ひっそりと後日談。
本編より文量が多いのは何故かしら。
見たい人だけ見てください。
































次の日。







『告白したぁ!?』
「う、うん…」

登校時、勝沢と高宮と合流した睦美は、昨日の出来事を報告した。
さすがの2人もおざなりに返す事など出来ず、朝の気だるさなど豪快に吹き飛ばされてしまった。

「で、で?どうなったの?」
「直枝は何だって?」

顔をずいっと寄せる2人。
傍目から見れば、詰問している様だ。

「そ、それが…」
『それが?』
「ど、どさくさに紛れてだったから…逃げちゃった……」
『……』
「……」
『はぁ……』
「な、何よぉ、その溜め息はぁ〜」

文句を垂れるているが、顔は真っ赤で涙目、しかも語気が弱々しい。
清楚な外見と相まって、彼女のそんな仕草はどうしようもないくらい愛くるしかった。
しかし、親友2人組が彼女の愛くるしさに動揺するはずもなく。

「好きな男に告白して、返事を待たずにその場から逃げた?……それ、何の漫画?」
「うっ」
「実際にそんな行動する娘いたのね」
「うぅっ」
「次の日ガッコ行って、そいつの顔見れなくてどうしようみたいな展開になるわけ?かぁ〜、甘酸っぱい甘酸っぱい」
「うぅぅぅ……」
「フォローしようがないくらいの根性無しね」
「も、もうお願いだからやめてー!私が悪かったから〜!」

とんでもないくらいに容赦がなかった。
2人の波状攻撃に、睦美の精神がボロボロに崩される。
彼女自身、あの後部屋に帰ってから己の行動を省みて、恥ずかしさの余りベッドの上を転がりまくるというお決まりをやっていたのだ。
もちろん、転がりすぎて疲れ、そのまま眠ってしまうという事も。
余りに予定調和すぎて、考えるだけで顔から火が噴き出しそうなのだ。
そこをさらに親友に突かれては、ダメージは深刻だろう。

「それにしてもさ」

口撃を止め、高宮が話題を変える。
それを聞いた睦美が、ほっと安堵の息を吐く……が。

「直枝もさ、そこで杉並を引き止めろよな」
「そうね」

そこで、何故か居住まいを整え、んっ!と喉を鳴らす2人。

『杉並さん、待ってよ!』
『ダメ、恥ずかしい!』
「……」

妙な小芝居が始まった。
唐突に始まったそれに、睦美は着いていけず、ぽかんと口を開ける。

『そんな事言うなよ!僕だって、同じ気持ちなんだから!』
『……え?』
『僕も、杉並さんの事が、好き、なんだ…』
『…え、そ、そんな…う、うそでしょ?…』
『嘘なものか!入学して、一目見た時から、君の事が…』
『信じられない…す、凄く嬉しいよ、直枝君…』
『付き合おう、杉並さん…』
『な、直枝くぅん…』
『杉並さん……』

近づく2人の唇――

「…て、ストーップ!」
『っ!?』

ギリギリの所で、睦美が手を挟んで止める。

「ちょっと杉並ー、良いトコだったんだから止めないでよ〜」
「朝っぱらから何やってんの!というか、何なの今のは!?」
「青春ラブストーリー〜杉と枝のおいかっけこ〜よ」
「ネーミングセンス悪すぎっ!…て、あぁもう、そうじゃなくて!直枝君達はあの時やる事あったみたいから、そんな展開にはなりえません!」
『なぁ〜んだ、つまんないの』
『はぁぁぁ……」

朝から悪ノリフルスロットルの2人に、睦美はズキズキと頭が痛むのを感じた。
しかし、2人のせいで昨日の事を深く考えずに済んで良かった、と思うのもまた事実だった。
絶対に口には出したくなかったが。











* * *








「………ねぇ」
「………な、何?」
「…あんた、何かしたの?」
「し、してないよっ……多分」
「にしては、見られすぎだと思うけど?」
「うっ…」

遊びすぎたせいか、彼女らは予鈴ギリギリに学校に到着した。
理樹達は既に登校していて、和気藹々と談笑していた。
3人はその姿にドキリと心臓を鳴らし、緊張の面持ちで教室内に足を踏み入れた……が。
突如、注がれる鋭い視線。
その強すぎる目力に、3人は足を踏み出した状態のまま硬直した。

そして、恐る恐る正体を目だけで探ると…。

「………」
「ほ、ほら!怒ってるわよ!?」
「や、やっぱりそうなの!?」
「あんた目を見なさいよっ!物凄い念を感じるわ…」
「無表情すぎるのが逆に怖いわね……鈴ちゃん」
「ひ、ひぃ…」

鈴だった。
理樹達に混じって話をしていた鈴は、睦美達が教室に入ってくるのをいち早く察知し、そちらに意識を投げかけた。
いや、ぶつけた…と言った方が正しいだろう。
その顔は怒りも笑いもしない……素面。
にもかかわらず、彼女らにかかる凄まじい重圧。
これを念と呼ばずして何と呼ぶか。

「も、もしかしたら、告白した時鈴ちゃんもいたから、それで怒ってるのかも…」
「あ、あんたねぇっ!それ先に言いなさいよ!」
「え、やっぱりそれ!?」
「当たり前でしょうが!」
「で、でも、鈴ちゃんにはそういう気はないのかなぁと思ってたんだけど…」
「どっちでもいいのよ、この場合は!いつも一緒にいた直枝が、いきなり現れた女に奪われると思ったらそりゃやきもち焼くわよ!あの人達が一緒にいた時間を考えなさい!」
「そ、そんなぁ…」
「あ、直枝気づいたわよ」
『うぇっ!?』

小声で言い争いをしてる内に、理樹が睦美の姿に気づき、こちらに歩いてくる。

「ど、どうしよう…!」
「もういいからガツンといっちゃいなさい!」
「ま、待ってよ高宮さん、どうにか――」
「おはよう、杉並さん達」
「――あ、う、うん、おはよう…」
『おはよう、直枝』

話し合いも虚しく、理樹が目の前に来てしまった。
あわわ…と睦美が左右にいる親友に目を泳がすが、2人はニコニコと愛想笑いを振りまくばかり。
完全に見放されてしまった。

「あの…ちょっと、いいかな?」
「っ!?………う、うん」

もはや凌ぐ事は不可能。
悟った睦美は、運命に身を委ねる事にした。











* * *
 










「その…、昨日、の事なんだけど、さ…」
「うん…」

空き教室へとやってきた理樹と睦美。
何をするのかといえば、もちろんあの話題。

「あれ…本当、なのか、な…?」
「……うん、そうだよ」

睦美がこくりと頷く。

「私は、直枝君が好き……付き合って、ください…!」

ぺこり、とお辞儀をする。
窓から射し込む陽の光できらりと光る黒髪が、さらさらと肩口から零れる。
腹を括った睦美は、中々に勇敢だった。
もしこの姿を高宮と勝沢が見ていたなら、『おぉ〜、やるぅ!』と感嘆の声を上げたに違いない。

「そっ、か……」

理樹が声を漏らす。
睦美は、お辞儀をしたまま、顔を上げない。

「その……僕は、」

理樹が返事をしようと言葉を繋ぐ。
ごくり。
地に目を向けたまま、睦美は生唾を飲み込んだ。

「杉並さんの事が――」

その時だった。







「ちょっと待つよろしーーーーーーっ!!!!」
『うわぁっ!』

いきなりの大声に、2人はぴょぃんと小さく跳ね上がった。

「やぁやぁ理樹君、と杉並さん!ちょっと一旦ストップさせてくんないかなぁ?」

飄々と現れたのは、特徴的なおさげをしている陽気な少女……葉留佳である。

「三枝さん!何なのいきなり!?」
「にゃはは、ちょぉっと用事がありましてね」
「用事…?何ですか?」

やや不機嫌そうにに睦美が言う。
温厚な彼女も、大事な所で邪魔をしに来た葉留佳に苛立っている様だった。

「ごめんねぇ、杉並さん。でもこっちも形振り構ってられないのですヨ……というわけで、出番だぁ!」

ばっ!と入り口に手を向ける。
そこに、もう1人女の子がいた。
高校生にしては随分と小柄な体格。
日本人にはまずない、色素の薄い髪。

「クド……」
「リキ…」

そこにいたのは、クドだった。
すっ…と物音立てず室内に入ってくる。
葉留佳の登場が騒がしかったからか、クドの立ち振る舞いが、えらくお淑やかに見えた。

「杉並さん…」
「はい…?」
「ごめんなさいなのです、邪魔してしまって…でも、私もこの瞬間だけは、他人に気を遣っていられる状況ではないのです」
「……はぁ」

真っ直ぐな瞳に射抜かれ、睦美はすっかり毒気を抜かれ、怒る意欲も萎えてしまった。
クドは一つ礼をすると、今度は理樹の方を向いた。

「リキ…」
「どうしたの、クド……今は、ちょっと構ってられないんだけど…」
「大切な、お話があるのです」
「大切な…?」

やんわりと断ろうとした理樹だったが、クドの有無を言わさぬ気配に態度を省みた。

「(あれ…)」

睦美が何か異変を感じる。
自分の告白の場面だというのに、横槍を入れてきた2人。
だというのに、自分を放って理樹とクドが妙にシリアスムード。

「(これは、もしかして…もしかしてっ!)」

彼女の脳内からけたたましく警鐘が鳴り響く。
まずい、彼女に何か言わせたら…!
何とか場を濁そう、と睦美は口を開きかけたが。






「リキが好きなんです!私と付き合ってください!」





「……えええぇぇぇーーっ!?」
「あ、あぁ……」

間に合わなかった。
睦美が何かを言う前にクドが声を出し……理樹に、告白した。
まさかのクドの告白に理樹は吃驚仰天、睦美は阻止できずがっくりとうなだれる。

「まぁそういうわけなのですヨ、杉並さん」

黙って見ていた葉留佳が、ぺたりと座り込んだ睦美に声をかける。

「そんなぁ…ひどいですよ、三枝さん……」

睦美が恨みがましい視線を葉留佳に注ぐ。
せっかく告白をし、その返事を聞ける所だったのにいきなり現れ場を乱し、終いにはライバルを増やしたとなれば、恨みの一つでも言わないと気が済まないだろう。

「だって、昨日杉並さん告白した途端逃げちゃうんだもの。あの後クド公に告白させても良かったけどさ、何かそれはフェアじゃないじゃん?」
「うっ…」

前日の失態を出され、睦美は言葉に詰まる。
確かに夜中にキャーキャーと赤面しながら暴れ、次の日ドキドキしながら教室に来たら想い人は他の子と付き合ってましたー、となっていたら彼女は卒倒するに違いない。

「それは、そうだけど…でも、ここでそれをやらなくても…」
「いや〜、てっきり放課後とかだと思って余裕かましてたら、理樹君が朝っぱらから返事しようとするからさ…本当に悪いと思ったんだけど、ここしかなかったんですヨ」
「うぅ〜」

大勢の前で告白し、なおかつ逃亡した自分が最大の原因だったのだ。
自らの行動が招いた事だけに、睦美はただ唸る事しか出来なかった。


「え、いや、その…クド?」
「リキはいつも優しくて、リキだけが私に自然に接してくれました…」
「いや、別に大した事じゃ…」
「リキにとって大した事ではなくても、私はとても嬉しかったのです。初めて会った時から、変わらないまま私といてくれました…」
「……」
「リキ……私では、ダメですか?」

睦美と葉留佳が話しているのをよそに、理樹とクドの話は進んでいた。
しかも、睦美より関係が深いので心を動かす言葉がぽろぽろと飛び出している。
明らかに不利だと感じた睦美は、無粋だと感じつつも間に入ろうと体を動かした。

「ちょ、ちょっと――」

その時だった。









「理樹はあたしのだぁぁぁーーっ!」








またもや第三者の乱入。

「り、鈴…!」

やってきたのは、鈴だった。
相当急いできたのか、息が荒い。

「ふぇ〜、まさか鈴ちゃんが来るとは…」
「鈴さんまで……わふー、最大のライバルなのです〜」
「も、もう終わった…」

三者三様の反応。
特に、後からやってきた2人にインパクトを完全に奪われた睦美は今にも泣き出しそうだ。

「すまん、理樹!何とか教室に閉じ込めようと頑張ったんだが、止められなかった…!」
「いいよ、もうどうにもならない事態になってるから…」
「あ?杉並はいいとして、三枝にくー公?…一体何がどうなってんだ?」

さらに謙吾と真人が入ってくる。
真人の顔には無数の引っかき傷がある。
恐らく、鈴を羽交い絞めしようとした際にでもやられたのだろう。

「っ!?…クドも、なのか…?」
「ごめんなさい、鈴さん。これだけは、鈴さんにも譲れないのですっ」
「そうか…クドもライバルなのか」
「ええ…」
「悲しいが……理樹は、あたしがもらうっ!」

一方、何故か鈴とクドは戦闘態勢に入っていた。

「なにぃ、能美にも告白されただとぉ?」
「ひゃっほーっ!モテモテじゃねぇか、理樹!」
「いや、そんな悠長な事言ってる場合じゃないから…」
「リトルバスターズの一員として、鼻が高いぞ、俺は。で?どの娘にするんだ?」
「だからっ!」

幼馴染3人がギャースギャースと騒ぐ。
あれだけひっそりとしていた空き教室が、とても賑やかになっていた。

「………」

睦美はその光景は眺めながら呆然としていた。
あれだけ邪魔されたのに。
返事ももらえていないというのに。
不思議と、この騒がしい光景を見て、どうでもよくなる自分がいた。
そもそも。
あの告白だって、ただ流れに任せて行っただけのこと。
彼女は、理樹の事をあまり知らない。
こうやって、皆と騒いでいる理樹しか、彼女は知らない。

「(これで、いいのかな…)」

まずは、こうやって好きな人の輪の中に入っていくこと。
それが、大切なのかもしれない。

「ごめんね、杉並さん…とんでもないことになっちゃって…」
「え?…あ、うん、いいの。こうなっちゃったものはしょうがないもんね…」

いつの間にか横に来ていた理樹に声を掛けられ、驚きながらも返事をする睦美。
何故か、理樹と2人で会話をする事に、緊張しなくなっていた。

「それで、さっきの返事なんだけど…」
「……」

それでも、過去は変えられない。
彼女が告白をし、返事を貰おうとしていたことは。

「正直な所、僕杉並さんの事はあまり知らない」
「……」
「だから、付き合うとか、そういう事は今は考えられないから…」
「(あぁ…)」

この流れは、ダメだ。
彼女は理樹の言葉の半ばで、結果を悟る。
何故なら、今自分が思った事と全く同じだから。
自然と顔が俯く。
しかし…。

「だから、よければ友達として…からじゃ、ダメかな?」
「……え?」

予想外の答えに、俯きかけた顔を上げる。
そこには、照れくさそうに言葉を探してあー、とかうー、とか言う理樹の姿が。

「もし、杉並さんの事を知って、僕が好きになったら…僕から、告白するから」
「……」
「も、もちろん後になって杉並さんが僕の事好きじゃなくなったらそれは仕方のないことだしっ!だから、その、あの、えーと…」
「……ふふっ」
「え?」

何故か笑いが込み上げてきた。
どぎまぎと困る理樹の姿が可笑しかったのもあるが、何よりも。
同じ事を考え、同じ結論に至っていたから。
何か、一緒になれた様な気がして、睦美は嬉しくなった。

「私も、それでいいよ」
「え?……ホント?」
「うん」
「ごめんね…こんな、情けない事しか言えなくて…」
「ううん、いいよ。むしろ、こんな直枝君だからこそ…
「え?何?」
「う、ううん、何でもない!」
「そう?……それじゃあとりあえず…これから、よろしく」
「うん…よろしく」

お互いぺこりとお辞儀をして見つめ合い。
何だかかしこまってるのが可笑しくて、2人は笑った。
これから、きっと楽しい事がたくさん待ってるはずだ、と睦美は心の底から感じた。
理樹がいるから。
高宮や、勝沢や、バスターズのメンバー。
皆仲良くなって、楽しい事をたくさんするんだ、と胸一杯に期待を膨らませた。

「こらーっ!お前らいちゃいちゃするなぁぁーっ!」
「リキ、やっぱり私ではダメなのですかっ」
「ちょ、ちょっと2人とも突っ込んでこなうわああぁぁぁ!」

猛スピードで突進してきた2人のタックルを理樹はもろに食らい、倒れこみながらもみくちゃになる。

「ははは…」

楽しさの数十倍は騒がしいんだろうな。
猛追を食らっておどおどする理樹を見ながら、睦美は先の事を考え、乾いた笑いを浮かべるのだった。




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