『皆様、お集まりでしょうか?』

グラウンド中央にくべられたキャンプファイヤー。
迫る夕闇の中で、その炎は祭りの終わりを仄めかすかの様に寂しく、けれどまだ退屈な日常とは違う時を刻んでいることを示すかの如く、煌びやかに燃え上がる。
そしてそれを取り囲む様にして広がる人の輪。
二人一組、男女入り混じって、互いの顔を確かめ合って。

『それでは皆様、最後まで楽しみましょうっ! れっつすたーと、です!』

放送委員長兼今文化祭ウグイス嬢である如月さん(二年)の宣言と同時、敷地内全域に大音量で流れ出すのは、アメリカ民謡『オクラホマミキサー』。
静止していた輪が、照れた笑い声を漏らしながら緩やかに動き始める。

文化祭を飾る最後のイベントは、日本の祭事における伝統舞踊、フォークダンスであった。

今時高校の文化祭でフォークダンスなど、果たして需要があるのだろうか。
体育館入り口からグラウンドの光景を眺めていた理樹は、文化祭目録を手に入れた時から今の今まで抱き続けていた思いが、どうやら杞憂に過ぎなかったらしいということを悟った。
"今時珍しい"からこそ新鮮であり、それ故に、おぼつかない動きながらも皆とても楽しそうにはしゃいでいる。
中央のどでかいキャンプファイヤーを囲む人の数は現在、六十人程度。
昼に行われたクラス展示、体育館で個々で開かれた催しの後始末やその他諸々の作業が未だ残っているため、全校生徒参加とはいかなかったが、開始には間に合わずとも飛び入りで輪の中に入っていく者もおり、曲が流れ出して数分と経たず、校庭に生徒が集まりだしている。
ギャラリーも合わせれば、後々大多数の生徒が集まるのも時間の問題。
実に申し分ない終わり方だろう。
踊る生徒達に目を凝らせば、理樹の親友達の姿も認めることが出来る。
鈴は小毬のはしゃぎっぷりに恥らいつつも手をがっちりと掴んで懸命に足を動かしており、葉留佳は唯湖の胸に意味もなく顔を突っ込んで輪を乱していて、クドリャフカと美魚はナイチチ同士輪の中でひっそりと踊っている。
周囲には、彼女らと踊りたいがために水面下で熾烈なポジション争いをする男子生徒達の姿があって、それを遠めからではあるがばっちりと理解している理樹は、少しくらい気づいてあげればいいのに、そして踊ってあげればいいのにと思うのだが、どうやらリトルバスターズ女性陣はそんな事これっぽっちもわかっていないようだし――唯湖や美魚辺りは気づいていて無視している可能性があるが――、まぁ楽しんでいるようだし、それでいいかと思う事にし、男子生徒達の夢を叶える助けようとはしない。

理樹が何故この場を動こうとしないのかといえば、別に踊りが下手だからとか恥ずかしいからとか、男子生徒達のやっかみを気にしているだとかそんなことではなく。
存在感を消す技でも会得しているのかと考えたくなるほどに、グラウンドのはしっこでひっそりと佇む一人の少女が、気になって気になって仕方がなかったからである。
本当はフォークダンスに参加する気だった。
その為に後始末も間に合わせた。
けど、体育館から出たところで見てしまった。
彼女はじっと輪を見つめていて。
如月さんの声にびくっとして、おずおずと一歩を踏み出したんだけれど、もう遅くて。
始まってしまったらもう入っていくことは出来なくて。
楽しそうにキャンプファイヤーの周りをくるくると回る皆の姿を、見つめているだけだった。
踏み出した小さな一歩を、戻すこともせずに。

ふと気になって、謙吾の姿を探した。
近くにはいない。
グラウンドにも見当たらない。
短時間ではあるが、それなりにしっかりと探してみたものの、やはり謙吾は見つからなかった。
こういう時に謙吾がいなくてどうするのだ、と理樹は少しばかりの苛立ちを顕にし、眉を顰めた。

恭介が卒業し幾日が経った頃、謙吾は理樹に言った。

『あいつを笑顔にさせることが出来るのは、俺ではなくてお前だ』

そんなことない、その役目は謙吾こそが適任だ、と理樹は何度も言ったが、謙吾が首を縦に振ることはなかった。
それからその話が二人の間に上ることはなかったが、その日から謙吾が彼女を相手にする時間は減っていったように理樹は感じている。
放課後の雑談もほぼ日課という程に毎日行われていたというのに、今となってはあちらの方から掛け合いに行かない限りしなくなった。
以前であれば廊下などで偶然会った時でも必ず二言三言会話をしていたというのに、最近は挨拶だけで終わらせている。

もちろん、自立を促すための方策とも取れた。
付きっ切りでいることが得策とは限らないし、本当の意味で全うな学校生活を取り戻すためには、謙吾以外の友人達との交流も不可欠である。
そういう観点からいけば、謙吾が様子、回復状況から、それなりに対応を考慮しているのだろうと見ることも出来る。

しかし、それは真実だろうか、と理樹は疑念を払拭することが出来ないでいた。
あれだけ自分らに甘くて、あまちゃんで、大好きな人達に対してはむしろ過保護になった方がらしいとも言うべき謙吾が。
あんなやり方を取るだろうか。
仮にやったとしても、心配になってひっそりとついてまわったりしそうなもの。
考えれば考えるほど、謙吾のやり口にはどうにも違和感が拭えないのである。

自惚れかもしれないけれど、と自身に前置きをしつつ、理樹は思う。
彼女を支える役目として、謙吾は自分を選んだのではないだろうか、と。
責任を放棄したとか擦り付けたとか、そういうものではない。
きっと自分がダメだった場合、謙吾はすぐにでもサポートする気でいるだろうし、そう出来る様に見守ってくれているだろう。
つまりは、そういうこと。
あくまで隣にいるのは自分。
あの時の言葉を思い出す限り、もしかしたら謙吾は己では分不相応なのではないか、もしくは自分の方が適任だ、と思っているのではないだろうか。

そう考えると、理樹は申し訳ない気分になる。
本来であれば、謙吾が相談相手として抜擢されたのに。
そして少なからず謙吾も乗り気だったろうに。
どういう『好き』かはわからないけど、きっと好きだったろうし。
急にしゃしゃり出てきた自分が役目を奪っていってしまったのだ。
もし謙吾が自分からあぁいうやり方をしているのならば、それは僕の責任かもしれない。

そういう思いを理樹は抱くのだが、そこまで来ると逆に、また苛立ちが戻ってきたりする。
そんな事気にしないでいいのに、と。
むしろ僕はおまけで息抜きみたいなものなのに。
やっぱりメインは謙吾がやるべきなんだよ。

そう。
こういう時こそ、僕ではなくて謙吾が心配しているべきなんだよ。

そこまで思考を進めて、理樹は再度謙吾を探したが、やはり姿は見当たらない。
どうする。
謙吾はまだ帰ってないはず。
きっとこのまま待っていればその内来るだろう。
けれど、先に彼女が帰ってしまうかもしれない。
どう考えても皆と一緒に踊りたそうにしていたのに。
今年で最後の文化祭。
文化祭最後のイベント。
参加したかったであろうフォークダンス。
それを叶えずして、古式さんを帰らせていいのか?
謙吾がいずとも、今ここに自分がいるというのに。

「……謙吾が来ないのがいけないんだからね?」

苦笑を浮かべて溜め息一つ。
理樹は歩き出した。
当然向かう先は、ひっそりと佇む少女の下。
謙吾が今どこにいるのか、そして何を考えているのかはわかりはしなかったが、現在の状況下で謙吾を待っていられるほど、理樹は我慢強い男ではなかった。
きっと来てくれるという信頼はあるけれど、件の少女がいつその場から立ち去るかわからない。
そして何よりも。
あんな寂しそうな顔を見続けていられるほど、理樹はサドスティックでもなかった。

「こーしーきーさんっ」
「っ!?」
「ビックリした?」
「………」
「こ、古式さん?」
「びっくりしました。右から来られると全然見えないので」
「あ……ご、ごめん、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、すっかり忘れて……あれ? 今僕後ろから驚かしたよね?」
「………」
「あのー、古式さん?」
「キャンプファイヤーが、綺麗ですね」

極めて真面目な顔をして、みゆきはのたまった。
何その微妙な嫌がらせ。
けっこう笑えないし。
まぁいいけどさ。
最近妙に図太くなってきたよなぁと、理樹は既に自分から視線を外しグラウンドに目を向ける眼帯の少女を見つめながら思った。

「皆さん、楽しそうですね」
「……うん、そうだね」

開始時に比べ、グラウンドに集まっている人数が目に見えて増えていた。
しかしただそこに集まっただけで、フォークダンスがより壮大に、より華麗になったわけではなかった。
むしろ、もうフォークダンスなどと呼べる代物ではなくなっていた。
律儀にオクラホマミキサーの曲に合わせて踊る者あり。
アコースティックギターとタンバリンを持ってきて、勝手に弾き語りを始める者あり。
片隅でラジカセから別の曲を流して陽気なダンスを披露する者あり。

人数が多くなればなるほど、統率は加速度的に乱れていく。
踊りの正確さとか全体美とか、そんなものは誰も考えていなかった。
端的に言えば、各々が好き勝手に動き回っているだけだった。
でもそれでよかった。
フォークダンスなんてのはきっかけに過ぎなくて。
望んでいるのは、たった一つ。
一時とはいえ授業を繰り返す日々から解放され、好き勝手に暴れまわることが出来る"祭り"という時間の最後を刻み込みたい。
生徒達の想いは、その一点のみに集約されていた。

「直枝さんは行かれないのですか? 棗さん達は踊っている様ですけれど」
「今は、いいかな。古式さんは行かないの?」
「私は、見ているだけで十分です」
「……本当に?」

理樹の念を押す様な問いかけに、みゆきはふっと微笑を浮かべて言う。

「私が入っていっても、皆さんに気を遣わせるだけですから」
「………」

その笑顔を幾度見たことだろう、と理樹は思う。
以前であれば変化が出てきたことを内心喜んだであろうに、その表情の裏に潜むものを知ってしまった今では、居た堪れない気持ちしか生まれてこない。
弓を想う気持ちは忘れられずとも、約一年という時間を使って少しずつ生への意欲を取り戻した彼女を待ち受けていたのは、依然として消えることはない周囲の気遣いであった。

――大丈夫?
――手、貸してやろうか?
――何か困ったことがあったら、すぐに言ってね。

悪いことではない。
誰もが身を案じ、出来る事があれば助けようと思っている。
しかし、それは彼女が『正常』ではないという事を常に意識付けることでもある。
外せない眼帯。
覆われた右目。
その奥にある傷痕。
容貌も、そして扱いも浮き出、周囲に溶け込むことをさせてもらえず、そして彼女も溶け込むことに足踏みしている。
気さくに話しかけてくれるクラスメイト達に、確固たる壁が存在している事をわかっているから。
心配という壁が、いつまでも彼女を苦しめる。
差し伸べられた温かい手を握る時、並び立つ事の不可能さを彼女は理解する。
そんな、皆の"優しさ"を感じる時、みゆきは笑う。
照れくさそうに、そして悲しそうに。

「ここで見ているだけでも楽しいです。その雰囲気だけ味わえれば、私はそれで満足できます」

グラウンドの喧騒にかき消されないくらいにきっぱりと、みゆきは言った。
キャンプファイヤーが映りこんでいる左目は、何の感情の揺らぎも見せず、ただ理樹を見据えている。
何も知らなければ、本当にそう思っていると信じ込んでしまうくらいに。

だが、理樹は知っていた。

そんなウソつかなくたっていいよ、古式さん。
本当は踊りたいんだよね?
踊れなくても、あのはちゃめちゃな輪の中に、みんなの中に入っていきたいんだよね?

「……何ですか?」
「僕と、踊ってくれませんか?」

自然と手は伸びていた。
こういう時、自分が手を差し伸べなくてどうするというのか。
今まで彼女をまがりなりにも支えてきたじゃないか。
男を見せろ、直枝理樹!

「直枝さん、と?」
「うん。皆好き勝手やってるんだし、ここでちょろっと踊るくらい問題ないって」
「で、ですけど、何でいきなり……」
「古式さんと踊りたかったから、じゃダメかな?」

雑音の中、相変わらずオクラホマミキサーは暢気に流れている。
文化祭終了までは、まだ十分時間がある。
当分フォークダンスは続くだろう。

「僕だけじゃ物足りないかもしれないけど、もう少し、自分の体で雰囲気体験できるかもよ?」
「………」
「それに、テンション上がってきたら、あの中に入ってみればいいんだし?」

理樹の目線に釣られる様に、みゆきはキャンプファイヤーの方を見る。
相も変わらずヘタクソな動きをしながら、そんな事歯牙にもかけず、穏やかに笑っている生徒達がいる。
そして、また目を理樹へと戻す。
今にも掴まれそうな程に近しい位置に差し伸べられた手。
わかっている。
この人は、本当に私が望んでいることを、わかっている。

「……お願いします」
「うん」

断る理由がなかった。
元々この人に壁なんてなかった。
あるとすれば。
あったとすれば。
それは、自分の方。

「古式さん、フォークダンス踊れる?」
「いえ、全く……直枝さんは?」
「ごめん、僕も踊れない」
「………」
「そ、そんな目で見ないでよー。だ、だいじょぶ、周り見ながらやれば出来るって」

照れを隠す様に、少し乱暴に手を掴んで。
きょろきょろと周りを見渡しながら、理樹はおずおずと足を動かし始めた。
それに合わせる様に、みゆきも動く。

えーっと、それっぽい人の参考にすると、足はこうで、手はこうやって。
……あれ、何だ。

「意外と簡単だね」
「そう、ですね……ですけど」
「けど?」
「やっぱり、少し恥ずかしいですね」
「これだけの騒ぎだし、誰も見てないと思うよ?」
「いえ、そういうことではなく」
「は?」
「……何でもないです」
「うーん?」

話がわからず、理樹は首を傾げる。
懸命に理樹のステップについていきながら、みゆきは内心で溜め息を吐いた。
何でこの人は、こう鈍いのか。
あの輪の中の人達でさえ、異性の体に触れることに些かの躊躇いを感じているというのに。
こんな所で男の人の顔を至近距離で見ながら踊るということが、恥ずかしいわけがないだろう。
誰も気にしていないとは言え、もし注目されたらどんな噂をされるか。
ただでさえあなたを気にかけている女の子は多いというのに。

あれですか。
私を異性として見ていないとか、そういうやつですか。
別にそれはそれでいいんですけど、何だかそれも悔しい気がします。

「パートナーチェンジの部分は適当でいいよね。代わる人いないし」
「………」
「ん? 何?」
「いえ、随分楽しそうだな、と思いまして」
「そりゃー楽しいよ。言ったでしょ? 古式さんと踊りたかったって」
「……そう、ですか」

屈託のない笑みで答えた理樹に、みゆきはまた一つ溜め息を吐きたい気分だった。

そうだった。
この人はそういう人だった。
何かに一生懸命になると、周りが見えなくなる人だった。
私が今抱いている懸念も、この人は気分良く寝て起きた朝にでも気づくのだろう。
そして次会う時には、思いっきりどぎまぎして目も合わせられないとか、そんなオチになるのだろう。

そう考えると、あーだこーだと悩む自分がとても馬鹿らしくなるのを、みゆきは感じずにはいられなかった。
クラスメイトの気遣いがどうとか考えることすらもどうでもいい事の様に思えた。
だからといって、では今あの輪の中に入っていけと言われてそれが出来るかというと、そうではなかったが。

だったらもう、いいじゃない。
一瞬でも望んだことが、今叶っているのだから。
面倒な考え事をやめにしよう。
皆だってそうじゃない。

「直枝さん、ちょっとズレてますよ」
「あ、あれ? こう、かな」
「そうですね、お上手です」
「古式さんも、うまいと思うよ」

ありがとうございます。
みゆきは笑って言った。

ただこの瞬間を、楽しめばいい。

「今夜は長いですよ、直枝さん」
「何か、少しえっちだね、その言い方」
「………」
「じょ、冗談です」
「もう……はい、手はこっちです」
「あっ、うん」

ぱっしと理樹の手を掴む。

何だか、随分この人達の影響を受けている様な気がします。

理樹の手を軸にくるりと体を回しながら、みゆきは思った。
しかし、そう感じると、不思議に込み上げてくる笑いを抑えきれずにはいられなかった。
きっとこの場の空気がそうさせているのだと思いつつも、みゆきは手に伝わる温もりを離すことはなかった。
確かめるように、強く、強く手を握った。

「ねぇ古式さん」
「はい?」
「楽しい?」

返事の代わりに、みゆきは今日一番の笑顔で理樹を見つめた。




本来九月十九日のTOPSS用に書いてたんだけど、長くなりすぎたので直で倉庫行き。
『秋華対談』、『冬に咲く華』の続編っぽい何か。
舞台は一年後の文化祭、理樹が『元気にリーダー頑張りまーす!』って感じの設定で。

『自分はそんなことない』と思いつつ実は同じ穴の狢な理樹。
『この人は違う』と思いつつ実はそれは単なる盲目な想いでしかない古式タソ。
でもそんなものかもしれないね。

微妙に視点移動みたいな実験もやってみた。
無理だった。


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