小走りに廊下を駆け抜ける。
次の時間は体育なのだが、授業開始までもう時間がほとんどない。
今日は日直だった。
黒板の文字を消したりなんだりと雑務に追われ、体育館に向かうのが遅れてしまった。
待とうとする真人達を先に行かせたのは正解だった。
もし仮に遅れても、何か言伝してくれるかもしれない。
そんな期待を胸に抱きつつも、間に合う可能性がないわけではないので懸命に走る。
くそっ、間に合うか…?
小走りはいつしか全力疾走に変わり、弾丸の様な勢いで校舎を飛び出す。
体育館へとつながる中庭を走る。
とそこで、のんびりと中庭を闊歩する1人の女生徒。

「二木さんっ、何してるのっ?」

風紀委員長こと、二木さんだった。
何か周りを観察していた様だったが、僕の声に気づいてこちらを向く。

「直枝理樹じゃない。もう授業始まるわよ?」
「それはこっちの科白だよ。二木さんも急がないとっ」
「私は大丈夫……ほら」

そう言って、後ろ手に持っていた物を僕の前に見せる。
スケッチブックだった。
ふと彼女の手元を見れば、鉛筆が数本握られている。

「2時間連続で、美術の写生なの。前の時間から続けてやってる最中というわけよ」
「そうだったんだ」

中庭の花壇には、色とりどりの花が植えられている。
二木さんはここをポイントとして考えていたらしかった。

キーンコーンカーン……。

「あ…」
「ほら、チャイム鳴ったわよ?行きなさい」
「う、うんっ」

僕の胸をとんと押して、彼女は再び花壇へと意識を移す。
一度そちらへ視線を投げかけてから、僕は体育館へと駆ける。
けれど、10メートル程走った所で、僕は振り返った。
腰を屈め、花に触れながらじっくりとそれを観察している二木さん。
上から射し込む陽の光と、彩られた花々。
そこに囲まれながら佇む二木さんは、まるで絵本の中の登場人物の様に、幻想的で、綺麗だった。
その光景を目を細めて暫し眺めた後、僕は再度体育館へ向かうため、回れ右しようとした……所で。

びゅぉっ!

前触れなしの突風。
いや、突風なのだからそれは当然だが。
しかし、本当にいきなり、中庭に強風が吹いたのだ。

「キャッ!」

二木さんの小さな悲鳴と共に。
舞い上がるスカート。
晒される太腿。
そして…。

バサッ!

二木さんが反射的にスカートをスケッチブックで抑え込んだ。
僕は何故かその場から動けず、彼女の一挙一動に目をこらす。
彼女が、ゆっくりと顔を上げる。

「見た…?」
「っ!」

顔は紅潮し、涙目になりながらキッと僕を睨んでいた。
内股でスカートを手で押さえながらそんな表情をする二木さんは、葉留佳さんがいるのに不誠実だと罵られようとも、僕はこう感じずにはいられなかった。
やべぇ、二木さんの可愛さ半端ねぇ…と。

「あー、そのー……」

可愛く睨む二木さんを前に、僕は言葉に迷う。
こういう時何と言えばいいのか。
必死に否定したら逆に見たと思われそうだし、かといって開き直るなんてもっと最悪だし…。
あぁーもうわかんないっ!
こんがらがった末に、僕は。

「いやー……今日は空が青いですねぇ」

たはは、と笑いながらそんな事を口走っていた。
僕のそれを耳にした瞬間、彼女が一瞬で僕に詰め寄ってくる。
は、はやっ!

「見たのね?」
「い、いえ、見てないっす……」
「見たんでしょ?正直にいいなさい…?」
「み、見てないよっ!二木さんのスカートの中には青空しかなかったよ!………はっ!?」

自分で何を言ったのかよくわからなくなった。
思考が停止する。

ガシッ!

僕の時を動かしたのは、僕の肩をがっしりと掴んだ二木さんの手だった。
目の前にいるのは、先程の愛くるしい二木さんではなかった。
ただただ僕の体を破壊する事に執心する、バーサーカーだった。
だらだらと汗を流しながら、何とかこの状況を回避しようと試みてみる。

「あの……僕、体育の授業に行かなきゃいけないんですけど…」
「あら…あなたがこれから行く所は体育館じゃないわよ?」
「……グラウンド?」
「地獄」


その後、気づいたら僕は夕暮れの保健室のベッドに横たわっていた。





inserted by FC2 system