――雨の音が聞こえる。
 今も身体から命の熱が失われていくのを感じながら、あたしの意識はゆっくりと浮上した。
 右目の瞼は重くて、薄く開くだけでもかなりの労力を要する。
 眠くて仕方ない。けれどもし再び閉じてしまえば、二度と目覚めることはないだろう、と、漠然と思った。
 徐々に覚醒へと近付く頭が、緩やかに現状を把握し始める。降り続く激しい雨で全身は濡れ、それと一緒に、赤い液体もまた土に流れ染み込んでいく。いったいどれほどこのままでいたのか、時間の感覚も定かではなく、痛みも、音も、全てが遠い。力を入れたはずの右手はぴくりとも動かず、地面に伏せた左目はどうしたって開きそうになかった。
 腰から下は、豪雨による地盤の崩壊で雪崩れてきた土砂に埋もれている。背後を見上げる気力も残っていないけど、恐らく崖の上はごっそりと削り取られたような状況になっているんだろう。凄まじい質量のそれに巻き込まれて、まだ生きているのは奇跡的だ。もっとも、そんなこと僅かな希望にもなりはしない。小石で切ったらしい額からの血は頬を伝い落ち、それより遙かに深い肩と脇腹の傷は、着実にあたしを死へ歩み寄らせていく。
 ……冷たい。心まで凍えて、抗う気持ちも奪われそうになる。



でも――



 夢を見た。
 眩しくて、温かくて、愛しくて、どうしようもなく幸せな、ずっと欲しかったはずの日々に触れる夢を。
 友達も、学校も、恋も、何も知らないあたしが、それでも精一杯駆け抜けて、辿り着けた。
 大好きな人の顔は思い出せない。でも、本当に大切なことだけは、ちゃんと、忘れずにいる。
 それこそが、あの優しい世界であたしが得たものだ。泣いて、笑って、はしゃいで、怒って――みんなと一緒に『生きた』記憶。たったひとつのわがままを、あたしは叶えられた。だからもう十分だった。十分な、はずだった。



――どうしてこんなに、まだ生きていたいって思うんだろう。



 大粒の雫に混じって、微かに開いた右目から涙が溢れた。
 その熱で、生を実感する。尽きかけた体力では嗚咽を漏らすこともできなくて、声を上げず、表情も変えられず、誰にも知られないまま静かに泣いた。
 お父さんは、どうなったろうか。監督は、他の人達は。何もかもわからない。みんなが土砂崩れに巻き込まれたのなら、救出はまず望めないだろう。元よりこんな山奥だ、希望なんてものはないと、冷静なあたしは理解している。
 無理だ、と誰かが囁いた。そうね、と心の中で呟く。
 奇跡でも起きない限り、救われない。あたしひとりで、どうにかなるわけがない。
 だけど――だけど、死にたくなかった。身体が動かせなくても、酷い現実の中で立ち上がれないほど痛めつけられているんだとしても、できることはある。ほんの少し可能性が残っているなら縋りたい。徒労に終わってしまっても、構わない。
 無様に足掻いて、最期まで、あたしは『生きて』いたい。

……、ぇ

 大きく息を吸う度、お腹の辺りで激痛が響いた。
 肺が傷付いてしまってるのか、細い、声とも言えない微かな音しか出ない。
 くるしい。つらい。らくになりたい……痛みを得た意識が、弱気になって逃げ道を探し出す。
 そんな自分を抑え込み、あたしは右手の指に力を込めた。情けないくらい鈍くではあるけれど、動く。じり、と砂利を擦り、どろどろの土を握り締めるようにして踏ん張る。濁った咳と共に、口端から血がこぼれた。

……け、

 大人しく死ぬことが運命だと、誰も決めてはいない。
 かけがえのない思い出を、たくさん、たくさんもらって、それで本当に満足できるなんて嘘だ。もっと多くを願ってしまう。何もなかったあたしは満たされて、満たされたからその温かさを知った。

 ……だったら、当然じゃない。幸せになりたいって、考えるに、決まってるじゃない。

 喉に粘つく液体が絡まる。もう一度咳をして吐き出すと、ほとんど麻痺した舌が鉄錆の味を捉えた。
 ありったけの気力を振り絞り、あたしは声を張り上げる。繰り返し、繰り返し、叫ぶ。初めは雨音にさえ掻き消されてしまう程度の、か弱いもの。言葉にすらならない声で、どこにも届きそうにない声で、祈る。

す、け……っ

 お願い。
 誰か。

「た……すけ……て……!

 わたしを、
 みんなを、



「たす、けて……ぇっ!」



 ――ふと、土を踏む音が耳に入った。
 それは何より鮮明に、雨にも消されることなく、あたしのすぐそばまで近付いてくる。
 大丈夫か、と問われた気がした。けれど返事をするだけの力はなくて、代わりに泥で汚れた手を声がした方に伸ばそうと試みる。でも結局ほとんど動かず、まだ辛うじて生きていると証明することしかできなかった。
 おもむろに手指を包まれる。忘れかけていた、人のぬくもり。冷え切った身体に足りないその熱を感じ安堵した瞬間、急激に意識が遠ざかる。

 間に合わない、かもしれない、けど。
 わたしが死んでも、他のみんなが……誰かが助かるのなら、いいや、と思った。










 夜半から降り始めた豪雨は、数時間前の時点で予見されていた。天候の変化と共に警戒態勢に入った山岳救助隊は、別件で出動し遭難者を救助。その途中、隊員の一人が森の奥から発された弱々しい声を聞き、土砂崩れの現場を発見した。事態を重く見た隊員が応援を要請、助けを求めていた少女がまず救出され、後に生き埋めとなっていた他数十名も、順々に病院へと運ばれた。怪我人の状態は一様に酷く、治療の甲斐なく数名が死亡。だけど最も重傷だったあたしは奇跡的に一命を取り留め、一ヶ月弱もの間、昏々と眠り続けていた、そうだ。全て目覚めてから教えてもらった話である。
 困惑するあたしに色々と語り聞かせてくれたのは、一週間ほど前にようやく歩けるようになったという父だった。比較的負傷者の中では軽い方だと言っていたけど、椅子の近くには松葉杖が立て掛けられていて、右足にはぎっちりとギブスが巻かれていた。とりあえず、退院まではまだしばらく掛かるらしい。それでも、全然動けないあたしの話し相手になってくれるのは、本当に有り難かった。

 二次災害が起きる可能性はなかったわけじゃない。けれど最悪の事態を想定しながら、隊員の人達は極めて迅速に救助活動を進めた。もしあとほんのちょっとでも遅れていたら、あたしはこうして病室の白い壁を目にすることもなかっただろう。
 肋骨と両足、左手の骨折。鋭い岩か何かで切った肩口の傷。脇腹には小さな穴が開き、内臓は破裂。何より出血量が酷く、冬の雨に長い時間打たれていたのもあり、極端に体温が下がっていた。
 輸血と傷の縫合、折れた骨の固定はどうにか無事に終わったが、外気に晒された傷口からは細菌が入り込み、例え一時的に保てたとしても、感染症で命を失う公算が高い。多く見積もっても助かる確率は五パーセントに満たないと、医師は意識を取り戻した父に告げたという。
 だからだろう、目覚めて最初に見た父が、年甲斐もなく顔を歪ませて泣き出したのは。シーツに伏せてくぐもった嗚咽を漏らしていた父の身体は、どこか小さく思えた。

 峠を越えたといっても、あたしが死にかけたのには変わりない。二ヶ月経っても自力で上半身を起こすことすら儘ならなかったし、自由に動かせるのは右手と首くらい。誰かの手を借りなければご飯も食べられず(点滴で栄養補給されるのに比べれば遙かにマシだろうけど)、例え世話をしてくれる看護師さんが女性だとはいえ、トイレすらまともに行けない自分はとても情けなかった。
 骨が完全にくっついてから、一日に数回、あたしのものじゃないような手足を看護師さんはそっと持ち上げてほぐしてくれた。さらに月日を重ね、車椅子に乗れるようになると、天気のいい日には父が病院の庭まであたしを連れていく。元気良く走り回る無邪気な子供を見つけては、またあんな風になれるかな、と心の中で幾度も呟いた。
 寝たきりで退化した筋肉は徐々に取り戻していけたけれど、両足だけはそうもいかなかった。折れた骨が神経を傷付けていたらしく、ギブスが取れてからも、ベッドに投げ出された足はぴくりとも動かない。冗談みたいに細くなった、今はただの棒でしかないそれは、随分軽くなった今のあたしの体重さえ支えられないだろうと思う。
 でも、一生歩けないままでいいなんて諦める気はさらさらない。医師はリハビリ次第で回復すると言っていた。全て元通りとはいかないまでも、日常生活に復帰できる程度にはなるはずだ、と。

 そこから、あたしの戦いが始まった。

 退院した父は、約束通り恩師の診療所を継いだ。あたし達の入院費用まで援助してもらっていたんだから、本当に頭が上がらない。父が病室を訪れる回数は激減したけど、暇を見ては顔を出しに来てくれた。
 初めは病室の中。ベッドの手すりに寄り掛かり、意思の通わない足を何度も叱咤した。しばらくは車椅子で動き回る日々が続く。……これまで当然のようにできたことができないというのは、想像していた以上に辛く、苦しい。込み上げる激情に負け、夜に枕を濡らしたこともあった。
 たった数秒、何にも掴まらず立ち続けるようになるだけでも、二ヶ月を要した。先の遠さに眩暈を覚える。けれど成果を得たのも確かで、小さな希望が見える限り、あたしは頑張っていられた。
 杖を借り、ほとんど腕の力だけで歩き回る。廊下の壁に上半身を預け、歯を食いしばって膝に体重を掛ける。
 汗で手が滑って、数え切れないほど転んだ。肌に擦り傷を作っては、病院で怪我しちゃ世話ないよ、と看護師さんから小言を向けられた。それでも、あたしは足掻き続ける。
 もう奇跡は必要ない。あたし自身の力で、欲しいものを、大切なものを、ちゃんと引き寄せてみせるから――。

「く、ぅっ……! はぁ、はぁ……あ、あるけ、た」

 リハビリを始めてから一年。ようやくあたしは、自立歩行ができるようになった。
 まずは数歩分。少しずつ距離を増やし、最終的には病室の中を、短い間ながらも自由に歩き回れる程度まで持ち直した。
 あの時の喜びは、筆舌に尽くし難い。病院でなければ、あたしは叫んでいたかもしれない。それくらい嬉しかった。
 そうしてようやく退院することが叶い、迎えに来てくれた父に連れられ、恩師から受け継いだ診療所にあたしも住み始める。リハビリはそこでも続けた。住居内に階段がなかったのは幸いだった。
 穏やかな毎日にも慣れてきた頃、あたしは父にひとつのわがままを言った。もし――もし走れるほどまで回復したら、学校に行きたい。それは決して容易でないとわかっていたけど、本当はずっと昔から、願っていたことでもあった。薄々は父も感じていたんだろう。ちょっと待っててくれ、と席を外し、しばらくして戻ってきたその両手は、大量の教材を抱えていた。

「私はここから離れられない。でも、あやが行きたいと望むなら、できる限りのことをしよう。したいようにするといい。やりたいことをやるといい。だから、」

 ……がんばれ、あや。
 そう口にした父の前で、泣きながらあたしは何度も頷いた。

 勉強とリハビリ、ふたつを同時にこなしていくのは大変だったけど、とても充実した日々を過ごせていた。時折診療所の手伝いをしながら、独学で山と積み上げた教科書や参考書の内容を頭の中に叩き込む。小枝のように細かった足は、定期的な運動のおかげで徐々に筋肉を取り戻していった。
 不可抗力とはいえ病室に篭もり切りでいた所為か、昔と比べて肌の色は随分白い。何となく、日焼けしているよりは女の子らしいんじゃないかと思うので、不健康そうとも取れるその見た目も嫌ではなかった。
 行きたい学校が決まったのは、梅雨の時期だった。どこがいいだろうかと色々な資料を眺めて迷っていたあたしは、ある時ふと目に留まったひとつの学園に、妙に心惹かれた。どうしてかはわからない。ただ、すごく懐かしいような、愛しいような、そんな気持ちになった。

「お父さん。行きたいところ、決まったよ」
「どこだい?」
「ここ。全寮制だから、入学したら向こうに住むことになるけど……」
「全寮制か。あやは一人で……いや、大丈夫だろうな。よしわかった。申請をしておこう」

 中途入学であっても、当然適正試験は受けなければならない。
 一応、これも受験の範疇に入るんだろう。初めての経験だ、試験日が迫るにつれ緊張の度合いは増していく。
 きっと平気、何とかなると自分に言い聞かせても不安は拭い切れず、そんな気持ちを振り払うつもりで、睡眠時間を削り勉強に費やした。
 学園に足を運んだのは、六月の頭。休日の校舎は意外と賑やかで、通りがかる制服姿の生徒達にちらちらと視線を向けられて、正直ちょっと恥ずかしかった。
 肝心の手応えはというと、あたし的にはそれなり。必死になった甲斐はあったと思う。
 帰る直前、正門で振り返る。見かけた女子生徒と同じ制服を着てここに通う自分を想像し、心が躍った。

 一週間ほどで合格通知が来た。そう、合格。
 父と二人ではしゃいで、足を滑らせてテーブルの角にしたたか頭をぶつけた。あんまり痛くて涙が出たけど、それにも構わず一緒に喜び続けた。嬉しい。嬉しい。これで学校に行ける!
 編入は九月から、つまり夏の間はお預けってことになる。手続きやらを済ませてすぐ通い始められるとしても、あたしが入る予定のクラスも含め、二年生は修学旅行で何日か学校を空けるらしい。戻ってきたらさほど間を置かず期末テスト、返却期間を挟んで夏休みだ。確かに、中途半端な時期に混ざるよりは休み明けからの方がいいだろう。長い猶予があると考えればいい。授業に付いていけるかどうかはまだ微妙に不安だったので、丁度良かったのかもしれなかった。



誰か……誰でもいい……鈴と、理樹を、救ってくれ……っ!



 幾日かが経ち、布団の上で微睡んでいたあたしは、酷い、胸騒ぎを覚えた。
 記憶の奥底がざわめく。耳を打つ雨音と、心臓が軋むような切なさ。
『なにか』が響いた気がした。けれどそれはあまりにも小さく、微か過ぎて聞き取れない。いつしか眠りの淵に沈んだ意識でその発生源を探してみるも、何となくあたしは決して『そこ』に辿り着けないという予感があった。……『今』のあたしに、干渉する権利はない。だから、結局結末を見届けられなかったあの優しい世界の終わりが、幸せなものであるようにと祈るしかなかった。例え、そんな風に感じたことさえ忘れてしまうのだとしても。

 ――数日後。
 父に手渡された新聞で、あたしは『彼ら』が巻き込まれた事故とその顛末を知った。
 不思議と、自分のことのように嬉しかった。










 そして、九月の終わり。
 事故の件もあり少しばかり延びていた転入は、入院していた生徒がほぼ全員戻ってきたのに合わせて進められた。
 寮へ荷物を運び、諸々の手続きを済ませて当日、どこか懐かしい制服に袖を通したあたしは、これから担任となる先生に連れられて教室を目指す。
 外からでもわかる騒がしさ。先生が全くしょうがないなというように苦笑したのが見え、緊張の度合いが高まった。上手く、溶け込めるだろうか。『ともだち』はできるだろうか。変な子だと思われないだろうか。半開きの引き戸の向こうに、まだあたしの存在を知らないクラスメイト達がいるのかと考えるだけで、心臓が早鐘を打つ。らしくない、と心中で呟いても、期待と不安がない交ぜになった気持ちは治まりそうになかった。
 先生の手が、引き戸に触れる。あたしは何度も頭の中で自己紹介の練習をしたことを思い出し、そっと深呼吸をした。大丈夫。いける。踏み出した足は、かつてぴくりとも動かなかったというのが嘘みたいに、あたしの身体を前へ運んでくれた。
 教室に入ってきたこちらを、示し合わせたかのようにみんなは一斉に見つめてくる。……うわ、どうしよう。頭、真っ白だ。
 ごくりと唾を飲んで顔を上げると、教室の奥に座っている一人の男子生徒と目が合った。童顔の、ともすれば女の子に見えなくもない男の子。どこかで――どこかで、会ったことがあるような、気がする。



 ――昔、少しだけ日本にいた頃、一緒に遊んだ男の子のことを、あたしはよく覚えている。
 もしかしたらまた会えるだろうかと、十数年ぶりに見た冬の空を眺めながら、あの時は叶いそうにない淡い期待を抱いた。
 年月が記憶を薄れさせ、今となってはどんな顔をしていたか、はっきり脳裏に浮かべられなくなっていたけれど、きっと目にしたらすぐわかる。運命とか奇跡とか、そんな綺麗なものじゃなく、擦り切れてぼろぼろになるまで読み返した漫画と同じ、彼もまたあたしにとっては、憧れた青春の象徴だった。だからこの気持ちはたぶん、渇望だ。

 いつか出会って、そして、あなたに――




 交差した視線が離れ、あたしは我に返った。これまでとは別種の高鳴りが、胸の奥で響いている。
 それはきっと、確信だ。世界で一人、あたしだけが見つけられるもの。あたしだけの、青春。



始めよう。



 先生に促され、チョークを手に取る。
 少し字が崩れちゃったけど、ちゃんと書けた。
 あたしは静かに息を吸い、ゆっくりと、歌うように、告げる。



――ここから、新しい恋の物語Love Songを。










注:もしも余韻を感じていただけているならば、ここから先のあとがきは蛇足なので回避した方がいいかもです。










 あとがき


 朱鷺戸沙耶シナリオというのは、彼女が本編で言っていたように、どこまで行ってもバッドエンドです。虚構世界でループを繰り返す彼らリトルバスターズのメンバーにとって、ハッピーエンド=誰も死ぬことなく『終わり』に辿り着くことであるならば、おそらくですが、彼女の物語はその範疇に入らないでしょう。
 本編から推測できる情報を集めると、どうしても彼女は生きていないように思えます。どういった経緯でイレギュラーとして虚構世界に入れたのか、その辺りは定かではありません。ただ、終盤の言動とエンディング――『Saya's Song』を聴く限り、覚めない夢こそが彼女にとって唯一の救いなんだ、と、そんな過酷な現実を突きつけられている気がしたのです。
 ……ということで、目指せ沙耶さん生存の道。誰もが考えるテーマでしょうが、これは私なりに考察し、頭を悩ませた結果です。ちょっと解説要りそうな内容になっちゃったので、解り難い部分を軽く。
 まず大前提として、虚構世界に干渉した当時の、現実の『あや』は、理樹君達よりも年下と設定しています。自分のところの一行掲示板でぽろっと呟いたんですが、沙耶さんシナリオで、彼女が如何にして虚構世界に入り込んだか、おおよそみっつの仮説が打ち立てられるんですよ。まず、marlholloさんが考察していたように、未練を残した霊的存在(要するに幽霊)だった、というもの。次に、Kanonのあゆが一番例としてはわかりやすいでしょうか、生きてはいるけど意識不明だ、というもの。そして最後に、過去から意識だけが飛んできていた、というもの。前者と中者は「同じ時間軸に意識がなければいけない」制約がありますが、後者だけは「時間の制約がない」、つまりいくらかのズレを許容する、みたいな考えです。
 さて、本編内『あや』のパートを読めばわかりますけど、土砂崩れが起きた時、雨が降っています。リフレインの修学旅行、虚構世界から抜け出した理樹君と鈴が見る景色は、木漏れ日があるので晴れ。このことから、両者のシチュエーションは全く違うことが判明しますよね。つまり、歩いて行けるほどの近場ではないわけです。
 ……これで選択肢が一気に狭まり、正直、すっごい悩みました。どうしたって、無理のある解釈になってしまう。読み手は許容してくれるだろうか、こんなん無茶苦茶だろと言われないだろうか、なんて思い、色々と案を模索したんですが、結局、意識のみの時間移動、という手段に頼ることに。勿論恭介にそんな力はありませんから、ここは安易な奇跡と割り切ってもらうしかありません。また、手遅れになる前に救助されるかどうかも実際はかなりの賭け。というか、有り得ない。十中八九助からないだろうなぁ、と書きながら苦笑してました。
 具体的な時間とかは全部私の勝手な想像ですので、変なところの方が多いかと思います。例えば中途入学試験は普通学期が変わる頃、秋辺りにやるもののようですし、リハビリはもっともっと大変なものでしょうし、神経損傷と麻痺のメカニズムに関してなんかもかなりアバウトに済ませちゃってます。そんな穴だらけなおはなしですけど、本当に、本当に彼女が掴みたかったはずのものは何だったのか、それをずっと考えて、考えて、ようやく書き切りました。それだけでも、私は私を褒めてやりたいです。
 そっちの方が沙耶さん的にはいいだろうなと同じクラスに編入させてみましたが、本編順守で別のクラスでもいいかもしれません。その辺の匙加減は皆さんそれぞれ違うでしょうし、私も気まぐれに変えていくことになるかと。
 しかし、これから沙耶さんSSを書く場合、一番ネックなのは名前だよなぁ。教えて麻枝さん!

 タイトル元は、Key Sound Lavelの『Love Song』より表題歌。内容に歌詞との関連性はないんですが、もし手元にあるならば『そして物語が終わる』と『Love Song』を通しで聴いてみてください。
 何故『Love Song』が『そして物語が終わる』の後に置かれているのか、沙耶さんシナリオと照らし合わせてもう一度読んでいただけると、見えてくるものが増える、かもしれません。

 ではこんな感じで。マーさん、毎度お世話になってます。精一杯の感謝を込めて、神海心一でしたっ。
 


index



何かあったらどーぞ。


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