またも偶然にというか、いつもの様にというか……何にせよ、また休み時間にばったり自販機の前で遭遇した僕と二木さんは、紙コップ片手にだべっていた。
その会話の途中、二木さんが唐突に言った。

「いい加減、変えてほしいんだけど」
「…何を?」
「呼び方よ、呼び方」
「……どういうこと?」

要領が掴めず、小首を傾げる。
すると二木さんが僕をびっ、と指差して、言った。

「だから、あなたの私に対する呼び方を変えてほしいって言ったのよ」
「………あーあーあー」
「わかった?」
「つまり、『二木さん』という呼び方を変えてほしい、と」
「そういうことよ」

二木さんが満足げに頷く。
なるほど、そういうことね…。
僕も話が通じた事に頷いていると、彼女がまた喋りだした。

「葉留佳もそうだったと思うけど、名字は好きじゃないの。私は私にしかなれない…それはわかってはいるけれどね」

二木さんの話を聞きながら、葉留佳さんの事も思い出す。
そういえば、葉留佳さんにも同じ様な事を言われて名前で呼び始めたんだっけ。
あの頃が随分前の事の様に思える。
それ程この約半年間が濃密だったと言う事なのだろうか。

「あなたと私はもうそれなりの仲だもの。できれば名前で呼んでほしいわ」

僕の目を見て言ってくる。
まぁ、僕も気にせず惰性で呼び続けてきただけだし。
この呼び方に愛着やこだわりがあるわけでもない。
あちらから名前で呼んでいいと言っているのだ。
これからは喜んで呼ばせてもらおう。

「わかったよ………佳奈多」
「……あなたは、自分の彼女はさん付けで、その姉は呼び捨てにするわけ?」
「あ、ごめん」

つい『名前で呼ぶ』を意識しすぎたせいで呼び捨てにしてしまった。
……でも、普通に『佳奈多さん』ってのも面白くないなぁ。
もっとこうコミカルで、キャッチーで、それでいてキュートな感じの、ビューチホーな呼び名はないだろうか。
うーむ…。

「かなたん」
「…あなた、ケンカ売ってるの?」
「いや…かなかな?」
「……」
「違うな、もっとこう何かと掛け合わせる感じの……そうだ、佳奈ぶんなんてのは――」
「死んで」

テンプルに物凄い打撃。
想像の世界に浸っていた僕は何が起きたのかもわからず視界を暗闇に染めたのだった。




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