放課後。
グラウンドに向かう途中の3階廊下にて。

「どうも」
「…ど、どうも…こ、古式さん」
「何でそんなぎくしゃくしてるんですか?」
「い、いやぁ〜、何となく…」

古式さんに出くわした。
同じ学校に通っているのだからこんな事態は十分にありえる事だったのに、いざ対面したらしたで、僕は動揺を起こさずにはいられなかった。
先日の謙吾との一件は、僕の中の古式さんのイメージを180度変える出来事だったわけで。
この人のイメージを固定できぬままこうして話す事になった僕は、どういうノリで話していいかわからなかったのだ。
…けっこうきつい人なのかなぁ。
冷たい態度を取られるのではとびくびくするチキンな僕。
対して古式さんは、至って素面のまま、僕の前で佇んでいた。

「…これから、野球ですか?」
「う、うん…」
「精が出ますね…」
「ま、まぁね……そ、そういえばっ!謙吾とはどうなったの?あれからちゃんと仲直り――」
「知りません」
「…え?いや、謙吾と――」
「知りません」
「……そ、そう」

ぴしゃりと遮られ、仕方なく僕は謙吾の話題を取りやめる。
や、やっぱりまだ怒ってるんだ…。
謙吾…ちゃんとご機嫌取らないとやばいよ…。

「…それにしても」
「ん?」
「直枝さんは、可愛いですね」
「……はぁっ?」

い、いきなり何なのっ?
本当に唐突な感想に、僕はたまらず驚きの声を上げる。
しみじみと語る様に、古式さんは目を伏せて呟く。

「…本当に、同学年の男の子ではないくらいに、可愛いです…」
「…それはちょっとショックなんですが」

要は『ガキっぽい』と言われているわけで。
確かに自分が童顔なのはわかっていたが、こうも面と向かって言われるとちょっと傷つく。

「…そうだ」

何かを思いついたらしく、古式さんは小さく微笑んだ。
そして、音を立てず、僕の前まで歩み寄ってくる。
それはもう、鼻先くらいまで。
そこまで進入される事を良しとした僕も僕だが、まさかここまで来るとは思わず、お互いの息のかかる様な距離で見詰め合う。

「…な、何?」
「良かったら……」

か細い声で、でも近いからはっきり聞こえる声で。
儚い印象の微笑みが、みるみる妖艶に変わって――

「私の、弟になりませんか…?」

ドバーン!

「ダメに決まってるでしょうっ!」

目の前の空き教室の扉が乱暴に開けられ、そこから現れたのは鬼の風紀委員長こと二木佳奈多さん。
顔を真っ赤にして叫ぶ彼女は、『鬼』とは程遠く、何だか可愛かった。

「…か、佳奈多さん?」
「直枝理樹は葉留佳の彼氏、そして葉留佳の姉である私が直枝理樹の義姉(あね)なのよっ!」

ズカズカと僕らの傍まで歩み寄りながら喚く。
空き教室で何してたのとか風紀委員のお仕事ですか云々の質問をせずとも、彼女がこの教室の中で何をしていたのかは今の言動で明白だった。

「…直枝さんの恋人のお姉さん、ですか……さすがに分が悪いですね」

そう言った後、佳奈多さんに鬱陶しげな目を向けた後、もう用はないらしく、古式さんは『それでは』と小さく呟いて踵を返した。
が、足を1歩踏み出した所でまたこちらを振り返り、僕の手を両手で握って優しく笑いかけながら。

「…直枝さん、その気になったらいつでも声をかけてくださいね」
「何手を握ってるのよ、離しなさいっ!」
「……」
「何よ、その目はっ」
「いいえ、別に……それでは」

また佳奈多さんに一瞥をくれた後、本当に古式さんは廊下の角へと消えていった。

「……」
「……」

何がなんだかわからず呆然とする僕と、ふんっ、と鼻息を荒くして古式さんの消えた方向を睨みつける佳奈多さん。
……古式さんって、あんな人だったんだ。
ここにきてようやく、彼女の人物像を理解し始める僕。
そして。

ガシィッ!
ギリギリギリ…っ!

「わかってるわね直枝理樹…?ぜっっっったいに!あの女の言う事聞いちゃダメよ…?」
「ひゃ、ひゃい…」

両側のほっぺたを思いっきりつねられながら、脅迫と言う名の命令を、ご機嫌斜めの義姉(予定)に下される僕なのであった。





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