「…あなたの愚かさにはほとほと呆れるわね…直枝理樹」
「……」

保健室からよろよろと出てきた僕を待っていたのは、悪鬼の如き形相をした二木さんだった。
ま、まだ怒りは収まっていなかったのか…。
戦慄する僕を刺す様に見つめながら、彼女はこう言った。

『来なさい』

体を翻して歩いていく。
その時、二木さんの逆方向へ走って逃げるという手段が頭に過ったが。
僕にそれをする度胸も逃げ切れる自信もなく。
大人しく、子猫の様に後をついていき…。
そうして連れてこられた場所は、二木さんの部屋だった。
僕は何故か正座をし。
目の前で二木さんが仁王立ちで僕の事を見下ろしている。
クドは二木さんの表情を見た瞬間逃げ出した。
僕を助けようともせず、後ろを振り返りもせず、真っ直ぐ前を見て、元気に走っていった。
あれが自由なんだ…と、首だけを捻り、彼女の後姿を見ながら思った。
その後もこの構図が崩れる事はなく、今も二木さんの説教に耐えている最中なのである。
顔を上げる事は出来ない。
彼女の目が、怖すぎる…。
やばいよ、絶対殺す気だよこの人…。

「わざとじゃないんだよ…そう、間違いっ!故意じゃないから情状酌量の余地があるとは思いませんか、風紀委員長さんっ!」

シュバッ!と挙手して、何とかお仕置きを回避しようと奮闘してみる。
何かと冷酷な二木さんも、人の子だ。
何とか必死に頼み込めばお慈悲をくれるに違いない…!
期待を込めた面持ちで、僕は顔を上げた。

「どうでもいいわ、そんな事。私はこの怒りをあなたで静めたいだけだもの」
「相変わらずですねっ!」

現実はかくも無情であった。
いや、僕が悪い事も相変わらずといえば相変わらずなのだが…。
二木さんと遭遇すると、何かとそういった事件が起きてしまうんだ。
着替え中の二木さんと出くわしたりした事もあったっけ…。
猛省はするが、やはり折檻は勘弁願いたい。
悪あがきとばかりに、もう少し弁解してみる事に。

「でもさ、今考えたらお腹ちょっと見えただけじゃない?パンツだって事故じゃん、その程度で僕がボロ雑巾になるのは、ちょっとおかしくない?それくらい偶然見ちゃった人とかけっこういるだろうしさ。これでまだ……はっ!?」

ペラペラ喋ってる最中に、気づく。
何か僕、今けっこう危険度高い発言してないか?
自身の言葉に急激な不安を覚え、恐る恐る二木さんを仰ぎ見る。

「……そう、あなたは私のお腹や下着を見た事を、『その程度』で済ますのね…」
「やっぱり怒ってらっしゃるっ!?」

前回に続いて失言!?
あぁ、僕の口は何でこう軽いんだっ。
己の軽薄さを呪うも、それも後の祭り。

バキバキッ!

あぁ、何とも豪快な関節…。
二木さんの、指の骨が鳴っている音だ…。

「あなたにはもう少し教育が必要な様ね…」
「いえ、もう十分です…」
「そう?私の指導に耐え切れば、英国紳士も夢じゃないわよ…?」

ふふ、と妖艶な笑みが聞こえる。
いえ、無理です。
耐え切る自信がありません。
その意を目で訴えようと二木さんを見上げた。

「そう…そんなに教育して欲しいの…」

伝わってないっ!?
しかも良い様に解釈した!?
相変わらず笑顔の二木さんだったが、目はまるで笑っていなかった。

「それじゃぁ………思う存分してあげるわっ!!!」


彼女の拳が見えた時、僕は『紳士は手の甲で人を殴らない』という言葉を思い出したのだった。






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