、小毬のスカートを優しくなびかせていった――。






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