カチコチと、壁掛け時計の音だけが鳴り響く。
ごくり…と唾を飲み込む。
静かな空間。
緊迫する空気。
そして、僕を見下ろす……葉留佳さん。

「あの…」
「何?」

満面の笑み。
けれど、そこから伝わる感情は、決して喜愛ではない。
空気が凝固しているのではないかと思う程の緊張感の中、僕は懸命に言葉を探す。

「とりあえず……教えてくれませんか?」
「何を?」
「だから、その……どうして、僕が縛られているのかを…」

僕は、雁字搦めにされていた。
これっぽっちも身動きが出来ない状態で、葉留佳さんの前に体を投げ出している。
ちなみに、正座だ。
さっきから足が痺れて仕方がない。
けれど、崩す事も出来ない。
手は後ろで縛られ。
足は開かない様にされている。
どういう結びかもわからないが、試してみた限り、僕の力でこれを解くのは相当困難な様だった。
そもそも、どうしてこうなったのか。
一緒に遊ぼうと誘われ、意気揚々と葉留佳さんの部屋を訪れ。
ドアを開けた瞬間襲い掛かられた。
葉留佳さんに、である。
あれよあれよという間にこの状態である。
せめて現状とか理由とか説明してほしい。
僕の願いが通じたのか、葉留佳さんは僕を見下ろしたまま口を開いた。

「ねぇ…理樹君?」
「な、何?」
「最近、お姉ちゃんとやけに仲良くない?」
「…へっ?」

葉留佳さんの問いに、思わず間抜けな声が出る。
どういう…ことだ…?

「最近理樹君、お姉ちゃんばっかりかまってるから私悔しくなっちゃって」
「……」
「それでね、姉御に相談したの」

葉留佳さん、それアウトです。
あの人じゃ絶対まともなアドバイスしません。
というか、段々素になってきてないですか?

「そしたらこの方法が良いって言われてね。ドSっぽく攻めるのがポイントだって言われたんだけど……もう疲れちゃった」

てへっと舌を出す。
そういうことですか…。
一気に部屋の空気が軟化し、僕も息を吐く。
最も、縛られたままだが。

「でもね、悔しかったのは本当だよ?お姉ちゃん何でも出来るし、優しいし、美人だし…」
「…前にも言ったけど、二木さんとは本当に何でもないから」
「うん、わかってるんだけどね…やっぱり不安なの」

そう言いながら、僕を縛っている縄をほどいてくれる。
これも来ヶ谷さんが用意したのだろうか…?
そんな事を考えているうちに、徐々に体が解放されていく。
おぉ…動く…。

「だからね、理樹君…仲良くしないで、なんては言わないけど……その分、もっと私にかまってほしいな」
「…わかった、僕も気をつけるよ」
「うんっ!」

解き終わった縄を片手に持って、満面の笑み。
今度は、その感情が手に取る様に伝わった。
あぁ、やっぱり葉留佳さんは笑顔が一番だな。
この笑顔は失くしたくない。
もう少し配慮しないと……と、そういえば僕まだ正座だった。
もうしなくていいのだから、と姿勢を崩そうとした所で…。

ガチャ。

「葉留佳ー、ちょっと聞きたい事あるんだけ…ど…」

いきなり入ってくる二木さん。
そこで目にした光景は、正座する僕と、その目の前で縄を持って笑顔の葉留佳さん。
ドアノブに手をかけたまま、固まる。
二木さんって、葉留佳さんに対してはけっこう無遠慮なのかな…?

「……ま、まぁ、あなた達の趣味に関しては何も口出しするつもりはないけど…」

ひくひくと頬を引きつらせながら、たった今入った入り口から一歩下がる。
見るからに、引いていた。

「も、もう少し、ノーマルな付き合いにした方がいいわよ……あー、その……ご、ごめんなさいっ!」

脱兎の如く逃げ出した。
そのまま見送る僕ら。
そして、顔を見合わせる。

「にゃはは……何か勘違いされちゃいましたネ…」
「暢気に言ってる場合じゃないって!完全に僕ら特殊プレイしてたと思われたよっ!」

大慌てで立ち上がる。
対して葉留佳さんに、焦る様子はない。

「何でそんな落ち着いてるのさっ!?」
「いやー、別にいんじゃない?」
「はっ!?」
「その、理樹君がしたいなら、私……しても、いいよ?」

微妙に頬を染めながら言ってくる。
先程あれだけ恐怖感を煽った縄が、何故か卑猥に見える。
心臓が激しく高鳴った。
押し寄せる興奮の波を抑える様に、ごくり、と固唾を飲み込……まないっ!

「違うっ!ていうか僕らそこまで進んでないっ!」
「えー、せっかく理樹君を縛り上げれると思ったのにー」
「僕がされる側ですかっ!…てかあぁもう、とりあえず二木さん追うよっ!」
「はーい、それじゃレッツゴーっ!」

全く誤解を解く気がない葉留佳さんと連れ立って、僕らは今日も元気に寮内を走り回るのだった。



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