「蒟蒻畑作ってみた」
 土曜日の昼下がり、恭介に呼び出され部屋を訪れると、浴槽が蒟蒻で溢れていた。
「クサッ!」
「くせーよ!」
 理樹と真人が開口一番に叫ぶ。浴室は蒟蒻独特の鼻を刺すような臭みに包まれている。謙吾は顔を顰め、無言で鼻を抑えた。
「気持ち悪いな。臭いも酷い……」
「キモいし臭いし、最悪だな」
「うん、キモ臭い。恭介が」
「あれ、理樹だけ何か違くね? 何でそんな蔑んだ目を俺に送る? でもそんな冷たいお前も好きだ」
「死ねよ」
 理樹のぞんざいな一言に少し照れつつ、「そんなにおかしいか?」とぼやく。イケると思ったお前の方がどうかしている、と三人は一斉に思った。
「『地獄の畑』とかならぴったりかもしれん」
「だから、蒟蒻畑だっつってんだろ」
「どこが畑なんだよ。ただの蒟蒻の山じゃねーか」
「蒟蒻畑じゃなくて、蒟蒻山だね」
「蒟蒻山(臭い)とかでいいだろ」
「おい、畑を否定するどころか(臭い)ってなんだよ。臭いは関係ねーだろ」
「じゃぁ蒟蒻畑(臭い)でいいよ」
「何でそんなに臭さを強調するんだお前らは!」
恭介が声を張り上げたところで、何か水気を含んだ物体が床に落ちる音がした。四人が音のした方を見る。蒟蒻だった。
「せめて茹でたりしようよ」
「なに言ってんだ、畑だぞ? 新鮮な方がいいに決まってるじゃねーか」
「ならお前は、蒟蒻をこの状態で食うのか?」
「いや、食わない」
「じゃぁさっさとこのくっせー風呂場を何とかしろよ」
「お前ら、人が苦労して作った畑を壊せってのか!? ここまでするのに幾らかかったと思ってるんだ!?」
「……ここで何がしたいのさ、恭介」
「そろそろ実りの季節だからな。収穫したい」
 ――あぁ、これが就活ノイローゼとかいうやつか。
 三人は憐れみの視線を恭介に送った。近頃、恭介は履歴書だの面接だのと多忙を極めていた。ストレスで頭がイカれてしまったのだろう。理樹が潤んだ目を拭う。謙吾が理樹の肩に手を置く。真人が乳酸を溜める。恭介がケータイで電話をかける。
「って恭介、なにやってるの?」
「三枝に電話してるんだ。お前らと違って、三枝ならきっとわかってくれるだろうからな」
「あぁ、もしかしたらお前の気持ちわかってくれるかもしんねーな」
 あいつ変だし、と自らを棚に上げた発言を真人がした時、部屋の外で陽気なメロディが流れた。葉留佳の着信メロディである。あれ、と理樹が首を傾げたその刹那、ひょっこりと葉留佳が顔を出した。
「やほー、恭介さん何の用?」
「お前を呼ぼうと思ってたんだが、何でお前ここにいる?」
「臭いに釣られてフラフラと歩いてきたら、ここに」
「この臭いに釣られて来たのか……」
「蝿みてーな女だな」
「恭介、葉留佳さんと付き合ったら? きっと恭介のことも受け入れてくれるよ」
「遠回しに臭いって言ってるな? 俺の体臭はドモホルンリンクル(?)だぞ、ほら嗅いでみろたわばっ!」
「私、理樹くんが好きなんだけど」
 葉留佳のさりげなさすぎる告白を、理樹は恭介に張り手をかますことでごまかした。変な女の耐性ができている理樹であっても、こんな臭いに誘われるような、蝿の如き女と付き合える自信はなかった。
「というか、きっつい臭いだねー。それにこの蒟蒻の山なに? きんもー」
「恭介曰く、蒟蒻畑らしい」
「なにそれ。恭介さん、おかしくなっちゃったの? こんなところに畑なんてできるわけないじゃん」
「あらら、フラれちゃった」
「しかも存在まで否定されるとはな」
「泣くなよ恭介、今度キャベツ太郎買ってきてやるから」
「いつの間にフラれた上に、俺と蒟蒻畑が同一の存在になってるんだ? そして真人、ありがとう」
「なに、気にすんな」
 歯を見せて笑う真人の頬に汗が一筋流れる。夏真っ盛り、連日のように続く猛暑日ということもあり、浴室も蒸し風呂のように気温が高い。臭気は俄然強まっていくようであった。
「話を戻すが、この化物、本当にどうする?」
「蒟蒻畑でフルーツ――」
「取れねぇよ」
「取れてたまるか」
「キモ臭い蒟蒻しかないって」
「うんうん、キモ臭い恭介さんと蒟蒻しかないよね」
「三人は今更だからあれとしても、三枝、お前がそっち側なのは納得いかん」
 また一つ、蒟蒻が落ちる。不快な音を立てて床に転がるそれは、果たして常日頃食卓に並ぶ類の物なのだろうか。うず高く積まれた光景も相まって、四人はつくづく気持ち悪いという感想を抱かざるを得なかった。
「まぁ、処理するならやはり料理になるんだろうが」
「うーん、おでんとか作る?」
「この暑い日にか……?」
「もう誰かに全部食べさせればいいんじゃない?」
「ほんっと、丸ごと食わすとか、ここに人埋めるとか、罰ゲームくらいしか使い道ねーよな」
「……人を埋める?」
「……罰ゲーム?」
 真人の言葉を受け、理樹と葉留佳が神妙な顔つきになる。どうした、と声をかけようとした恭介は、そこではっとした。いつの間にか四人が自分を見ている。しかも妙に晴々しい笑顔を浮かべている。恭介の背筋に悪寒が走る。
「ど、どうしたんだ、皆……わかった! この畑を耕してくれるんだな!? ありがとう、ありがとう! じゃぁ早速鍬とか持って――」
「真人、謙吾」
『御意』
「な、何をするお前ら、やめろ服を脱がすんじゃな、や、だめ、乳首弱いのぉ!」
「さっさと脱げよ、キモい」
「脱げよ、ヘンタイ!」
「あぁ、そんな罵倒すら気持ちよくっ、なるわけねー! や、やめろおお!」
 全力で抗うものの、屈強な男二人の前に恭介は成す術もなく衣服を奪われ、恥ずかしがる暇もなく浴槽に放り投げられた。
「ぬ、ぬるい! ついでにぬめる! 気持ちわりぃ!」
「さぁ恭介、念願のフルーツを取るチャンスだよ。頑張って!」
「悪かった、俺が悪かったから! フルーツなんてねぇ、ここにあるのは臭い蒟蒻だけだ!」
「……バナナは、あるんじゃない?」
「さ、三枝、お前何て危険なセリフを!」
 その時、軽い足音が遠くから聞こえてきた。また誰かがこの部屋にやってくる。恭介の嫌な予感は最大限に膨らんだ。
 ――頼む、ルームメイト! どんな無茶も笑って見過ごしてくれるルームメイト、お前であってくれ……!
「おーい、きょーすけ。実家に帰る日のことなんだが……」
「り、鈴!」
「……」
「……」
「……あ、理樹、実は実家に持っていくお土産のことで相談が」
「り、りーーん!!」
 妹に存在を完全に無視され、友人たちの生暖かい視線に耐えきれず、恭介は人知れずバナナを成長させた。




    
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