若干の性描写あり。
苦手な方は戻ることを推奨します。























  眼の奥がチカチカと瞬いた。込み上げてくる衝動と共に、熱く屹立したそこから精が吐き出されていく。上り詰めたのは一瞬で、強烈な快感が治まると、脈打つ陰部がやけに煩わしく感じる。ゆるりと絡みついてくる女のそれは心地よいが、一度事を終え全うな冷静さを取り戻した今は、誰か来やしないだろうかという不安が先立つ。余韻を噛み締める様な長い吐息が耳をくすぐるのも、そこはかとなく焦りを増長させる。
 そんな俺の懸念など知る由もなく、ふぅふぅと息を整えつつ、彼女は首に絡めていた腕を放し、俺の頬に両手を添え、にこりと笑う。汗ばんだ頬に張りつく髪の毛はともすれば健康的に見えるが、恥じらいもせず俺の目の前に露出されている程良く膨らんだ乳房のおかげで、その様相はひたすらに淫靡だ。

「棗くん、よかった」

 やっぱり俺の気持ちなど気づく事もなく、くしゃくしゃな笑顔を浮かべて、彼女は鼻から息を漏らすように言うのだった。





変わらぬ君


written by marlhollo



 

 コンドームとウェットティッシュを制服の内ポケットに入れる癖がついていた。朝部屋を出る前に、ハンカチ、ポケットティッシュと一緒に、それらを持ったかどうかも確認する。朝の爽やかな空気には相応しくない物品ではあるが、当時の俺にとってはその二つを持っているかのチェックは、毎日の習慣と化していた。もし所持が見つかる様なことがあれば、指導室行きはないにしても、眉を顰められるくらいのことはされただろうが、この学校は自由と言うか放任というか、生徒の規律に関して教師陣の目は意外な程に甘かった。むしろ生徒が運営する風紀委員の方が厳しいくらいだったが、バレない様にする自信はあったし、バレたらバレたでその時だという覚悟にも似た気持ちがあった。むしろきちんと避妊具を常備しているのだから、昨今の青少年の性行動事情から考えれば褒められるべきだ、ぐらいに考えていた。彼女と寮長室でしている事の方が問題なだけに、俺はその程度の事にはビビりすらしなくなっていた。
 寮会員は一応各クラス毎に数名選出されてはいるのだが、それは有事の際に借り出される人員なだけであって、寮長室の仕事は基本的に寮長と有志のお手伝い、つまり俺と彼女がこなしていた。しかし、とかく寮長というのは忙しい身分なようで、寮長室を空けることも多い。いる方が珍しい、という程外に出ているわけでもないが、数にしてみれば半々くらいだ。そうすると当然、寮長がどこかへ行かなければならない日は、残っている事務作業は俺らに一任される。本来ならば寮長がすべき仕事なのだが、元々寮長達の負担を緩和させるために俺達の様な存在がいるのであって、また、そうして仕事を残していくというのは、俺と彼女がきちんと本来の作業もこなしてくれるからこその信頼とも言えるのだが、まさか二人きりになった寮長室であの様な事をしているとは、思ってもいなかっただろう。俺だってあちら側の人間なら、邪推など一切しないはずだ。それくらい、俺たちはおかしな事をしていた、ということだ。
 
「じゃ、棗くんはそっちお願いね」
「了解した」

 二人きりになっても、最初は何事もない様に仕事にかかる。あちらにかまけて任された仕事を疎かにするなどということは、あってはならない。先にやる事はやってしまおうという暗黙の了解が、俺と彼女の間に出来上がっていた。実際あっちの方だって三十分そこそこで済むし、大概は全てを終えても時間が余って茶で一服するくらいの余裕が出来るのだが、面倒くさいことは早く終わらせてしまうに越したことはないと思っていたので、この段取りに文句をつける気はなかった。『やっぱりお楽しみは最後に取っておくべきよね』という、いつか聞いた彼女の言葉が記憶に残っていたのも、そう思わせる一因となっていたのかもしれない。
 仕事が終え、後片付けも済むと、俺は頬杖をついて窓の外を見たり、茶を飲んだりする。彼女もやる事を終えれば、ひとまずは同じ様に小休止に入る。部活連中の怒号の様な声や茶を啜る音を耳に入れながら、短い時間とは言え、穏やかな午後の一時を過ごす。
 「どうする」とも、「今日は」とも俺は言わないし、誘う素振りを一度としてしない。別にそれはあっちから誘ってくるのを狙っているとか、そんな計算めいたものではなくて、それが俺たちの流れなのだ。
 俺はその時が来るまで、ぼぉっとしている。そうしている内に、彼女の方が、椅子ごとそっと隣に寄ってくる。そして、机に置いた俺の手を握ってきて、手の甲を指の腹でつつ、と手根骨に沿う様に滑らす。何度も何度も、それを往復する。それが彼女の癖なのかは知らないし、何が楽しいのかもわからないが、俺は間近で感じる彼女の吐息に少しばかり緊張したり、くすぐったいのを我慢しながらも、好きな様にさせておく。そうして、彼女は満足するくらいにそれをした後、耳元に顔を寄せてきて呟くのだ。

「しよ?」

 決定権はいつだって、彼女に委ねていた。





 何で俺たちはこんな事をしているのか。
 最中に、よくそんな事を考える。彼女が上手いのか俺が早いのかはわからないが、集中しているとすぐにでも気をやってしまいそうになる。愛撫を受けている時も、交わっている時も。だから、いつも何か快感から遠ざけられるものはないかと探している。腰を振りながら無意味に時計の秒針を目で追うこともあるし、いつ付いたのかもわからない床のどす黒い汚れをじっと見つめたりする。考え事も、その中の一つだった。
 きっかけは、作業をしながらふと始まったエッチな話だった。友達が彼女とどうたら、私の友達でももう何たら、とか。中高生くらいならば否応にも盛り上がる、そんな話題。当然俺と彼女もそういう事には興味があったから、知っているネタを時には面白く、時には生々しく、雰囲気を出しながら語り合っていた。
 そのうち、最初は周りの人間の話をしていたのが、段々と自分達の話になっていった。胸のサイズはいくらだ、平均的な男の大きさから見れば云々、初体験はまだ、キスはしたことがある、ない、エトセトラエトセトラ。そんな話をしていれば、自然と互いの身体が気になってくるのは仕方がないことだった。

「触って、みる?」

 切り出したのは、彼女の方だったと思う。俺は不甲斐ないくらいに緊張していて、彼女にも聞こえたんじゃないかというくらいに音を立てて生唾を飲み込んで、おもむろに頷いた。顔をほんのりと赤く染めて、冗談めかした様に笑いながら言う彼女にどぎまぎしていたのだった。
 初めの数回は、ただ身体を触りあったりするだけに留まっていた。俺も彼女も、当初は交わるまでの度胸はなかった。単なる思春期特有の異性に対する興味が、男女二人きりという空間の中で突発的に膨らんだだけに過ぎなかったからだ。ちょっとしたスリルと興奮を味わうための、一種の遊びみたいなものだった。一番初めは、俺は彼女の胸を触り、そして彼女は俺の陰部を触るだけだった。しかも服越しから。今の状況を考えれば、じゃれ合う様なものだった。
 それがより過激になっていったのは、当然と言えば当然だった。経緯は知らないが、彼女は入学当初から手伝いとして寮長室に通っていたらしく、生徒会委員会会議だとか、職員との話し合いだとか、寮長達が部屋を出て行く時の用事が大体どれくらいの時間がかかるものなのかは把握していたから、二人きりになれるおおよその時間は計算できた。一度昂ぶった興奮というものは中々収まらないから、そうすると、後何分あるから次は、となる。性的興奮や関心は留まるところを知らず、次第に服をはだけさせる様になり、互いの性器を見せ合う様になり、恥じらいもなく舐めあうようなり、そして、十回目に突入するかしないかという、約一ヶ月も経った頃、俺達は最後まで行き着いた。もはや踏ん切りはついていた。むしろ、ここまでやっておいて最後までいかないのはおかしいという様な雰囲気すらあった。彼女の口や手でしてもらうのも気持ちよくはあったが、俺もどうせなら女の味というものを知りたかった。彼女もそのくらいの気持ちだったのだろう、合意はすぐに取れた。初体験が大事な思い出とか、そんなものは幻想に過ぎない。それをまざまざと実感しながら、俺と彼女は欲望の赴くままに身体を重ね合わせた。
 初めては思ったよりあっけなく、そして強烈だった。コンドームを持っていなくて、避妊などしないでそのままやって、慌てて彼女の腹に出してしまった。手や口とは違う、奇妙で、しかし吸い付かれるかの様な強い快感に、俺の身体はいとも容易く骨抜きにされた。白濁液を腹の上に散らし、性器に微かに血をこびりつかせ、涙目になりながらも「気持ちよかった?」と聞いてきた彼女の寝姿は、忘れようにも忘れられなかった。
 今となっては笑い話の様な、若気の至りの様な体験ではあるが、よくよく考えてみれば随分危ないことをしたものだと思う。寮長室でセックスをしている時点で十分危ない橋を渡っているのには違いないのだが、もし身篭る様なことがあったら、笑えるものも笑えなかったというのに、次の機会が訪れた時にはそんな事を気にすることもせず、今度はどんなことをしようかなんて笑いながらおっぱじめていた。
 それからはもう、ひたすらに身体を交える日々が続いた。時には服を着たままでやってみたり、体位を変えてみたり、寮長室と言う狭い空間とは言え、場所を変えてみたりした。欲望を吐き出した直後に、今までやっていた事が不安に思えてくるというのに、また次の時にはすっかり乗り気になった。「今日は少し時間がかかったから、大丈夫だろうか」なんて時も、彼女のシャツの合間に手を滑らせ、柔らかな身体に触れるとそんな気持ちはあっという間に消えうせた。俺達はもう、性の虜になっていた。もしくは俗に言う、盛りのついた獣になっていたのだ。少なくとも、俺はそうだった。

「告白されたの」

 いつもの様に寮長室で獣の様に互いの身体を貪った後、彼女が言った。それは寮長達が卒業と入学に伴う入れ替わり作業に奔走していた、二月の末の頃だった。まるで世間話をするかの様に、背を向けてブラを着けながら言う彼女の後姿は、今でも目に焼きついている。空気の入れ替えの為に開けた窓から吹き込んできた風の冷たさも覚えている。

「同じクラスの人で、けっこう仲の良い方かな。まぁ、告白されるとは全然思ってなかったけど」

 照れ笑いを含んだ声だった。シャツを羽織ながら軽々と紡がれる言葉は、もしかしたら照れ隠しだったのかもしれない。そんな彼女の仕草をつぶさに観察しながらも、俺は何も言わずネクタイを締めていた。何を言えばいいのかわからなかった。俺達は同じお手伝いで、ただ欲望を満たすためだけの間柄でしかなくて、恋人とかそんな関係ではなかった。だからこそ、今ここで彼女がその話題を切り出した意味を、俺は何となく悟っていた。

「付き合おうと思うの」

 手鏡で胸元のリボンの位置を少し気にした後、くるりと回れ右をして、相変わらずの屈託のない笑顔を浮かべて彼女は言った。「そうか」、と初めて俺は口をついた。何も聞きはしなかった。聞く気もなかった。もう今日で終わりにしよう、と言外に伝えているのだとわかっていたから。
 終わりというのは、あっけなく来るものだと思った。どうせ長くは続かないと思っていたのがまさかここまで続いた事が驚きではあったが、切れる時はこうも簡単に切れるものなのかと拍子抜けする程だった。
 それから、俺と彼女はただのお手伝いに戻った。それも一ヶ月程度で終わった。二年に進級すると、理樹達が入学してきたからだ。そもそもいつもの遊び相手がいないがゆえの、言ってみればただの暇つぶしとして、たまたま知り合いだった当時三年の男子寮長に勧誘されて始めた寮会の手伝いだったから、理樹達の入学と同時に、俺は寮長室に出入りするのをやめた。元々有志の手伝いだったから、当時の寮長達にやめると伝えた時もすぐに了承された。人が少なくなるからか、それとも俺の力を買ってくれていたのかは定かではないが、残って欲しいという様な事を言われたが、在学中ずっとここに居続けるつもりは毛頭なかった。彼女とのあぁいう関係はなくなったとはいえ、寮長達も人当たりがよく、あそこは楽しくて居心地が良い場所ではあったが、いつかは去らねばという気持ちはあった。理樹達の入学は、絶好の機会だった。

「いつでも遠慮なく来てね。バシバシ使ってあげるから」
「あぁ、暇があったらな」

 そんな会話を最後に、俺と彼女の接点はなくなった。
 それ以降、寮長室に出入りすることは稀にあったが、彼女と相対したことはなかった。校内でたまに廊下で鉢合ったりして、何気ない立ち話をするということは何度かあったものの、俺達の関係はただの同級生へと成り下がっていた。コンドームとウェットティッシュを内ポケットに入れる習慣もなくなった。あの頃の関係などまるでなかったかの様に、俺達はまともな高校生活へと戻っていた。





「あら、棗くん」

 あの時と同じ声で、調子で、そして変わりのないあの笑顔で言う彼女に、懐かしさすら覚える。嘘の様で、やっぱり嘘の世界。どういう経緯で出来上がったのか全く不明の、でもそれなりに俺達の、俺の裁量で自由に動かす事の出来る世界。永遠に繰り返されるまやかしの世界の寮長室で、俺は約一年半ぶりに彼女と対峙していた。

「ここではお久しぶりね」

 本当に変わらない。「久しぶり」と言ってはいるが、その雰囲気はかつて俺と一緒に居た頃の彼女と同じだった。きっと、今でも変わってはいないのだろう。あの頃のままの彼女が、今では寮長というポストに就いて、ぶつくさと文句を言いながらも充実した毎日を送っていることだろう。時折話した時にもそう感じていたし、昇降口から彼氏と二人寄り添って出て行くのを見ればわかることだった。

「ご挨拶だな、それは」
「いいのよ別に。棗くんは忙しいでしょうしね。ふーんだ」

 邂逅は一瞬で終わる。いじけた様な口をつきながら、彼女は奥の書棚へと向かう。いや、向かわせた、という方が正しいか。彼女の科白に未練がましさを滲ませてしまったのは、俺がそういう思いを抱えている証左なのかもしれない。あの時手にしていた温もりを思い出した故に芽生えた切なさが、彼女にそんな事を口走らせてしまったのかもしれない。
 妙な感傷に耽っている場合ではない、優先すべき事柄は他にあるとわかっていながらも、久々に彼女の顔を間近で見ると、どうしても考えてしまう。
 何故俺達はあんな事をしていたのか、と。
 本当に身体だけの繋がりだったのだろうか。俺は本当に、彼女を性欲処理の対象としか見ていなかったのだろうか。そもそも、彼女はどういうつもりであんな事をしようと思ったのだろうか。俺の事が好きだったのだろうか。俺は、彼女の事が好きだったのか。
 色々な疑問が降って湧いてきたが、今となってはもはやどうでもいいことだった。彼女が終わりにしましょうと言ってきたらあっさりと頷いてしまったあたり、所詮彼女に対する気持ちなんてその程度のものだった、ということだ。そして彼女も俺とあんな事をしながらも、まともに彼氏を作ろうとしていたのだから、やはり大した未練も執着もなかったのだろう。
 彼女も俺もそういう事に関心があって、それをすれば何だか大人になれた様な気がして、セックスフレンドなんて関係を厭らしいと思いながらも夢見ている部分があったのだ。そういう雰囲気を、少し味わってみただけ。夏ではなかったが、いわゆるひと夏の体験みたいなものだったのだろう。若気の至り。その一言で全てが片付く。もう彼女に会えないどころか、生きることすら叶わない俺には、やはりどうでもいいことだった。
 理樹が複雑な表情で彼女の姿を目で追っている。こう都合よく登場してしまったのだから、助けないわけにはいかないだろう。そもそも、その為に都合をつけたのだから。

「二木のことか?」

 偽りの世界。
 その寮長室の中で、俺はあるはずのない彼女の温もりと、むせ返る様な空気を思い出していた。





面白かったら押してくださると嬉しいです。


後書き

( ^ω^) …

⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!




全国3000万人のあーちゃん先輩&恭介ファンの方々を大いに怒らせたのかもしれない、ごめんなさい。
あーちゃん先輩がエロすぎるのがいけないんだ、おれは悪くないんだ……。
こんな話を書いておきながら、もっとあーちゃん先輩のSSが増えればいいなぁとか思ってたりする。



    
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