お題『鈴が古式さんとコスプレ撮影会をする』


 恭介には、後で鉄槌を下さねばなるまい。
 卒業生のお前が何で首突っ込んでんじゃぼけーと悪態をつきながら、鈴は休憩室代わりの教室に入って、窓際の席に倒れこむようにして腰かけた。十分に予想していたはずだったが、疲労は思いの外濃い。休憩のお供にと、余ったクッキーやらポテトチップスの詰め合わせを貰ったものの、口に入れる気力すら湧かなかった。
 午後の部がまだ残っていることを考え、鈴の気持ちはさらに落ち込んでいく。うざったく感じていたカチューシャを、募る苛立ちと一緒に机に放り投げる。ついでに着ているメイド服も脱ぎ散らかしてやろうかと思ったが、さすがに借り物をぞんざいに扱うのは気が引けて、鈴はとりあえず、うがーと叫んだ。
 文化祭のクラスの出し物が喫茶店に決まった時までは順調だった。見知らぬ人と接するのは得意ではなかったが、そこまで厳しく接客術を求められるものでもないし、鈴もそのくらいならいいかと大して問題には感じていなかった。
 しかし恭介の出現によって、事態は思わぬ方向へと進んだ。就職し、日々多忙を極めているはずの恭介はなぜか日中――LHRの時間に合わせて――来校し、そしてクラスに瞬く間に溶け込み、企画を打ち出した。

「ただの喫茶店ではつまらん。撮影アリのコスプレ喫茶だ!」

 このクラスに入ってしまったのが運の尽きだったのだ。
 一人、理樹達とは別々のクラスになってしまった時から常々思ってはいたが、この時鈴はその気持ちをさらに強めた。元々そういった素養を持っている人間が集まってしまっていたのか、恭介に洗脳されたのかはわからない。男子はともかく女子からは反対の声が上がってもおかしくなさそうな案にも関わらず、恭介の一声により一瞬でコスプレ喫茶で確定してしまった時、鈴は卒倒しそうになった。
 高校最後の文化祭は終わった。きっといい想い出にならないだろう。
 そんな思いに駆られた一ヶ月だった。それは概ね正しかった。ただ一つ予想が外れたことと言えば、新しい友人ができたことだった。

「お疲れ様です、棗さん」
「……タイミングでも見計らってたのか?」
「何のことでしょう?」
「いや、何でもない」

 何でもないからこっち来い、と鈴が手招きすると、みゆきは頷いて、鈴の隣の席に腰掛けた。みゆきのコスプレは、鈴の紺色を基調としたロングスカートタイプのメイド服とは違い、青を基調としたメイド服で、スカート丈も短い。椅子に座るとみゆきの脚はほぼ露になり、余計にスカートの短さが際立った。

「みゆきの服、エロいな」
「最低ですよね、これ。アニメだかゲームのコスプレらしいんですけど」
「青い髪のカツラつけてるのも、その原作に合わせてるのか?」
「ええ。眼帯してるキャラクターらしくて、『古式さんにぴったり!』とか他の皆さんが騒いで
ましたよ」
「知らんがな、そんなん」
「全くです。勘弁してほしいです」

 嫌らしい視線に晒されて私はうんざりしてるんですが、と溜息を吐くみゆきに、鈴はだよなぁと頷いた。
 コスプレ喫茶に大絶賛したクラスメイト達をよそに、「やってられない」と斜に構えたのが、鈴とみゆきだった。熱を入れる者と冷める者というのは見た目で判断できるようで、鈴とみゆきは必然的に共に行動するようになった。
 それ以来、心の中だけに留めていた鬱憤を、傍目では教室の端でしっかりと喫茶店の装飾作りに励んでいるようでいてその実、愚痴やら文句やらを延々喋り続けることで発散するのが常となった。鈴が理樹や小毬に泣きつかずに済んだのはみゆきのおかげと言えたし、みゆきが一人クラスの中で孤立することがなかったのは鈴のおかげだった。互いに人見知りする性格であったがゆえに今までこれといった交流はなかったが、つかず離れずの距離感を好む二人はすぐに仲良く
なった。自分がきつい性格をしていることを自覚し、クラス内では疎まれぬようにと苦笑いして逃げることを続けてきた鈴にとって、素直に本心を曝け出せるみゆきは、色褪せてばかりだった三年目の高校生活の中でようやっと築けた大切な存在だった。

 

 

 

 




    
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