おはよう、理樹くん。今日はいい夜だね。
 あはっ、理樹くん寝ぼけてる? 目、しょぼしょぼしてるよ? 可愛い、ぎゅーってしたい。
 え? わたしは誰って?
 もう、そんなウソつかなくていいのに。わかってるでしょう? 理樹くんは、ちゃーんと、知ってるはずだよ、わたしのことをね。きっと、誰よりも。
 思い出してくれたみたいだね。うん、久し振り、理樹くん。
 もう、何でいきなりそういうこと訊くかなぁ。そこはまず、「会いたかったよっ!」とか涙ぐみながら抱きしめてくれるところでしょう? ほら、わたしは準備おっけーだよ。さぁ理樹くん、わたしと熱いベーゼを交わしましょう? そしてめくるめく快楽と愛に満ちた二人の世界へと――。
 はい、はい。冗談だよ、冗談。そんなに怒らないでよ。
 理樹くんさ、薄々は気づいてるんじゃない? わたしがこうして理樹くんの目の前に現れているってこと、おかしいと思ってるでしょう――そう、これは夢なんじゃないかって。
 何でわかったのって? そりゃ理樹くんのことだもの、何でもお見通しだよ。だって、ここは理樹くんの夢なんだもの。言ってみれば、理樹くんの記憶の中に潜り込んでいる、と言えるわけ。つまり、理樹くんの記憶を覗き見することができるから、そこから理樹くんがどういう論理を踏むか先読みすることが可能ってわけ。さらにその気になれば、理樹くんの恥ずかしい記憶を引っぱり出してくることだってできる。例えば、今日寝る前に一人でシた時、誰を思い浮かべていたのか、とかね。
 ふふっ、そんなに慌てなくてもだいじょうぶ。見る気はないし、見てもない、というかその事実すら知らないというか。ただ、そういうことが簡単にできちゃうんだよ、てことを言いたかっただけ。
 でも、理樹くんそんなに慌てるってことは、今日本当に……はーい、ごめんなさい。これについてはまた後で聞くね。頼むからやめて? うーん、わたしとしてはかなり興味あるんだけどなぁ。ま、理樹くんに嫌われちゃったらやだし、じゃぁこのことは不問ということにして、話を戻すね。
 理樹くんの記憶の中に、わたしという存在は確かにある。けれど理樹くんの記憶では、わたしは現実には存在しないものとされている。わたしがこうして理樹くんたちの前に姿を現すことができるのは、現実ではない世界だけ。夢か、もしくはあの時のような、仮想の世界。あぁ、何かおかしなクスリをキメちゃって幻覚とか見えるようになったら、ついでにわたしが出てくるかもしれないね。それが本物のわたしかどうかはわからないけど。
 んで、理樹くんはさっきまで寝ぼけ眼だった。正常な思考ができたとは言えない。そこで、いきなり理樹くんが「まさか、またあの世界に来てしまったんじゃ」と考えられるとは思えなかった。だから、最初に理樹くんはこう思うに違いない。「これは、夢なんじゃないか」ってね。こんなに長々と考えなくても、普通にわたしが居るのっておかしいんだから、まず第一に「夢?」って思うかなぁというだけのことなんだけどね。けっこう噛み砕いてい説明したつもりだけど、わかってくれた?
 うんうん、素直でいい子だね、理樹くんは。よしよしってしてあげようか? 頭だけじゃなくって、いろいろなとこも。
 ちぇ、そんなに照れなくたっていいのに……え?
 なんでって、そりゃー理樹くんに会いたかったからに決まってるよ。わたし、理樹くんに会いたくて会いたくて、神様お願い理樹くんにもう一度会わせてちょうだーい、てお空の上で五回くらい祈ったら、ここに来てたってわけ。あんだすたん?
 あ、なにその微妙な顔! 絶対信じてないでしょっ。理樹くんはやっぱり、わたしのこの深すぎる愛をちっとも理解してくれないのねっ。きーっ、こうなったら理樹くん殺してわたしも死んでやるーっ。
 はい、ごめんなさい。はしゃぎすぎました。包丁も捨てます。あ、はい、さっき作りました。夢なんで。
 でも、さっきのは本当だよ? わたし、理樹くんに会いたかったから。でもさ、こういう風にしないとわたしは出てこれないから。しかもね、もしかしたら、こんなこと言ってるわたしも、理樹くんが夢の中で作り上げたものでしかないかもしれないの。夢って、その人の願望を映す、とか言うでしょ? だから、忘れてたかもしれないけど、本当は心の奥底で理樹くんがわたしに会いたいって思ってて、夢の中でわたしを作ってこうしておしゃべりしてるだけかもしれないんだよね。わたしは自我を持って今理樹くんと話しているように見えるけど、実はその自我というものも理樹くんの願いが反映されて自我を持っているように見えているだけで、今目の前に居るわたしの全ての要素が、理樹くんの願望でのみ構成されているかもしれない。つまり、全部ウソ。わたしが夢の中に現れたんじゃなくって、理樹くんがそういう夢を見てるだけかもしれないってこと。そこんとこ、理樹くんはどう思う?
 ……理樹くん、大好き。
 あはは、照れてるー! 何をいきなりって、だって、ものすごい嬉しくなるようなこと言ってくれるんだもの。今すぐちゅーしたいくらいだよ。本当に。理樹くん逃げ出しそうだからやらないけど。
 さすが美魚が選んだ男の子なだけあるなぁ。わたしは美魚と似てるから、好みが似てるだけかもしれないけど。
 ってことで、わたしとしては、美魚との進展具合とかが気になって気になって仕方がないんだけどなー。
 なにそのつまんない回答! わたしに喋ったって誰かに漏れるわけじゃないんだし、というかここ夢なんだし、気にしないでありのまま答えてくれてもいいじゃない!
 うーん、まぁそりゃできるけどさぁ。せっかくだから、理樹くんの口から聞きたいなぁって。
 笑うわけないでしょ。理樹くんバカ? けっこうわたし、真剣に訊いてるよ?
 わかった? じゃ、包み隠さず、どーんと教えてちょうだいな! 
 ……うん。うん、うん。
 へー、なんだかんだでやることやってるのね。ていうか何でそんな顔真っ赤なの?
 なーに言ってんの理樹くん! 世の中のティーンエイジャーはみんなそんな話で大盛り上がりなのよ? そんなことじゃいつまで経ってもリトルバスターズの中だけで留まっちゃうわよ? むしろ「美魚の胸はちっちゃいからさー、おっきいおっぱいにも憧れるんだよねー」くらいの愚痴を言わなきゃ、って誰がちっちゃい胸だこら! 誰も望んでこんなおっぱいになったわけじゃないわよ、ばかちん! 童顔! ちゃんと避妊しろ! あったかくして寝ろ!
 ごめん、少し取り乱した。うん、だいじょぶ。もう落ち着いた。
 そっかそっかー、二人はなんだかんだで恋人してるのねぇ。二人とも奥手そうだったから気になってたんだけど、心配いらなかったみたいだね。あ、別に理樹くんは奥手ってわけじゃないか。わたしとあーんなことやこーんなことしてたし、ね?
 あ、あれ? もしかして覚えてない?
 なーんだ、残念。でもまぁ、しょうがないか。そういう仕組みだったものね。もしかしたら念入りに消されたのかもしれないし。ううん、何でもない、こっちの話。気になる? でもダメ、理樹くんが思い出すまで教えてあげない。
 でもまぁとりあえず、二人が仲良くやってるみたいでよかった。
 ほら、美魚ってさ、さびしがり屋なくせに、「独りになりたいー」とかかっこつけたりしてたでしょ? ほんとバカみたいよね。ああいうの、中二病って言うんだっけ? 牧水? 知らないよそんなの。ただの言い訳に使っただけでしょ?
 ん? あぁ、いいのいいの。本当のことだから。
 美魚は本とか読みまくってて、変に知識だけは蓄えてるのよね。だから、妙なことばっか考えちゃうの。小難しいことばっか考えててさ、だからあんなわけわかんないこと望んだりしちゃうんだよ。本当の気持ちはもっともっとシンプルなもののはずなのに、蓄えた知識でガチガチに論理武装しちゃってくうちに、本当の気持ち自体がどっかに行っちゃうんだよ。それがあたかも本心なんだ、と自分でも思っちゃうくらいにね。要は、素直じゃないのよ、あの子。
 多分、人ってもっと単純なのに。
 「一緒に居たい」って言えばいいだけなのに。
 わたしのことなんて、気にしなくていいのに。
 ね。
 だからさ理樹くん、美魚のこと、これからもよろしくね。もしかしたらまたふらっとバカみたいなこと考えたりする時があるかもしれないから、首輪でもつけてしっかりリード握って離れないようにしておくといいと思う。
 はは、まぁ確かにそんなこと本当にやったら愛想尽かされちゃうかもしれないね。でも、美魚は絶対に、理樹くんの隣に居れること、嬉しいと思ってるから。リトルバスターズのみんなと一緒に居れることも、すごい楽しいと思ってるから。その気持ちを忘れないようにさせてね。ずっとずっと捕まえておいて。
 わたし?
 わたしは、何もないよ。
 いつまでも、二人の中にいる。
 空の上にいるよ。
 満たされてる、というのはウソかも。だって、こうして我慢できずに会いに来ちゃってるんだから。
 またこんなことがあっても、邪険にしないでね。かるーく相手してあげてよ。
 うん、ありがとう。


 あーあ、もう時間が来ちゃった。
 うん、けっこうギリギリ。
 これでも引き延ばしたんだけど。楽しい時間ほど早く過ぎるってのは、本当のことなんだね。もうちょっと早く来ればよかったなぁ。うーん、ちょっと後悔。今更言ってもしょうがないんだけど。
 そんなに名残惜しそうな顔しないで。わたしも踏ん切りつかなくなっちゃう。というかさぁ、さっきまでわたしのことすら忘れてたのに、そんなこと言っちゃう理樹くんひょっとして、けっこうなたらし?
 冗談だって、本気にしないでったら。でも、うん、そうやって寂しがってくれるのは、素直に嬉しいよ。
 でも、夢はいつまでも続かない。それは、理樹くんが一番わかってるでしょ?
 だから、今日はこれでお別れ。
 うん。 
 それじゃ、理樹くん、またね。
 バイバイ。

 
 理樹くんっ!
 ……あはは、いきなりでごめんね。でも、したかったから。
 そっちは、美魚のためにしないでおいてあげる。
 それじゃ、本当にさよなら。
 理樹くん。
 

 ハッピーバレンタイン!







「おい、理樹、理樹!」
「……真人。おはよう」
「おう、おはよう。と、暢気なこと言ってる余裕はねぇ。もう食堂に行かないとやばい時間だぜ?」
「もしかして、寝坊した?」
「あぁ、けっこうな。理樹にしては珍しいな。昨日俺に隠れて夜更かしでもしてたか?」
「……ねぇ、真人」
「なんだ?」
「空の上にバレンタインのお返しをしに行くには、どうしたらいいかな?」
「はぁ?」



夏場に書いたリトバスSS処女作が雪合戦ネタだったことからもわかるように、このサイトの管理人は、季節とか時期とかこれっぽっちも考えていないのです。
そうです、あえてこの時期に書くからこそっ!

ちなみに、最後の部分はバレンタインじゃなくてもどうにでもできたりする。
クリスマスでもいいし誕生日でもいいし、節分とか憲法記念日でもいい。
つまるところ、ただこの話に特殊性を付け加えたいがためのくだりであって、けっこう蛇足だったりする。
でも最初浮かんだのがバレンタインだったから、こういう流れにした。



 
 
 
 
 
 
 




    
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