その姿を見たのは、昼休みの中庭だった。
麗らかな昼下がりの陽気の下、手入れの行き届いたさらさらとした長い髪を時折緩く吹く風に揺らされながら、彼女はベンチに腰掛け、手元の本に目線を落としていた。
近頃の彼女の行動により僕が持つ印象はがらりと変えられてしまったが、この光景こそが、僕が当初抱いていた彼女のイメージであったのを、暫し眺めた後に思い出していた。
清楚で、奥ゆかしくて、物静か……古式みゆきさんは、そんな性格の持ち主だろうと僕は思っていたのだ。

「……何読んでるの?」

話しかけるのが少し躊躇われたが、意を決して声を掛けてみた。
躊躇った理由にはその空間を壊したくないというのもあったが、何よりも最近の彼女を考えるとどうしても近寄りがたい気持ちがあったのだ。
とはいえ、ここにいる古式さんには、あの謙吾に冷たい視線を投げかけたり、妙な事を言い出す雰囲気は感じられなかった。
それは、僕が脳内に当初描いていた彼女が目の前に存在していたという妙な安堵感がそうさせたのかはわからなかったが、少なくとも、ひたすら読書に耽る彼女には、近寄りがたい印象は受けなかった。

「……直枝さんでしたか」

やはり僕が近くまで来ていた事には気づいていなかったらしく、古式さんは目を見開きながら、僕の姿を認めた。
太腿に置かれた本に目を向けると、そこにはぎっしりと文字が埋まっており、少なくとも漫画の類ではない様だった。

「……何の本?」
「読んでみますか?」
「いいの?」
「ええ」

快く頷いた後、彼女は読んでいたページを開いたまま、僕に本を差し出した。
古式さんが読む本……恋愛小説とか?
いやいや、もしかしたらミステリー?
そもそも小説ではなくて評論や参考書の線も……?
あれこれと想像を膨らませながら、僕は文字を追った。



 「お、お姉ちゃん……な、何か変だよっ…」
 「ふふっ、別におかしな事じゃないわ……それが普通なのよ?」
 「そ、そうなの?……あぅっ!」
  
手の平でこねる様に先端を刺激され、翔はたまらず声を上げた。
布越しとはいえ恥部を姉である優貴に触られている恥ずかしさと、初めて目の当たりにする女性の裸姿に翔は自然と興奮を催し、下着の上から張り裂んばかりにその逸物を固く膨張させ――
                                                                                       』


「ぶっ!」
「どうしました?」
「あんた学校で何読んでるのさっ!?」

目の前に現れた淫猥な表現に、有無を言わさず声を荒げた。
や、やっぱりこの人は清楚なんかじゃないっ!……ただの変態だっ!

「いえ……いつか来るであろう実戦に向け、予習をと思いまして」
「……これ、姉弟モノだけど?」
「そうですが何か?」
「弟、いるんですか」
「えぇ、もちろん」

自信満々に頷いた後、ゆっくりと顔を上げ……にやりと笑みを浮かべながら、古式さんは僕に言った。

「私の……すぐ目の前に」
「さようならっ!」
「あ、ちょ、直枝さんっ」

尋常じゃないくらいの危機感が体中に駆け巡り、僕は脱兎の如くその場を離脱した。
何かまだ喋っていた様だが、古式さんは僕を追いかけてくる様子はなかった。
という事は、本気ではなかったのか……?

などという考えが一瞬過ったが、彼女の笑みを思い出し、それはないなと両断し、僕は全速力で校舎へ逃げ込むのだった。











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