「リキ……今度、私の両親に会ってほしいんですっ!」
『……え?』

その一言は、昼休みの教室の空気を、見事なまでに凍らせたのだった。








                                                    
                       彼女の真意は闇の中












「両親?」
「え、直枝と能美って付き合ってたのか?」
「というか、結婚の勢いじゃね?」
「直枝って、ロ○コンなのか……」

しんと静まり返っていった教室内が、さざ波の様に、徐々にざわめきを大きくしていく。
まさかのクドリャフカの『両親へご挨拶』発言に、室内は阿鼻叫喚と化し、呆ける理樹をよそに、クラスメイト達は様々な憶測を飛び交わせた。
恒例の如く集っていたリトルバスターズの面々もただぽかんと口を開ける他なく、当人のクドリャフカに至っては自分の発言の意味を理解していないのか、『わふ?』と言うばかりで、教室の騒ぎをよくわかっていない様子だった。
ちなみに、とあるクラスメイトの言葉に恭介が過剰な反応を示していたのだが、そこは割愛させて頂こう。

「待てっ!」

そんなてんやわんやな教室内を切り裂くかの如く、鋭い声が響いた。
キャーキャーと黄色い声を飛ばしながら騒いでいたクラスメイト達は、再び口をぴしゃりと閉じ、一斉に声のした方へと顔を向けた。
クラスメイトの視線を一心に浴びる、その発言者とは……。

「な、棗……」

誰かが、固唾を飲み込んで、緊張感を滲ませながら呟いた。
そこにいたのは、険しい表情を隠そうともせず、偉そうに腕を組んで理樹を見据える、鈴の姿があった。
皆口には出さなかったが、『能美と直枝交際(婚約)説』に異議を唱えた彼女を見て、クラスメイトの誰もが納得した。
鈴の理樹への懐き様は尋常ではなく、このクラスの者ならずとも、理樹の横にちょこんと着いて回る鈴の姿を、この学校の者なら誰もが目にしていた。
もちろんリトルバスターズの面々に対しても心を開いてはいるのだが、やはり彼女の落ち着く場所はそこであり、『理樹の隣はあたしのだ』と言わんばかりに、その位置をキープし続けていた。
その思いが恋慕なのかはたまた家族愛に似たものなのかは推し量る事は出来ず、それはリトルバスターズですらも確信を得られるものではなかった。
だがしかし、鈴は明確に理樹の隣にいたいという意思表示をかつて行っており、ここで彼女の心情を議論する必要はなかった。
そして、鈴の次の発言でその答えを導く判断材料が手に入るであろう事も、皆無意識に感じ取っていた。

「……」

相変わらず眉根を寄ったまま、鈴はゆっくりと理樹のいる方へと歩み寄る。
その間、やはり誰も口を開こうとする者はおらず、ただ彼女の姿を目で追うだけだった。

「……理樹」
「…ぇ?あ、う、うん、どうしたの?」

クドリャフカの衝撃発言から今まで固まっていたのだろう、鈴の呼びかけによって、理樹はようやく眼に生気を宿した。
とはいえ、事態を10分の1も理解できていない理樹はクドリャフカの発言への反応もせず、至って普通に鈴の次の言葉に耳を集中させようとした。
結果、鈴の発言により、理樹は再び思考停止の無限ループに陥ってしまうのだった。

「理樹、あたしと結婚しよう」
『修羅場だーーーっ!!』

ぴしりと石の様に身を固めてしまった理樹をよそに、クラスメイト達はその野次馬根性を最大限に爆発させた。
あらゆる恋愛のステップを跳躍してプロポーズをしていく2人の少女に、クラスメイト達はドラマを間近に見ているかの様な錯覚を受け、理樹達を囲う様にしながら口々に自論を展開させた。

「やっぱ棗だろ」
「いーえ、鈴ちゃんは兄妹みたいなもんでしょ。だから私は能美さんに一票」
「いや、どっちも振るっていう可能性も捨てきれないな」
「それ、ここで直枝やったら鬼だな……」

先程とは比較にならないくらいに騒ぎは大規模化し、、誰もが周りを憚る事なく声を高々に予想を並べていく。
終いにはトトカルチョが始まり出し、理樹の第一声のハードルはぐんぐんと高くなっていた。

「ちょっ、待ってっ、まだ心の準備が、って……あ」
『……?』

だがしかし、群集を掻き分け、1人の少女が理樹達の前に踊り出た。
クラスメイト達の視線を受け針の筵となりあわあわと目を泳がしている。

「あ、う、その、えーと……た、高宮さーん、勝沢さーん」

その少女……杉並睦美は、言葉にならない声を上げた後、押し出された方を向き、2人の名前を呼び、助けを求めた。
それに反応したのは、2人の女生徒……言うまでもなく、高宮と勝沢という名字を持つ2人だった。
同じくクラスメイト達に見つめられる中、2人は親指を立てた手を前に突き出し、キラリと歯を光らせながら笑ってみせた。
その仕草が『GO!サイン』である事には、言うまでもなく皆理解していた。

「うっ……」

親友からのフォローもなく、孤立する睦美であったが……諦めたのか決心したのか、一度深々と息を吸い、理樹を見据えた。

「……直枝君」
「うぇ?……あ、は、はい、何でしょう?」

お前何回同じ事やるねん。
クラスメイト達は心の中でツッコむが、そんな事よりもこの先の展開が気になって仕方がないため、口には出さずにその光景を見守る。
もう何が何だかわかっていない理樹は現状把握する事も適わず、やはり睦美に対して至って普通な対応を取らざるを得なかった。
今度もまた睦美の発言で氷像と化すのかと思われたが、その予想は見事に打ち砕かれる。

「よかったら今度……一緒に、遊びに行かない?」
「……う、うん、別にいいけど……」
『おぉ……』

クラスメイト達から感嘆の声が漏れた。
睦美の発言にはインパクトはなかった。
前の2人の突飛なプロポーズに比べれば酷くこじんまりとしたもので、クラスメイト達の期待を裏切る様な言葉に聞こえる……だがしかし、それはかえって現実味を引き寄せ、理樹の首を縦に振らせるのに非常に有効な戦術であった。
どれだけ衝撃的でクラスメイトを沸かせようと、理樹に拒否されてしまうのでは元も子もない……そもそも何の勝負なのか判定の基準すらもないわけなのだが、理樹の思考を正常に保ちながら、かつ頷かせた睦美に、クラスメイトは軍配を上げつつあった。
ストレートに立ち向かうのではなく、絡め手で対抗……その立ち回りにより、睦美は『伏兵』としての存在感をクラス内に十分に植え付けたのだった。
最も、睦美としてはデートのお誘いが限度であったのだが。

「くそっ、杉並に1本取られたぜっ」
「杉並さん勇気あるわー、私だったら何も喋れないかも」
「おいっ、誰か杉並に賭けた奴いんのかっ?」
「直枝はロ○コンじゃなかったか……」

勝負はついたと言わんばかりに、クラスメイトはその場から散っていく。
いつの間に作成されたのか、トトカルチョのはずれくじが競馬場の様に床に散乱し、小毬と美魚が何故かそれを片付けている。
問題児集団のリトルバスターズがクラスメイト達に圧倒される光景など滅多にないものであったが、それ程彼らにとっては驚く出来事だったのだろう。
ちなみに、とあるクラスメイトの発言に恭介が再び反応を示していたが、これもまた割愛させて頂く。

「……あの、いつにする?」
「え?」
「だ、だからその……で、デートの日……」
「あっ……じゃ、じゃぁ今度の日曜にでも……行こうか?」
「う、うん……」

そして、未だこの2人の話は終わりになるわけではなく、恥ずかしがりながらも、着々とデートの段取りを整えていた。
が、しかし、それを彼女が黙って見過ごせるわけがなく。

「待てっ、理樹と遊ぶのはあたしだっ!」
「無茶言わないでよ、鈴……」

高校生とは思えない初々しさを撒き散らす2人の間に割って入る鈴。
だがしかし、既に約束を取り付けてしまった今、彼女がそれを破棄する事が出来るはずもなく、理樹にやんわりと窘めらてしまう。
自分でも無理を言っているのがわかっていたのか、唸る様にして悩んだ後……何かを思いついた様に、吼えた。

「じゃぁ来週はあたしとだっ、来週なら空いてるからいいだろうっ?」
「……まぁ、いいけど」
「それなら再来週は私と……」
「待てっ、再来週からはじゃんけんだっ」
「もう僕と遊ぶ事は確定してるのね……」

自分を置いて話を進めていく2人を見やり、理樹は溜め息を吐いた。
今後の週末を思い頭を痛める理樹を横手に、鈴と睦美は週末の理樹とのデート権を争い、必死にじゃんけんをするのだった。

「……一体、何がどうなったのでしょう?」

そして、最後まで事態を飲み込めなかったクドリャフカは、そんな3人を眺めながら、わふーと声を漏らすのだった―――。







『カチ込み乙女心』の続編的なお話。
カチ込みが肝試し近辺だったので、まだ修学旅行には行っておりません。
まぁそこらへんはあまり考えないでもらえると助かりますが、一応設定という事で。


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