「全くもう…」
「ごめん…」

僕の体のあちこちに、丁寧に包帯が巻かれていく。
しなやかな指先。
彼女達の本家での数々の出来事は聞いていたが、白魚の様な指は、それを全く感じさせない程美しかった。
途切れる事なく流れるように動く手先を、僕は手持ち無沙汰に眺めていた。

「本当、どうしようもないくらいにダメ男ね……直枝理樹」
「返す言葉もございません」

手当てをしてくれている女性…二木さんに、頭を垂れる。
清々しい朝方から恋人の折檻を受けた僕。
葉留佳さんが手を休めた頃には、僕は亡骸の如く、為す術もなく体を地に放り投げていた。
それでも怒りは治まらなかったのか、葉留佳さんはずんずんと大きな足音を立てて部屋を出て行ってしまった。
彼女の部屋に1人取り残される僕。
とはいえ、動くことすらままならない。
そんな中、ぷすぷすと煙を上げて寝そべる僕を見かねたのか、溜め息混じりに部屋に入ってきたのが二木さんだったのだ。
引きずられて部屋に入れられるのを偶然目撃していたらしい。
それが今の状況に繋がっているのだから、その幸運に感謝せずにはいられない。

「何であの娘はこんな男を好きになったんだか…」
「ははは…」
「笑ってんじゃないわよ」
「いたっ!」

バシッ!と勢い良く腕に湿布を貼られる。
普段なら何てことはないその一撃も、今の体だと波を打つ様に痛みが伝わっていく。
くそぅ…まぁ悪いのは僕なんだから仕方のない事なのだけども。

「……はい、終わり。一先ず安静にしてなさい。もちろん野球も禁止」
「この状態で野球する気はないよ…」
「でしょうね。これでやろうとするなんて、よほど体を苛め抜く筋肉馬鹿くらいだわ」

暗に真人や謙吾の事を言ってるのだろうか…?
皮肉屋のこの人の事だからありうる。
もちろん口には出さないが。
手当ては完了したとの事なので、制服の袖に腕を通す。
包帯などによって固定されているからなのか、はたまた気分の問題なのかわからないが、幾分か痛みが和らいだ様な気がした。

「それにしても、随分派手にやられたわね。軽い症状ばかりだったけれど、けっこう色々な所怪我してたわよ?」
「あなたの攻撃も一端を担っているのですが…」
「何か言った?」
「いえ何も」

にっこりとした笑みと妙なプレッシャーを向けられ、口を噤む。
この人の満面の笑顔なんて初めて見た。
何だかラッキーな気分だ。
こんな状況下で向けられたものでなければなお良かったのだが。

「でもまぁ…それだけ、思われてるってことよね」
「…え?」
「だって、そうでしょ?じゃなかったら『もういい』って呆れて終わるだけよ」
「うーん、そういうものなのかなぁ?」
「そういうものよ」

あぐらをかいたまま、太ももに頬杖を立てて唸る。
確かに、無視や無関心が最大の拒絶だという話もあるらしいし、二木さんの話も頷けるかも。
思われてるからこそ、構ってくれるのかもしれない。
だからといって安心できるわけではないが。
昨日今日で、葉留佳さんの機嫌は著しく低下しているに違いない。
自ら蒔いた種とはいえ、これからの事を考えると少し鬱だ。
葉留佳さん、許してくれるかなぁ?

「……しょうがないわねぇ」
「何が?……えっ」

後ろで聞こえた溜め息混じりの声に僕は振り返ろうとしたが、出来なかった。
ふわり…と体が何かに包まれたからだ。
背後から回される、細い腕。
二木さんに、後ろから抱きつかれたのだ。

「しっかりしなさい、直枝理樹。あなたはあの娘の彼氏でしょう?」
「ふた、き…さん…」
「大丈夫、葉留佳はきっと許してくれるわ。だって、あの娘の一番の居場所は、あなたの隣なんだから」
「…うん」

仄かに香る甘い匂い。
葉留佳さんのそれとは違う、でもやっぱりドキドキする女の人の匂い。
少し、部屋の雰囲気がゆったりとしたものになった気がした。

「二木さん…」
「何?」
「手当て、ありがとう…」
「……どういたしまして」

2人とも、暫しそのままの体勢でいる。
外から女生徒達の声が小さく聞こえる。
予鈴まで、まだ時間はある。
朝食摂ってないけど、まぁいいか。
今はただ、このまま、二木さんに包まれたままでいたい。
夢の中へ誘われる様に、すぅ…と目を閉じた。


ガチャ。


「理樹くーん、ちゃんと反省したか…な……」
『……』

オージーザス。
まさかの葉留佳さんの入室。
もちろん僕は二木さんに後ろから抱きしめられたまま。
固まる3人。
暫しの沈黙の後。

「うっ……」

目じりに涙を浮かべる葉留佳さん。
そして。

「り……理樹君の浮気物ーーーーっ!ヤリチーーーーンっ!うわああぁぁぁんっ!」

誤解極まりない発言をしながら部屋を飛び出していった。

「……」
「……」

その光景を黙って見送る僕ら。
その後…くっついたまま互いの顔を見合わせる。

「…どうする?」
「『どうする?』じゃないわよっ!早く葉留佳の誤解を解きに行くわよっ!」
「う、うんっ!」
「あぁもうっ!何でよりによって誤解されるのがこんな奴となのよ…っ!この超絶ハラスメント馬鹿!移り気大魔王!ヤリチン!」
「し、姉妹で暴言吐くの禁止っ!」

大声で言い合いをしながら、僕と二木さんと葉留佳さんは朝の寮内を走りまわったのだった。





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