「最近よぉ、栄養が偏ってる気がするんだよな」
「気づくの遅いよね。それに最近じゃなくて、前々からだし」

 そんな会話をしつつ朝食を摂りに理樹と真人が食堂へ向かうと、既に恭介と謙吾がいつもの席に座っていた。

「おう、おはよう」
「恭介、謙吾、おはよー」
「あぁ、おはよう」
「面妖な……」

 一人、何だかよくわからない返しをしてきた。二人は揃って謙吾に視線を向ける。首を横に振る謙吾。その表情は、とりあえず付き合ってやってくれ、という諦念が滲み出ている。どうやらいつもの病気らしい。二人は納得した。 
 よくわからないけれどもまぁ然したる問題はないだろうと結論付けた三人は、何事もなく食券を買いに行く。そして黙ってついてくる恭介。右手にはごぼう。

「恭介、なにそれ」
「せいやぁっ!」

 気合い一閃。ごぼうを鋭く真横に斬り払う。

「また、つまらぬ物を斬ってしまった」
「……あぁ、そういうこと」

 そういえば、この間の金曜ロードショーはカリオストロの城だった。何やら用事があってその日は見れなかった為にビデオに録画したと言っていたのを、理樹はおぼろげながら思い出す。どうやら昨日そのビデオを見たらしい。

「何だ、五右衛門のマネか?」
「みたいだね」
「多分レパートリーをさっき考えていたんだろうな。俺が来た時は『拙者、腹が空いたでござる』しか言わなかったから、本気で何だかわからなかったぞ。何でかごぼう持ってるし」
「僕も、さっきの台詞聞かなきゃわからなかったよ」
「だな」

 しかし何故斬鉄剣の代替物がごぼうなのか。ちらと頭の中にもたげた疑問を、理樹は首を振って少しだけ残る眠気と一緒に振り払う。この男と馬鹿正直に付き合っていいことなど何もない。軽く流すくらいがちょうどいいのだ。それが大人の男、ダンディズムというものだ。

「そう、そんな僕には、今日の朝ごはんはサバ味噌煮定食がぴったりさ」
「うまそうだな。俺もそれにしよう」
「お、お前らいいねぇ粋だねぇ! よっしゃ、じゃぁ俺も景気よく行くとするか!」

 そう言って、テンションアゲアゲで真人が買った食券はカツカレーだった。一分前の会話も頭に残っていないらしい。いよいよもって真人の脳内構造を本気で不安視しつつ、理樹は五右衛門――になりきる恭介――に話を振る。

「五右衛門は何にする?」
「うむ、拙者はあっさりきつねうどんを所望する」

 あの油揚げが絶品なのだ、と顔を綻ばせながら食券販売機の前に立った恭介だが、金を投入する寸前で動きを止めた。
 きつねうどんのボタンには、赤いランプが灯っていた。

「あら、売り切れだね。残念」
「面妖な……」
「そこでその言葉チョイスするんだ!? せめてそこで『これもまた修行か……』とか言おうよ!」
「ぬぅ、仕方がない。ここは『かるぼなあら』にしておくか」

 随分変わったな、という真人の呟きに「人間とは、そういうものでござる」と謎の名言を吐いた恭介が食券を手に入れたのを確認して、四人はカウンター前の列に並ぶ。今日は比較的早めに来たからか、あまり混んではいなかった。

「つーかよ、五右衛門なら謙吾の方が似合ってるんじゃねぇの?」
「そうだね、ルパン一味で言えば、謙吾が満場一致で五右衛門だよね」
「……せ、拙者が偽物と申すか?」

 思いっきりどもった。自分のキャラに難があることに気づいたらしい。「い、如何にも。拙者が石川五右衛門であるが、それが何か?」と今更自己紹介する辺り、恭介の動揺ぶりが窺えた。

「偽物とまでは言わないけどさ」
「普通に考えればわかるだろ」 
「……五右衛門を取られてしまった俺は、何になればいいんだ?」
「え、何で謙吾が乗り気になってるの? さっきまで一緒に呆れてたじゃん」
 
 やめときなよ面倒くさいと、何がどうしてかわからないがいつの間にかノリノリになっている謙吾を理樹が嗜めるが、阿呆は阿呆なりのプライドを持ち合わせているらしい。目を見開き、腹に力を込めて主張した。

「石川五右衛門に、俺はなる!!!」 
「何の宣言!?」
「……と思ったんだが、既に恭介が五右衛門をやっているからな。ここは理樹に、俺の役を決めてほしい」
「今の大見得は何だったんだよ……でもまぁ、うーん、強いて言えば次元? 寡黙な感じが?」
「お、次元いいじゃないか! ありがとう、理樹!」
「う、うん、どういたしまして?」

 結局何でもいいんじゃないか、と理樹は思ったが、とりあえず何も言わないでおく。しかしそれを黙って見ているはずがない男が一人。

「おい、謙吾ずりーぞ、良い役もらいやがってっ! なぁ理樹、俺は、俺はっ?」
「真人も!? 急に何で二人ともそんなやりたがってるの!? というかもう好きなのやればいいじゃん!」
「俺は理樹に決めてもらいてーんだよ! 理樹、俺の心をがっちり掴むようなキャスティングを頼む!」

 「もうわけわかんないよ……」と呟く理樹だが、真人は鼻息を荒くして、今か今かと配役を待っている。仕方がないので、理樹は真人に適任なキャラクターを選んだ。
 
「……銭型警部とか、どう?」
「敵かよ!? 不二子扮する理樹と戦うなんて俺イヤだよ!」
「何で僕は不二子で決まってるの!? むしろ僕がイヤだよ!」
「お前が不二子やるっていうから俺もやることに決めたんだよ!」
「言ってない、一言もそんなことは言ってないよ!」
「なぁ、何とかお前の仲間に入れてくれよ、理樹のおっぱい揉みてぇよ、俺!」
「銭型と不二子のエロい絡みとかねぇよ!? というか銭型警部いいじゃん、きっと真人に似合ってるし」
「……そ、そうか?」

 少し興味をそそられる真人。押し切るのは今しかないと判断した理樹は、満面の笑みで言った。

「うん、絶対似合う! あのパワフルなキャラは、真人にしかできないよ。ほら、試しに『待てー、ルパーン』ってやってみて?」
「そ、そっか! よしっ、わかった」

 適当におだてられて気分を良くした真人は、一度大きく咳払いをする。そして、声を張り上げてモノマネを敢行した。

「待てルパン! ……ちょっとそこの、プディングが美味しいお店で休んでいってはいかがだろうか?」
「似てねぇ!? というか似せる気ないな、おい!」
「完璧だったろ?」
「どこが!? 誰だよ今の!」
「さて、銃の点検がてら苺大福でも買ってくるか」
「謙吾、それもしかして次元!? 何でこのルパン一味はスイーツ好きなんだよ!」
「また、つまらぬ物を食ってしまった」
「お前はごぼう食ってんじゃねーよ!」

 ぜーはーと息を吐く。何で僕こんなに頑張ってるんだろう、と我に返った理樹の前には、きょとんとしている三人。

「理樹、そんなに興奮してどうした?」
「そんなに次元やりたいならやらせてやるぞ?」
「うむ、拙者も譲ってやらんこともない」
「君ら、どの口からそんな言葉が……うん、わかった、わかったよ。もう一回配役を整理――」
「わふ? 皆さんはしゃいで何しているんですか?」

 そこに転がり込んできたのは、我らの保育児童、能美クドリャフカ嬢。持っているトレイの上には幻のきつねうどん。しかしそんなことを気にすることもなく、目ざとく食いかけのごぼうを見つけたクドリャフカは、興奮気味に口を開いた。

「もしかしてルパンですか!? かっこいいですよねルパン! もう皆さん役は決まりましたか? もし空いているのならぜひ私に不二子をやらせてください! 一度やってみたかったんですー、魔性の女! わふー、良い響きです!」
「……さて、飯食ってガッコ行くか」
「あぁ」
「うん」
「だな」

 いつの間にか用意されていた朝食を持って、そそくさと四人はその場を離れる。取り残された保育園児。
 
「わふ? ま、待ってください、私も行きますっ!」

 慌てて追いかけるクドリャフカの胸部は微塵も動きを見せない。約三十センチの差は、多感な青少年達を夢から目覚めさせるのに十分だった。  





    
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