とある休み時間、廊下を歩いていたら謙吾が窓際に寄りかかりながらたそがれていた。
外はよく晴れていたので気分転換でもしてるのかというとそういう雰囲気でもなく、明らかに謙吾の表情からは哀愁が漂っている。
その奇異な雰囲気を匂わす謙吾に皆が心配そうに目を向けながらも、声を掛けれず通り過ぎていくので、僕が代表して話しかける。

「ちょっと、謙吾?」
「……理樹か?」
「うん。どうしたの、こんな所で?」
「………聞いて、くれるか?」
「う、うん…」

重々しく口を開く謙吾に、僕は動揺しながらも中腰になって話を窺う。
その後少し間が空いた後、謙吾は薄暗い笑みを浮かべながら、口を開いた。

「古式が……古式がな」
「古式さんが…?」
「最近、冷たいんだ…」
「……」

告げられた事実に、僕は不覚にも二度頷いてしまった。
それは先日の出来事を見ていたから。
人伝いに謙吾と古式さんの交流は聞いてはいたものの、先日の雰囲気はその言伝と随分と差がある。
噂とは高確率で尾ひれがついて根も葉もない話が混じるのだが、謙吾の話しぶりから僕の聞いた話は信憑性があると思う。
そして、謙吾が嘘をついているとも思えない。
それはつまり、事実は謙吾が感じている通りだという事なのだ。

「昔はあんなにお淑やかだったんだがなぁ…いつからあぁになってしまったのか」
「…」
「古式も…少し遅い、反抗期を迎えたという事なのか」
「謙吾……」

どこかの父親みたいな事を言う謙吾の肩に、僕は優しく手を置いた。
謙吾が振り向く。
その謙吾に向けて、僕は優しさ5割、同情3割、哀れみ2割をブレンドした微笑みを向けた。

「り、理樹……」
「うん、わかるよ、謙吾の気持ち…」
「…そうか。お前も、三枝の事で苦労してるんだな…」
「謙吾も、わかってくれる…?」
「もちろんだとも…」

そう言って謙吾は、僕に柔らかい笑みをくれた。
最も、その柔らかさは哀愁と黄昏が9割がたを占めていたが。

「昔は、良かったなぁ…」
「そうだねぇ…」
「女ってのは、怖いなぁ…」
「そうだよねぇ…」

窓から見える青空を2人で眺めながら、ぼんやりと会話する。
あぁ、なんて和むのだろう…。
こんなに穏やかな気分になれるのは久しぶりかもしれない。
それも、こうして親友に気持ちを共有できる人間が出来たからなのかもしれない。
これから少しは、愚痴の1つでも零せる様になるかな…?
そんな事を思ってしまったのが、運の尽きだった。

「昔の方が良かった……ですか」
『っ!?』

左に立つ謙吾のさらに奥の方から、透き通った女性の声が聞こえた。
その声は酷く重く、暗い。
木漏れ日が眩しい昼にはとてもではないが相応しくない寒々とした声色に、僕らは条件反射的に体を震わせ、そちらの方を見た。

「それはつまり……今の私には魅力を感じていないと仰るわけですね…宮沢さん」
「こ…古式っ!」

そこに立つは、眼帯の少女。
それこそ、謙吾の悩めるお相手、古式みゆきさんに他ならなかった。
口ぶりから話を聞かれていただろう事もあり、謙吾の顔がみるみる内に血色が悪くなっていく。

「まぁ、そう仰るのなら別に構いませんが…」
「いや、古式違うんだっ。さっきの話はそういう意味ではなくてだなっ」
「私も別に宮沢さんにはそういう感情を持っていたわけではないですし?…あ、なら特に言う事もないですね」
「俺はもちろん昔も今も君の魅力は溢れんばかり――」
「それでは……」
「……こ、古式待ってくれえええぇぇぇーーーーっっっ!!」

言いたい事だけ言って立ち去った古式さんを、謙吾がヘタレな走りで追いかけていった。
何かもう……あの2人、付き合っちゃえばいいのに。
まぁ…そこは当人の2人に任せますか。
そんなに遠く離れていないのでそろそろ追いついたであろう謙吾の行く末を想像しながら、僕は溜め息1つ吐いて踵を返した。

「理樹君…?怖いって……どういうこと……?」

そして。
僕の方は、死のロードのスタート地点に立ってしまった事を、この瞬間に察知したのだった。



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