今日は葉留佳さんの家へ遊びに。
が、葉留佳さんは何か用事があるらしく、先に行っててと一言残し、何処かへ消えてしまった。
勝手知ったる…とまでお邪魔させてもらったわけではないので、1人で家に上がるのはさすがに緊張する。
とはいえ、玄関の前でぼけっと突っ立ってたらご近所に何を噂されるかわからない。
何度か溜め息を吐きながらてくてくと歩いていたら、いつの間にやらという具合に家の前に到着してしまう。
両親いるのかな…。
このままドアの前に張り付いていても仕方がない、とインターホンを押す。

ピンポーン。

はーい

ドア越しに反応が。
女の人の声だ。
あれ、おばさんこんな声だったっけ?
頭に疑問符をつけていると、目の前のドアが、がちゃり。

「はい……て、直枝理樹じゃない」
「……二木さん?」

出てきたのは、何と二木さんだった。
何で…?ともう1つ疑問符を浮かべかけるが、それを取り払う。
そういえば二木さんもこの家に寄ってるんだっけ…。
以前は葉留佳さんと鉢合わない様に来ていた筈だったので、すっかりその事は忘れていた。
現在は2人は良好な関係を築いているので、2人一緒にいても特に問題はないか。

「まぁ、とりあえず上がりなさいよ」
「あ、うん」

言われるままに靴を脱ぎ、家に上がる。
そのまま二木さんの後をくっつく様にして進む。

「なるほどねぇ、そういう事だったのね」
「何が?」
「葉留佳が『今日は夜に来て』ってしつこく言ってきたの。何事かと思ったら…直枝理樹が来る予定だったのね」
「…はぁ」

くすくすと噛み殺す様に笑う二木さんに生返事で返す。
何だか二木さん機嫌良いなぁ。
いつも僕の前でこんな明るく笑顔を振りまいたりしないのに。
上機嫌気味の二木さんは、軽い足取りで僕をリビングまで案内する。

「そこ座って……何か出すわ、麦茶でいいかしら?」
「あ、いや、別にそんな……」
「遠慮しなくていいわよ。私も飲みたいし、ついでに淹れてあげるわ」

そう言って、キッチンの方へ姿を消す。
何気なく伸ばした手が行方を彷徨い…仕方なく、またも言われるがままにソファに腰掛ける。
……。
何もする事がない。
キッチンの方から、カチャカチャという容器の接触する音だけが聞こえてくる。
…そういえば、両親はいないのかな?
気になったので、聞いてみる。

「二木さーん」
「何ー?」
「あのー、おばさんとかはー…」
「仕事でいないわー、後3時間は帰ってこないわねー」

若干声を張っての会話。
そうか、両親いないのか…。
今は両親と都合を合わせて帰っているというから、もしかしたらと思ったのだが…。
でもまぁ、失礼極まりないが、両親がいない方が気兼ねなく出来ていいかもしれない。
二木さんも別に知らない仲じゃないし。
両親不在という知らせで、僕の体が少し解れた様な気がした。

「お待たせ」

程なくして二木さんが戻ってくる。
お盆に乗った2つのグラスと、深めの皿に盛り付けられる色とりどりのお菓子。

「麦茶だけじゃ味気ないしね。大した物じゃないけど食べて」
「ごめん、何か色々と…」
「いいのよ、客人なんだから」

緩やかに笑って、テーブルの向かいのソファへ腰掛ける二木さん。
…何か、変だな。
やはり、二木さんの陽気な様に違和感を覚える。
何かこう、僕の前だともっと刺々しい印象だったのだが…?
家でくつろいでいる時はこんな物なのだろうか?
違和感を感じつつも、それを改まって言う事も出来ず、とりあえず麦茶を一口含む。
よく冷えた麦茶だった。

「今日は皆集まる日だったんだね」

グラスをテーブルに置きつつ、二木さんに話しかける。
僕の言葉に二木さんは一瞬ぽかんと口を開けた後……可笑しそうに顔を緩めながらぱたぱたと手を振って、言った。

「あー、違うのよ」
「え?」
「私、今日からここで暮らす事になったから」
「へぇ………て、うぇっ!?」
「何よ、そんなに驚く事?」
「あ、いや…」

軽く一睨みされ、半ば浮きかけた腰を再びソファに沈める。
驚いた。
いや、そんな日がいつか来ればいいなと思ってはいたが…。
叶う日がこんなに近いとは夢にも思わなかったわけで…。

「だって、その、あっちの家の問題とか…」

ぼそっと呟いてみる。
そう。
葉留佳さんと二木さんには、家柄の問題が残っているはずだった。
正直な話、二木さんが今現在葉留佳さんと仲良くやっている事さえも、あちらの家の方々は歯噛みしているはず…。
ほぼ独断で二木さんがしてきたそれが、とうとう引越しとなると、あちらも黙っていないのでは…。

「あぁ、本家ね…あそこの家の奴らはほんっと頭が固くて嫌になるわ…」

凝ったとでも言いたげに肩を自らの手で揉む二木さん。
その様子はとても気だるげだった。

「まぁ私も頑張ってきたけど、ここからは父さん達がやるって事で私は晴れて自由の身というわけ。私があそこに居残ってもやることはもうないもの」

軽々しく言葉を放るその様からは想像も出来ないが、恐らくあっちでは熾烈を極めたに違いない。
二木さんが意思表示をした所で納得する筈がない。
今までの二木さん達の自由も、晶さん…が恐らく何か手を投じていたのだろう。
そして今回の完全な別離。
狂信的な奴らと引き離すのは並大抵な事ではない。
晶さん、そしてここに住まう両親の3人…が主立って先導したに違いない。
もしかしたら、本家の中にも同じ思いを持つ者もいたかもしれない。
……まぁ、全ては憶測に過ぎない。
そして、そこを詳しく追求する気もない。
葉留佳さんが、二木さんが、笑えるのならそれでいいと思う。

「というわけで…多分ここで会う事も多くなると思うから…よろしく」

小さく笑って、テーブルに置かれた僕のグラスと自身のグラスを、軽くぶつけた。

チンッ。

小さく甲高いガラス音が鳴る。
乾杯…だろうか?
何に対して?
それはもちろん…。

「葉留佳さんと、二木さんのこれからの幸せに……乾杯」

そう言って、僕はグラスを掲げた。

「キザね」

小さく鼻で笑った二木さんだったが…合わせる様に、僕のグラスへ再度自身のそれをくっつけた。

チンッ。

ガラス音。
夕方時。
麦茶と甘いお菓子。
完全なティータイム。
緩やかな時の流れの中で、僕らはささやかな祝福を交わした。
こうして二木さんは、改めて葉留佳さんの家族の一員として、この家に住まう事になったのだった。




「ところで、直枝理樹?」
「ん?」
「その…は、葉留佳とは、いつも…な、縄とかで、してるの……?」
「……」

二木さん、あなたまだ覚えてたんですね…。




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