次の時間は世界史だ。
嫌いではないが、資料やら何やらが多くてかさばる事この上ない。
もうちょっと資料集とかスリムにならないかな…。
ポケット資料集を脳内で企画しながら、机の中を手探りで漁る。
世界史の教材は幅を取るので、感触で大体わかるはずだった…のだが。

「…あれ?」

なかった。
分厚くて大きい資料集の感触が、全くなかった。
それと同時に、前日の事を思い出す。
勉強の為にと薄っぺらい鞄に教材を突っ込んで、重くなった鞄を胸に抱えて帰った事。
部屋に戻って真っ先にそれを机の上に放り投げて、放置していた事。
そして、今日持ってきた鞄が、翼でも生えたかの様に軽かった事。
以上の事を踏まえれば、それはつまり。

「忘れてきた…」

そういう事である。
今頃、僕の部屋の机の上にどっしりと重量のある教科書やら資料集が鎮座している事だろう。
己の失態を自嘲して、溜め息を吐く。
どうしようか…。
さすがに丸腰で授業に臨むわけにもいかない。
手っ取り早いのは、誰かに借りる事なのだが。
他のクラスに借りれる人間なんて…。

「…いた」

いるじゃないか。
他のクラスに所属している、僕の彼女が。
いつもここの教室にいるから、すっかりその事実が頭から抜け落ちていた。
彼女ならきっと貸してくれるだろう。
そうと決まれば、と僕は立ち上がり、教室を飛び出した。
少し僕と葉留佳さんのクラスは離れているが、そう時間のかかる距離ではない。
あっという間に、彼女のクラス前に辿り着く。
さて、まずは教室に入って葉留佳さんを呼んで…。

ガラッ。

「だからぁ、本当なんだってば〜」
「嘘おっしゃい。あからさますぎるわよ」

借りる算段を頭で立てていたら、逆にあちらから出てきてくれた。
二木さんと2人でどこかへ行こうとしていた様だ。
ドアの傍にいたので、2人はすぐに僕に気づく。

「あれ、理樹君、こんなとこで何してんの?」
「直枝理樹じゃない」
「いや〜、その、実は…」

好都合とばかりに用件を切り出そうとしたが、そこではたと思いつき。
ちらと葉留佳さんを見る。

「…?」

最初は葉留佳さんに借りようと思っていたけど…。
悪戯好きの葉留佳さんの事だ、教科書に何か手を加えている可能性も…。
そんな事を考えながら、今度は二木さんを見る。

「…何なの?」

二木さんなら、教科書も大事に使っているに違いない。
あるとすれば色ペンで線引いていたりとか、むしろ勉強に役立つ事に違いない。
……よし。

「二木さん、世界史の教科書と資料集、貸してくれない?」
「あーっ!絶対理樹君私とお姉ちゃん見比べたでしょーっ!?」

間髪入れずに葉留佳さんがぷんぷんと怒る。
葉留佳さん達が比べられる事が大嫌いなのはわかってたけど…。
だって……ねぇ?

「は、葉留佳さんの教科書とかには落書きとかしてそうだし…」
「私は別に貸しても構わないんだけど…?」

そう言って、僕と二木さんは葉留佳さんを見る。
僕らの視線に葉留佳さんは勢いを削がれたのか、一歩退く。

「うっ……し、してないよっ!」
「本当?」
「もっちろんっ!ただちょー…っと顔写真の下にオッパイとか書いちゃっただけで――」
「二木さん、やっぱり貸してくれない?」
「ええ、いいわよ」
「あれぇー!?」

ぴょいんと驚きで跳ね上がる葉留佳さんをよそに、僕と二木さんはニコリと微笑みあったのだった。
その後、結局葉留佳さんが頑なに貸すと言って教材を押し付けてきたので、葉留佳さんの物を借りる事に。
そして何とか物を揃えて授業に臨んだのだが…。

「………」

葉留佳さんの教科書をパラパラとめくって、愕然とする。
オッパイは書いていなかったが…。

「ど、ドラ○ロワが…」

19世紀の画家達の顔写真のほとんどに、下半身が描き加えられていた。
しかも、何故かセーラー服…バリエーション豊富な上に微妙に上手い…。
デフォルメちっくなセーラー服を着たごつい男達が揃い踏みで、それはそれはシュールな光景だった。
やっぱ葉留佳さん、落書きしまくりじゃん…。

結局、他のページも落書きされていたりで、授業に全く集中できなかった僕なのであった。


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