カリカリ…。
「……」
物静かな空間に、本を捲る音や何かを書き込む音だけが聞こえる。
時々ひそひそと話し声が聞こえるが、表立って声を上げて喋ろうとする者はいない。
そんな、誰もが静かに勉学に励む場所…図書室。
僕はその中にいる1人として、ひたすら教科書と格闘していた。
今日からテスト期間に入り、部活等も数日間の休止期間に入った。
部活動に所属していない僕にとっては関係のない事柄ではあるが、テストに関しては無関係…などとは言ってられない。
成績は悪くないが、それでも勉強なしでテストに挑むのは無謀というものだ。
部活連中も今日から本腰を入れて勉強するはず。
帰宅部の僕も、そろそろしっかりとテスト勉強し始めないといけない…。
というわけで、放課後、葉留佳さんと2人で図書室に来たわけなのだが…。
「……」
周りを見渡しても、その姿を見つける事は出来ない。
右隣の席に置いてあった彼女の勉強道具も、今となってはどこにも見当たらなかった。
というのも、今から30分程前。
勉強を開始してちょうど1時間経った頃だったろうか。
葉留佳さんがシャーペンを机に投げ出して、言った。
「ねぇ、ちょっと休憩にしない?」
特に異論はなかったので、僕はそれを承諾する。
気を抜いたら、急に催してきたので僕はトイレに行った。
用を足し、すっきりして図書室に戻ってくる。
正味2、3分と言った所か。
自分の荷物が置かれた場所に戻ってきたら…何と、隣がもぬけの殻ではないか。
先ほどまで人がいたとは思えない整然ぶり。
僕は葉留佳さんの存在を探す素振りもせずに悟る。
『逃げたな』、と。
そして、葉留佳さんは戻ってくる事なく、今に至るわけである。
捕まえてくる事も不可能ではないが、テスト勉強はさすがに真剣に時間を割きたい。
このまま葉留佳さんを探しに行った場合、今までの経験上、必ずと言っていい程騒動が起こる。
彼氏としてどうなのかと思わないでもないが、ここは僕1人でも勉強する事にしたのだ。
最終下校時間までは時間がある。
部屋に戻れば真人がいるから、まともに勉強が出来ない。
今日ここに来る事さえ寂しがってたので、連日図書館に来る事は不可能そうだった。
なので、ここでしっかりと勉強して、後は真人達と遊ぼう。
そして、勉強も見てあげよう。
再度シャーペンを握り締め、僕は再び教科書に手をかけた。
カリカリ…。
「……」
それから30分、特にこれといった事もなく勉強が進む。
このペースでいけば、2教科は堅いかな…。
「隣、いいかしら?」
声がかかったのは、そんな事を考えていた時だった。
顔を上げる。
「…二木さん」
見上げたそこには、二木さんがいた。
数冊の教科書とノート、そしてシックな黒い筆箱を胸元に抱えている。
「どうも。で、隣、いい?」
「うん、いいよ」
彼女が隣の席に腰掛ける。
葉留佳さんが座っていた席だ。
まぁ戻ってこないだろうからいいか、と僕は何も言わずそれを見送った。
「葉留佳は?」
「1時間くらいしていなくなったよ。それっきり戻ってこない」
「あの娘は…」
溜め息を吐きながら、教科書とノートを広げ、そちらに集中し始める。
話す事はもうないらしい。
なので、僕も再び勉学の世界へと戻った。
カリカリ…。
「……」
「…ねぇ」
再び声をかけてきたのは、さらに30分程経ってからだった。
小声だったので彼女の声か判断できなかったが、そちらの方を見ると彼女もこちらを見ていたので、やはり声をかけてきたようだ。
「何?」
「……私達って、今、周りからどういう関係に見えるんでしょうね」
「…は?」
相変わらず意図が読みづらい問い。
彼女の顔を見るも、特に何も汲み取れない。
「どういう関係って…さぁ?」
「恋人とかに見えるかしら?」
「ぶっ!」
「ちょっと、うるさいわよ」
片眉をピクリと上げながら怒る。
ばっ、と口元に手を当てながら周りを見渡すも、特に気にしている人はいない様だった。
ほっと息を吐きながら手を離す。
「もう……まぁ、いいわ」
「え?」
「何でもない。さ、勉強しましょ」
何事もなかった様に、意識を教科書に戻す彼女。
先程の質問、どういう意味だったんだろう?
僕と2人きりで勉強する事を気にしたのだろうか?
でも、席を立つ様子も見えない。
となると…。
「……ぇ?」
再度彼女の方に顔を向ける。
僕が向いている事も気づかず、真剣に勉強に取り組んでいる彼女。
先程あの様な質問をしてきたとはとても思えなかった。
もしかして…いや、でも…まさか……ね。
その後、集中できず悶々としたまま時間が過ぎ、大して勉強できずに図書室を去る僕であった。