厚い雲のかかった曇り空の下、肌寒い風がびゅんびゅんと吹き荒む、とある日。
『雨降らないといいね〜』と、框に手をかけ、窓の外を覗き込みながら呟く小毬さんの臀部をさりげなく目で撫で回していた、昼休みのことだ。

「棗鈴、直枝理樹、お時間頂いてもよろしいかしら?」

『雨に濡れたブラウスとスカートは、きっと小毬さんの……』
意外にグラマラスなボディを誇る彼女の扇情的な姿を夢想し、息子への栄養剤を蓄えるという僕のささやかな至福の時間は、やや険の帯びた声によって、唐突に終止符を打たれた。
名残惜しさを感じながら小毬さんの尻から視線を外し、喜びに揺れるマイサンを一瞥してから、声のした方へと目を向ける。

「……何か用か、笹瀬川佐々美」

僕らの前に現れたのは、まさかの笹瀬川嬢。
腕を組み、吊り上がった目でこちらを見据える様は、相変わらず高圧的だ。
しかも、声色から薄々わかってはいたが、どうやらご機嫌の程はよろしくない様で、目の吊り具合も当社比140パーセント、偉そうな態度に拍車をかけている。
相対する鈴もそれに対抗してなのか、同じく腕を組み、鋭く細めた眦を彼女へと向ける。
……いや、鈴が高飛車なのはいつものことか。

「お時間、頂いても?」
「だから、何の用だ?」
「……ここで、言わなくてはなりませんこと?」
「なんだ、言いづらいことなのか?」

一瞬揺らいだお嬢様気質を敏感に感じ取り、鈴は少し警戒を緩めて問うた。
伏せられた視線は、気まずげに周囲を泳いでいる。
あまり人目が多い所では喋りたくない、ということか。

「いいよ。とりあえず場所変えよっか」
「おい、理樹」
「ダメ?」
「……いや、別に良い。行くぞ、ざざみ」
「いい加減、きちんと名前を覚えてくださらない?」

嘆息混じりの小言を軽くあしらいながら、僕らは教室の外へと出る。

「む……雨が降ってきたな」
「うん〜、一応傘持ってきてよかったよ〜」

戸を閉める瞬間、そんな会話が耳朶に触れる。
僕の体の何処が、落胆の声を漏らした気がした。


















りらいと

















実を言うと、という程に意外な事実ではないが、鈴に比べて、僕は笹瀬川さんとは親しい仲ではない。
鈴とのそれが『喧嘩する程〜』という言葉に当てはまるのであれば、だが。
僕が彼女と顔を合わす機会といえば、大抵彼女らの諍いの時くらいだ。
その様な場面は今まで結構あって、機会もその数だけあったわけだから、お互いの人となりというものはわかっているかとは思うのだが、それでも会話らしい会話をしたことがない僕らの関係は、『赤の他人』に限りなく近いものと言っていいだろう。
だから、彼女の用件に僕も加わっていることには、内心驚きを感じていた。
それが、ほぼ即決で呼び出しに乗った理由でもある。
わざわざ、改まって名指しにする程だ。
少なからず自分も関わっているに違いない、そう思ったのだ。
未だ反射的に抵抗感を見せる鈴とて、にべもなく門前払いすることはないだろうとわかっていたし。
事実、了承した僕に始めは非難の目を向けても、最終的には首を縦に振った。
僕らが断る理由は、感情的なものを置いておけば、何一つとしてなかったのだ。

「何か飲む?」
「いいえ、結構ですわ」
「あたしはオレンジジュースな」
「いや、鈴は……まぁいいか」

自分の言動がそう思わせるニュアンスを含ませてしまったことに若干の後悔を抱きながら、自販機の金投入口に100円硬貨を2枚放り込み、まずはオレンジジュースのボタンを押す。
人気のない場所として僕らが選んだのは、中庭の自販機前。
使われていない教室、部室など候補はあったが、鈴の『喉が渇いた』が鶴の一声となり、ここへと相成った。
人気が全くないとは言えないが、教室に比べれば大分マシであろうし、飲み物片手に話し合うのも悪くはない。

空を覆うどす黒い雲から落ちてくるのは、視界を白く染め上げるかの様な霧雨。
地面に叩きつけられる音もなく、こうして外の様子を見なければ、降っているかも分からないだろう。
しかしきわめて細かな水滴は、僕らの衣服を、そして肌を濡らすことは確実だ。
びしょ濡れにはなりはしないだろうが、放課後には、色とりどりの傘の花が咲き乱れるに違いない。
ふと、先ほどまで眼前に広がっていた、ふりふりと揺れる、小毬さんのふくよかなヒップを思い出した。
『傘を持っているということは、もう……』
そこまで考えて、僕は頭を振った。
元々己が膨らませた妄想から出でた期待だ。
奇想したところで詮無きことだと自身に言い聞かせ、出来上がったオレンジジュースを取り出し、鈴に手渡しながら口を開く。

「で?僕らに用ってのは?」

『くちゃくちゃ寒いのに、何であたしは……』と冷えた飲料に向けてひとりごちる鈴に苦笑し、今度はブレンドコーヒーのボタンを押す。
もちろんホットで。
笹瀬川さんは顔を伏せたまま、中々口を開こうとしない。
そういえば、今日の彼女は随分としおらしい。
普段の彼女は、言葉遣いや立ち振る舞いには気品さを感じるものの、その気性は『激しい』以外の何物でもない。
それを考えると、今目の前にいる笹瀬川佐々美に対しては、やはり強い違和感を覚える。
話というのは、彼女をここまで大人しくさせる程に大事だというのか。
コーヒーを取り出し息を吹きかけながら、自分も関わっていることで、何か凄い事態になる様なものはあったかと思考を巡らせた時、ようやく彼女がぼそりと、声帯を震わせた。

「……あなた方、相川というお方を覚えていらっしゃって?」

その問いに、僕と鈴は顔を見合わせた。
その名には聞き覚えがある。
既に記憶の端にしがみついているくらいの心細いものになっているけれど、僕は彼の事を知っている。
そして見合わせたということは、鈴もその人物を覚えているのだろう。
他人に無頓着なのに随分珍しいと思ったが、笹瀬川さん絡みの話は強烈に印象づいているのだろう。
何せ、彼女と相川くんを引き合わせたのは僕らだ、忘れようにも忘れられまい。

「知っているけど……相川くんが、どうかした?」
「……」

またしても口ごもる。
僕の記憶では、どこにでもいる至って普通の男子生徒だったはずだが。
笹瀬川さんとの相性はともかくとして。
少なくとも、僕の描く相川くんが、ここまで彼女を悩ませる程の事を仕出かすとは思えなかった。

「あいつが何かしたのか?あたしの言いつけを破ってメールをたくさん送ってきたのか?」

そういえば、鈴は笹瀬川さんのメアドを渡す際、『1日1通』という縛りを設けていた。
根は優しい人だ、心情はどうあれきっと丁寧に全てのメールに対し返信していたに違いない。
とすれば、ありえるのは、1つ。
相川君が、勘違いしたということ。
全ては上手くいっていると、着実に仲は育まれていると考えてしまったということ。
そして普段の微笑ましい、手繰り寄せる様なものではないメールをしたためたということ。
つまり、彼は勝負を仕掛けた。
そういうこと、ではないだろうか。

「……私の口からは、とてもではありませんが」

そこまで言って、笹瀬川さんは上着のポケットから携帯を取り出し。
二つ折りのそれを丁寧に開くと、カチカチとボタンを操作し、ずいと僕らの前に差し出してきた。
見ていいということだろうか、と彼女に目を配ると、小さく頷かれたので、淡いピンクの携帯を素直に受け取る。
そして、開かれたであろうメール画面を―――

『笹瀬川さんのブルマ姿を拝みたい』

ギシリ、と身が固くなるのを感じた。
なん、だ……これは。
画面に刻まれたその一文が、彼女の可愛らしい携帯の中に収まっている。
その事実に、どうしようもないくらいの怖気が走った。
奇抜すぎる。
いや、もうぶっちゃけて言って、変態すぎる。
これが、あの『相川君』が作ったメールだというのか?
彼はあの温厚で若干気弱な雰囲気の裏側に、想い人にこの様な思いを伝えられる程の度胸を隠し持っていたというのか。
胸の奥から溢れる恐怖と、何とも言えない感情。
人様の携帯だとわかっていても、握る手のひらの汗は止まらず、不随意に指が震える。

「……相川君は、ブルマ好きなのか?」

肩越しから覗き込んでいた鈴が、眉を顰めて呟いた。
確かに、この主題だけ見ればそう取れなくもない。
しかし、彼が『ただのブルマ好き』なのか、それとも『笹瀬川佐々美のブルマ好き』なのかは、判断に迷うところである。
女性の体操着はブルマのみならずショートパンツ、ハーフパンツ、スパッツなど多種多様だ。
事実的な廃止がなされて久しい今日において、確かにブルマを着用した女子高生――しかも天然生娘――の存在は神々しく、顕になった大腿部は何物にも劣らぬ趣があることは認めよう。
もし笹瀬川さんがブルマを着用したとあれば、その姿はどうしようもないくらいの健康美、艶美さを持つであろうことも首肯しよう。
だが安易に『ブルマだから』と興奮するようでは、盛りのついた猿としか言い様がない。
もし相川君がそう思っているのであれば、僕は愛の伝道師(自称)として、怒りの鉄槌を下さねばなるまい。
数少ないから、希少だからこそ、こだわりを持つべきだ。
あえて個人的な主張をするのなら、笹瀬川さんにはやはりスパッツが似合う。
履かせたい。
短いスカートの下に履かせて微妙にはみ出るのもまた一興。
そして1歩引いて、その姿を思う存分眺めたい。
伸縮性のある素材によって覆われ、最大限までラインを保たれた太腿に頬ずりしたい。
いやっ、むしろ思いの限り舌を這わせ――

「……理樹?」
「はっ!?」

鈴の声で我に返る。
少々熱くなりすぎた様だ、これでは笹瀬川さんにメールを送った相川君と大差ないではないか。
猛省。

「……あの、これは」
「昨日、送られてきたんですわ」

額に手を当てながら、笹瀬川さんは頭を振る。
相当に参っているらしい。
性的な事柄に対する抵抗が全くない彼女のこと。
昨夜このメールを読んだ時は、大層慌てたことだろう。
いや、もしかしたら卒倒したかもしれない。
返信していないということは、そちらの方が濃厚か。
今の大人しさは、昨日の疲弊のせいなのかもしれない。

「今までは取るに足らない普通のメールでしたのに……」

ばっさり切り捨てられた相川君に、僕は同情の念を抱いた。
まぁそうだとは思っていたけれど、ここまで正直に言われてしまうと、さすがに可哀相だった。
逆に考えれば、彼女に存在をアピールできたという面で見れば、今回のメールは効果覿面ということか。
それが、彼の目的成就に近づいたのか遠のいたのかは悩むところだが。

「『もう送ってくんな!』って返せばいいじゃないか」
「まぁそうなんですけれど……私のイメージしていた彼とはあまりにかけ離れていて、何かあったのではないかと思いましたの」

どうやら笹瀬川さんも僕と同じ疑念を抱いていたらしく、拒絶のメールを送るのを思い惑っていた様だ。
確かに、別人かと思うくらいの変貌ぶりだ。
彼の身に何か異変が起こったか、それとも違う誰かが送ってきたとしか思えない。
僕らの考える相川君であれば。

「ですから、彼に事情を聞きに行って欲しい……それが、貴方達に頼みたい事だったんですわ」

『お願いしますわ』と添えて、彼女がぺこりと頭を下げた。
エベレスト並みにプライドの高い彼女が、僕はおろか、鈴にまで頭を下げるなど、驚天動地な出来事だった。
鈴も目を見開いて驚いている。
そこまで参っているのなら、怒ればいいのに。
『最低ですわ、あなたっ!』といつもの様な金切り声を上げながら、相川君を罵ればいいのに。
それが出来ないということは、やはり彼女はとっても優しい女の子であって。
もしかしたら、クドが後1年で5センチ増胸するくらいの絶望的な確率で、相川君を少なからず想う気持ちを抱いているのかもしれない。

「聞いてくるだけで、いいんだね?」
「ええ、真相さえ分かれば、後は私がどうするか決めますわ」

びしっと見据えて返答した笹瀬川さんに、僕は強く頷き返した。
2人を引き合わせた僕らにも、責任の一端はある。
それに、僕自身の目で見極めたいという思いもある。
彼女の頼みを、引き受けようではないか。

「相川君は、変態だったのか……」

雨に濡れた様な、しっとりとした鈴の呟きと共に、ミッションは開始された。








******








「直枝さん」
「よかった、来てくれて。あ、適当に座って」
「わかった」


放課後、相川君は戸惑いを表情に浮かべながら、指定した空き教室へと素直にやってきた。
昼休みの内に会いに行き、呼び出しておいたのだ。
来る様にだけ伝えたので、何用かと頭上にクエスチョンマークを何個も飛ばしている。

鈴は置いてきた。
僕とは違ってあまり乗り気ではなかったらしく――相川君への怯えがあったのかもしれないが――、『鈴は帰っていいよ』という僕の言葉を受け、見事に顔を清かにさせたのは記憶に新しい。
あまり、というよりも、相当嫌だったらしい。
『相川くんは変態』というイメージが固着してしまった様だ。
笹瀬川さんの焦燥ぶりを目の当たりにしたのだ、衝撃は相当のものだったはず。
天敵とも言える相手をそんな状態にさせてしまった相川くんに、恐怖心が芽生えてしまったとしても仕方がないだろう。
まぁ鈴ならその嫌気も内心に留めておくだろうし、相川君の校内イメージが害されることもまずないと思う。
何なら、後で僕がフォローしておけばいいだろうし。
もし仮に、相川君が自らの意思であのメールを送ったのならば。
僕も、本気にならねばならない。
愛の伝道師(自称)として、彼の真意を探り、場合によっては説かねばならないのだから。
そうなった場合、鈴には荷が重過ぎる。
鈴の心が傷ついてしまう。
また、いつかの様に、自らの内に篭ってしまう。
溢れる熱意と、性欲と、そしてあくなきこだわりに太刀打ちするには、それと同等の理解と、熱情を持つ者でなければならない。
最悪の事態を考えれば、鈴を同道させることは出来なかった。

「……それで、何か用?」

まん前のど真ん中の席に腰掛けた相川君が、教卓の前に仁王立ちする僕に、伏目がちに問う。
こんな弱々しい人が、本当にあんな文を書き、あまつさえ想い人に送りつけたというのか?
やはり信じがたい。
しかし、現実として、笹瀬川さんの携帯には、『相川さん』からのメールが受信されている。
『ブルマ姿を拝みたい』という、ある意味で純真な願いが込められた、けれどやはり異様な雰囲気が漂うメールが。

「……昼休み、笹瀬川さんと会ったよ」
「!」
「昨日……メールを、送ったね?」

確認の意図を強めて問うと、ピクリと肩を震わせる。
彼は、自分の携帯から送られた内容を知っている。
そもそもイレギュラーが発生していたのならば、鈴との約束を破ってでも弁解のメールを送るだろうし、そうじゃなければ今日朝一番にでも謝罪しに行っていたことだろう。
今に至るまでそれらがなされなかったこと、そして彼の今しがたの様子から見れば、彼自身が送った可能性は、大分高まったと見ていいだろう。

「……なぁ、直枝さん」
「ん?」

僕が笹瀬川さんと会い、事情を聞いているということはわかっているだろうに、相川君はそれ程慌てた様子もなかった。
むしろ悟りを開いたかの様に薄く笑いながら、頬杖をついて窓の外を眺めている。
もう既に、僕の知る相川くんではない。
彼女の前で失態を冒した場合に、こんな悠長な構えでいられる程、屈強な心臓を持っている人ではなかった。
明らかに、『最悪の事態』に近づいている。
半ば確信に入っている。
本当に、そうなのか……?
相川くん、君は、本当に――

「……笹瀬川さんのブルマー姿って、至高だと思わないか……?」

昼休みから依然として振り続ける霧雨の如く、静かに放られた呟きは、完全に『最悪の事態』が現実と化してしまったことを意味していた。
相川君は、本当に、ブルマが好きで。
頭の中で描いていたであろう、笹瀬川さんのブルマ姿が大好きで。
それを、どうにか自分のためだけに見せて欲しいと、せがんでしまったのだ。

「ソフトボールによって鍛えられた、あのむっちりとした太もも……そして秘部を覆う、濃紺のブルマーとが合わされば、その魅力は無限大、無尽蔵、無際限……それを思うだけで、僕の心は天にも昇る気持ちさ」
「……」
「引き締まった体躯もさることながら、あのツンツンとした笹瀬川さんがブルマを履いてると思うと……はぁはぁ」
「け、けどっ、だからといってあんな馬鹿正直に言っちゃ――」
「我慢できなかったんだっ!」

1人の世界に入り始めた彼を遮ろうと紡ぎだした言葉はしかし、彼の加熱した声色によって逆に防がれてしまった。
息を荒げ、心なしか笑むその様は、どう見ても変質者。
対して仲良くもない僕にそこまで本性を曝け出してしまうということは、彼の水面下にあったはずの欲望が、既に限界を超えていたということでもあるだろう。

「君にだってわかるだろうっ!?あれだけの美女に囲まれているんだからねっ!」

そして相川くんの次の一言は、僕の本音をスバリと射抜いた。
例えば、鈴のスパッツ。
クドのスクール水着。
来ヶ谷さんの紐パン。
そして、小毬さんのぽってりとした体。
彼女らの魅する女体に僕がどれだけ妄想を膨らませ、お世話になったことか。
また、昼休みの小毬さんの尻を思い出した。
脳裏に焼き付けたあの映像を思い返す度に、愚息は瞬く間に歓喜の声を上げる。
けれど、僕のそれは所詮脳内での事。
想像し、心の中だけで彼女の身体を思うがままに揉み、舐め、吸い、弄んで、欲望の液を吹きこぼすだけ。
相川くんの様に、はっきりと願いを告げる事など出来ないのだ。
今日、笹瀬川さんから話を聞いてから、ずっと僕が彼に抱いていた畏怖。
それは彼の異質さを感じていたのは当然だが、それ以上に。
僕の出来ないことを軽々とやってのけたことに対する、ある種の憧憬も含まれていたのだ。

「ほら、君も描いてごらんよ?笹瀬川さんのブルマー姿を……」
「いやっ、違うっ!」
「何が違うというのさ、所詮は君も同じ――」
「ス パ ッ ツ だ っ !」
「っ!?」

酔いしれていた相川くんの笑みが固まる。
それは、彼が絶対神の様に敬っていた『笹瀬川佐々美のブルマ』像に、わずかながらの罅を加えたと見ていいだろう。
どちらも体操着だ、フェイバリッドゾーンが被っている部分は少なからずある。
彼の琴線に触れないはずがない。

確かに、僕はムッツリスケベだ。
優しげな笑顔の裏で、思う存分に彼女らの柔らかな体を揉みしだくことしか出来ない。
相川くんの様に、欲望を口に出すことなど出来ない。
それでも、僕は。
男としてのシチュのこだわりは、決して彼に劣るものではないという自負がある。
笹瀬川さんには、スパッツ。
これに関して、引くことなどできやしない……っ!

「な、何を馬鹿な事を……笹瀬川さんには、ブルマー。これに勝るものは何も――」
「強調されたボディライン」
「!」
「太ももが隠れるせいで一見魅力に乏しいかと思わせるそれはしかし、肌とはまた異なるすべすべとした感触は、何とも形容しがたい高みへと昇らせる」
「や、やめろぉっ!」
「それを身につけるだけでどこかスポーティな雰囲気が醸し出され、ぷにぷにとした太ももであろうとも、それに勝るとも劣らぬ心地よい弾力を可能にする」
「やめてくれっ、これ以上、僕を惑わさないでくれぇっ!」

ぶんぶんと乱暴に頭を振り回して、僕の主張を否定する。
なぁ、もうわかっているんだろう、相川くん?
君は既に、気づいているだろう?
ブルマが絶対唯一のものではないということを。
スパッツのみならず、あらゆるコスチューム、シチェーションがやりようによっては、奇しくも最高級の"萌え"になるということを。

「僕は、僕はブルマーが好きなんだっ!これ程素晴らしいものなど存在しないっ!!!」
「……君は、本当にブルマを愛しているのか?」
「なっ!?……ば、馬鹿にするのもいい加減にしろっ!!」
「じゃぁ、何故君は学校指定のスパッツを拒絶し、あえて"濃紺のブルマ"を選んだんだい?」
「えっ!?……そ、それは……」
「ブルマと言ってもその実、色にしても臙脂、黒、緑など様々あり、そして形状も代表的なもので、旧式のもんぺ型と標準タイプのショーツ型の2種類がある……さぁ、何故君は紺を選んだんだい?そして、形はどんなブルマを望んでいたんだい?」
「ぐっ、う……」

相川くんが言いよどむ。
やはりと言ったらいいのか。
彼には、ブルマの知識が圧倒的に足りていなかった。
僕も『ブルマ通』ではないので大したことは知らないが、そんな自分よりも知識量がないようでは、『ブルマ愛好家』を名乗る資格などありはしない。
無知は人を愚かにする。
どうせ、ゲームか漫画かで軽く見た程度のものだったのだろう。
そんなに甘いものじゃないんだよ、相川くん。
萌えは1日にしてならず!
蔑まれようが罵られようが、萌えにだって積み重ねられてきたものがあるのだよ!

「どう、相川くん?君が至高と言ってはばからなかったブルマですら、様々あるんだ。世界は広い……そして君は若い。まだ、こんな所で安易に踏み止まるべきではないんじゃないかな?」
「な、直枝さん……」
「君がブルマを好きだっていいさ。でもね、『スパッツもまた良いものだ』と認めること。その他も然り。そして、1つだけ取ってみても、その切り口は至る所にあるということ……これらを、もっと考えてみないかい?」
「ぼ、僕はぁっ!」
「いいんだ、わかってくれれば、それで……」

目を潤ます相川くんの手を握って、僕はにっこりと微笑んだ。
正直、何をしに来たんだったか忘れてしまったけど。
今日は、とても良いことをしたと、清々しい気分になった。








******








事件はそれなりの解決を迎えた。
新たな世界を垣間見た相川くんは改心した様で、でもやはりブルマへのこだわりを捨てるつもりはないらしく。
『笹瀬川さんに似合うブルマーを探求しようと思う』。
そう告げた彼の顔は、憑き物が落ちたかの如く、とても爽やかだった。

笹瀬川さんへの報告は、一応オブラートに包んだものとなった。
さすがにおおっぴらに言うのは気が引けるし、彼も望んではいなかった。

『笹瀬川さんの部活してる姿が好きだ』という様なメールを送りたかったのだが、少し言い方を間違えたらしい。

端的に言えば、報告はこの様なものだった。
変なところで鈍い彼女は、やはり憂慮する必要もなくあっさりと信じた。
ぶつくさと文句を言っていたが、やはり部活しているのを褒められるのは嫌ではないらしく、『まぁ、そういうことなら仕方ないですわね』と、いつもの高笑いを上げながらのたまってくれた。
それまでの暗い態度はどこ吹く風。
もうっ、全く調子がいいんだからっ。
まぁそれも彼女らしいといえば彼女らしいとも思う。
結局、これからも2人はメールのやり取りを変わらず続けることとなり、一時はどうなるかと思ったものだが、全てが満足のいく結果となったと言えるだろう。
相川くんにも釘を刺しておいたし。
もうこんな事態に発展することはない、と思いたい。

「あっ、理樹くん〜」
「あれ、小毬さん、まだ残ってたんだ?」
「うん、ちょっと用事があってね」

全てを終え、帰路に着こうとした僕は、昇降口で偶然にも小毬さんと遭遇した。
ちょうど上履きを脱いで靴を履く最中だったらしく、片足を上げていることで短いスカートから覗く上腿部が、大変美しい。
目尻を下げ、努めて優しい笑みを浮かべながら、僕はその部位に目を這わす。
見えるか見えないかのギリギリチョップ。
直接的な性表現よりも危うく、そして淡いその色気は小毬さんにはとても似合っていて、僕の脳からドーパミンがとめどなく溢れ出る。
うん、正直たまりません。

「あっめあっめふっれふっれもっと〜ふれ〜……でもやっぱりちょっと降ってほしくない気もしたり〜しなかったり〜」

微妙に不協和音が混じる鼻歌を奏でながら、傘立てからこれまた可愛らしいカナリア色のそれを取り出す。
そこでまた、昼休みの映像がフラッシュバックし、僕の心に落胆の色が混じった。
でも、そこで僕は1つの決意をする。
とある行動をするための、決意を。

「ねぇ、小毬さん?」
「うん?」

相川くんが今日大事なことを学んだように、僕も色々と気づかされたことがあった。
思っているだけでは、何も変わらないということ。
いくら愛しくても、ときめいていても、それを相手に伝えねば叶うことはない。
僕は臆病だった。
募る思いを内に秘めたままで、彼女にそれを伝える勇気をこれっぽっちも持ちえていなかった。
今日、相川君のメールを見た時。
そして、実際に話をした時。
彼の大胆極まりない行動力に呆れを感じつつも、その率直さを羨ましく思う自分がいた。
僕にはない、何か強い力を感じたのだ。
結局相川くんのそれは、正直すぎたこと、急ぎすぎたことなどから、真の願いは達成することはなかったが。
要は、言い方の問題なのだ。
自らの目的を成すためとはいえ、何も愚直になる必要はどこにもない。

僕にはまだ、きちんとそれを口に出来るほど積極的にはなれない。
相川くんの様にはなれない。
だから、少しだけ。
ほんの少ししか、踏み込めないけれど。
それでも、僕の願いが叶う様に。
大好きな大好きな彼女の――検閲により削除されました――を、いつかは味わえる日を信じて。

「ちょっと、雨に濡れてみない?」

僕は軽い調子で彼女を誘った。
いつもの様な笑いを浮かべて。









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面白かったら押してください。
管理人の妄想が一層膨らみます。

後書きという名の言い訳

・こだわりその1
理樹:ブルマ
相川くん:ブルマー

・こだわりその2
原作の小毬のパンモロシーンは、パンツではなくむしろ半脱ぎのスパッツこそが本命であり珠玉。

どう考えても全年齢。
どう考えてもドシリアス。
けれど世の中そうは思っちゃくれないのが、何とも世知辛い。
仕方ないので、情報サイトの紹介文だけシリアス調に書いてみました。



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