「そういえばさ」
『ん?どしたの?』

それは、夜に葉留佳さんと電話していた時の事だった。
特に何かきっかけはなかったのだが……そう、ふと脳裏にその記憶が過った、ただそれだけの事だった。
話のネタを探していたわけでもなかったが、思い出したそれを話してみてもいいのではないかと思ったのだ。

「鈴の事なんだけどさ」
『鈴ちゃんがどうかしたの?』
「いや……もしかしたら、好きな人でもいるんじゃないかなぁと思って……」

鈴が最近『好き』だのなんだのという質問をしてくる事が多かった。
そういうのに無頓着だった鈴がそんな投げかけをしてくる事自体驚天動地だったのだが、今にして思えば鈴も高校生だ。
恋愛に興味を持つのも何ら不思議な事ではないのだ……むしろ、遅いくらいだった。
だが男勝りな鈴がいきなり恋愛などに目を向け始めるのもおかしな話……となると、安易に導くならば、答えは1つ。
『好きな人が出来た』……これしかないだろう。
もちろん単なる好奇心という線も捨て切れないし、何が鈴をそうさせたのかは僕がうんうんと唸ったところでわかるわけがないし、心当たりもない。
そして鈴に聞いた所で本音を喋ってくれる事もないだろう。
まぁ詮索する気はないが、気にならないと言ったら嘘になる。
というわけで、まずは情報収集というか、葉留佳さんは何か知らないかなと聞いてみたのだった。

「葉留佳さんは、何か知ってる?」
『……そっか、そうなんだ』
「葉留佳さん?」

葉留佳さんは何かを納得した風な言葉を繰り返し呟くばかりで、僕の声が耳に届いていない様だった。
何か心当たりでもあったのかな?
彼女の吐息混じりの呟きを耳に入れながら、僕は首を傾げた。

『理樹君』
「うん?何?」
『……気をつけて』
「……はぁ?」

よくわからない言葉が飛び出してきた。
あれ、今鈴の好きな人の話をしてたんだよな?
なのに何で『気をつけて』……鈴に好きな人が出来ると僕に危険が及ぶのか?

『まぁないとは思うけど……一応、油断はしないでおいてね』
「あの、話がよくわからないんだけど……」
『まさか猫は猫でも泥棒猫だった、なんて事になったら困るしね……』
「え?え?え?」
『それじゃ理樹君、今日はこれで。またねー』
「あ、うん、それじゃあね」

結局わけがわからないまま、通話は終了した。
猫?……鈴は確かに猫好きだけど…って。
ま さ か !

「い、いかんっ、いかんぞ鈴っ!いくら好きとは言え、そんな事は父さんが許さんぞーーーっ!!!」

イケナイ想像をしてしまい気が動転した僕は、どこぞの頑固親父の如く、ちゃぶ台代わりのみかん箱をひっくり返すのだった。

最も、上に何も乗っていないみかん箱はただゴロンと転がっただけだったが。






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