「ハロー、佳奈多さん!」
「おはよう直枝理樹。今日は一段と頭が陽気ね」
「そしてグッドバイ!」
「…ケンカ売ってる?」

眉間に青筋を立てる佳奈多。
それを見て理樹は顔を青くして後ずさるが。

「はい、私はケンカを売ってます」
「…へぇ、いい度胸ね」
「はい、度胸があります」
「……本気でやられないと、気がすまないらしいわね」

ポキポキと指を鳴らして歩み寄る。
地獄の沙汰を練り歩く悪鬼の形相に、理樹は懸命に両手を振ってアピールするも。

「はい、そうです」
「…あなた、何がしたいわけ?」
「とりあえず、佳奈多さんに…」
「私に?」
「ケンカを売ってます」
「せぃっ!」

バゴっ!

吹っ飛ばされる理樹。
身振りと言動が矛盾している。
顔には恐怖が滲んでいるというのに、言葉はあまりにもケンカ腰。
佳奈多の苛立ちは瞬く間に募り、とうとうパンチを繰り出してしまった。

「どう?…これで気が済んだかしら?」
「いいえ、全く済んでいません」
「くっ…ならこれでどう!?」

バキッゴキッ!

殴る、殴る。
持て得る限りの力を振り絞って、佳奈多は理樹の至る所に連打を浴びせていく。
理樹の顔が、たちまち変形していく。

「どうっ!?これでどうなのっ!?もう十分でしょっ!?」
「い、いいえ、全然足りません…」
「きぃぃぃーーーーっ、ならこれでどうよっ!」

ごすっ、ごすっ。

蹴りも加わり、一層鈍い音が木霊する。
理樹の腹部に、佳奈多の細い足が食い込み、理樹は体をくの字に曲げる。
頭が下がった所へ、佳奈多の鋭いアッパー。
顎を直撃し、下がるはずだった頭がきれいに跳ね上がる。
もう理樹に、理性はなかった。
そして、佳奈多も理性のたがが外れていた。

がすっ、がすっ。

殴る。
ひたすら殴る。
彼女はもう、止める事など出来なかった。
脳裏に、へらへらと笑いながらケンカを売る理樹の顔が焼きついていたから。
暗闇の中。
鈍い音だけが、絶えず鳴り響いていた…。





「…と、いう夢を見たのよ」
「……」

すまし顔でそんな事を言われ、閉口してしまう。
何ですか、その夢…。

「今日の目覚め程最悪な事はなかったわ」
「……」
「ねぇ…」
「は、はい?」

宙を向いていた目線が、こちらを向く。
何の感情も宿さない目だった。

「現実のあなたも……私に、ケンカを売る?」
「い、いえ、とんでもないっ!」

両手を振って否定をアピールした。

ちっ……あ、そう」
「今、舌打ちした?」
「してないわよ」

相変わらず真顔で言いのける佳奈多さん。
あなた、まだ抱えてるストレス、僕で解消しようとしましたね…?

そうは思っても、怖くてそれを口に出来ない僕なのであった。 inserted by FC2 system