お題『ヤンデレもので。嫉妬とか修羅場とかあるとグー。ただし理樹×ヒロイン』


 直枝さんと鈴さんが付き合ってるとか、何とか。
 そんな事実を知ったのが数か月ほど前のことでしたね。付き合い始めたんだと鈴さんの口から聞いた時、それが自然な形なような気がすると、その関係を素直に受け入れたのは私らしい行動だったのだと思います。まぁ付き合いましたとか言っておきながら、お二人がてんで今までと変わらなかったので、その関係自体を気にする必要がなかっただけなんですけれ
どね。
 一ヶ月ほど前のことでしょうか。そんなお二人だったので、てっきりプラトニックなお付き合いをしているとばかり思っていたのですが、交際当初から、夜な夜な鈴さんの部屋で乳繰り合っていたと聞いた時は驚きました。何て演技派なんだ、と思いました。「純粋そうな顔しておきながら裏ではドエロとか、あんたらどんだけー」という、エロトーク大好き三枝さんのツッコミは激しく的を射ていたと思います。まぁそれよりも、その時の直枝さんの慌てぶりと赤面っぷりと、そして本当に喋っちゃう正直っぷりは面白かったです。可愛かったです。「やることはやってるんですね」という私の一言で首まで真っ赤にされた時に
は、ぶっちゃけ危なかったです。ジュンジュワーでした。
 話が少し逸れました。そんなこんなで幸先の良いスタートを切り、未だ円満に交際を続けている二人ですが、私たち、リトルバスターズの女性陣には、ちょっとしたドラマがあったりしました。最終的には笑顔で物語は幕を閉じたものの、最悪降りた幕はスプラッタームービー的な何かか、もしくはもっと粘っこい透明な液体でびしょ濡れになっていたかもしれません。誇張ではありません。本当です。マジです。
 それで。私もどちらかといえば涙を流す側で、それなりにショックではあったんですが、私よりも激しく衝撃を受けた方がいたということもありまして、そんな方々を見ている内に、自然と一歩引いた立場になっていました。それは冷静になったというのもあるんでしょうけれども、恐らく一番の理由は、私の中で直枝さんに対する気持ちが、恋というものの形をまだ取っていなかったからなのだろう、と今になって思います。
 そもそも恋というものがわかっていませんでした。小説に書いてあったみたいにドキドキしなかったし、胸がきゅんきゅんしたりきゅうきゅうしたりもしませんでしたし。ただ漠然と、「直枝さんと一緒にいたら楽しいですー」くらいの気持ちでしかなかったので、ショックだったのも「直枝さんと二人で読書とかできなくなるぜちくしょう」という寂しさぐらいなものでした。エロトーク大好き葉留佳さんとか、犬コロ大好き能美さんみたいに、「好きだったのになぁ……言っちゃったあと泣けてきた」みたいなことにはなるわけありませんし。結局のところ、「直枝さんと一緒にいれるなら何でもいいや」という結論に至る事で、私は容易くショックを乗り越えたのでした。乗り越えたはずでした。
 人間というものは、どうして失ってからでないと気づけないのでしょうね。いいやと切り捨てたはずの時間が、私にとってどれだけ有意義で、幸福なものであったのか。彼との些細な、けれども確かに存在していた二人だけにしかなかった触れ合いが、どれだけ私に安らぎを与えていたのか。当時の私には、そんなことわかりもしなかったのです。
 気持ちが膨らむ、という表現が正しいのでしょう。日々を追うごとに、私の中で直枝さんの存在は大きくなっていきました。一日のほんの少しだけしなかった二人だけの時間を、私は取り戻したくなっていたのです。直枝さんのことを考える時が多くなりました。生涯共に在ることを誓った片割れが「それは恋よラヴよフに点々じゃなくてウに点々の方よそこしっかり注意
して何はともあれゴーゴーゴー!」とか言ってくる夢も見るようになりました。渇望、と言っていいくらいに、私は直枝さんを求め始めていたのです。
 「しつこい女は嫌われますよ」なんて溜息をブレンドしながら三枝さん達を説得していた私の方がしつこかったのです。女々しさ大爆発です。季節外れの花火を鼻歌混じりにやって盛大に泣いたり笑ったりして、あとはきれいさっぱり吹っ切れた三枝さん達の方がずっとずっと大人だったんです。

「私はまだ、大人になれそうにありません。であるならば、子どものようにわがままに、自分の望みを叶える為に駄々をこねるのも一考かと思うのです」
「……それを、何であたしに言うんだ?」
「鈴さんに、ラヴファイトをしかけようかと」
「なんだ、その背中がむず痒くなるような戦いは」
「私が今考えました。つまり、まぁ、奪おうかなと」
「物騒だな」
「恋に情けは何とか、と言いますし」
「……それで、理樹はどこにいるんだ?」

 お前が連れていったのはわかってるんだ。
 鈴が底冷えする声で訊ねると、美魚は小首を傾げて言った。

「どこにいる? 鈴さんには見えないんですか?」
「どういうことだ?」
「直枝さんなら、そこにいるじゃないですか」

 そう言って、美魚が指差したベッドには、微動だにしない、人一人分程の膨らみがあった。

 




    
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