3時限終了後の休み時間。
喉が渇いたので、何か飲み物を買ってこようと思い、教室を出た。
子犬の様な目をする謙吾を無視して。
…まさか謙吾までやってくるとは。
最近葉留佳さんや二木さんといる時間が多くなったからだろうか。
夜はほぼ毎日遊んでいるのだが…。
もう少しかまってあげた方がいいのかなぁ、などと考えている内に、目的の自販機へ着いた。
何を飲むか決めていなかったが、金額はどれも同じなので小銭だけ入れる。
 
「直枝理樹じゃない」
「え?…二木さん」

何にしようか考えている所にかけられた声。
後ろを向くと、そこには二木さんが。

「あなたも?」
「も…ということは、二木さんも飲み物買いに来たんだね」
「ええ。さっきの授業が体育だったから、少し喉が渇いちゃって」

そう言う二木さんの手には財布が。
至って普通の、二つ折りの黒革の物だった。
まだ僕は何にするか決めていなかったので、二木さんを待たせてはいけないと自販機へ向き直る。
あー……もうコーヒーでいいや。

ピッ………ピー、ピー、ピー。

大して吟味せずにボタンを押し、出来上がりを待って、取り出す。
まぁたかが紙コップ1杯だし。
何か以前に、この1杯を随分崇めていた様な記憶が脳裏を一瞬過ったが、すぐにそれを打ち消す。
というよりも、それに付随する様に入ってきた痛い記憶を振り払いたかったのだが。

「…あなた、無糖派なの?」
「…え?」

嫌な過去を思い出し少し気分が暗くなっていた所で、二木さんが質問してくる。
僕の手に持つ紙コップを指差して。
中身はもちろんコーヒー。
砂糖など一切入っておらず、黒々とした液面が僕の動きによって波を立たせていた。

「その年で無糖のコーヒーを飲む人って、そんなにいないと思うけど?」
「うーん、そうかな。僕は別に嫌いじゃないけど」
「何でそれにしたの?」
「いや…何となく、としか言い様がない」
「何それ…まぁいいけど」

呆れた様に言い放って、自販機の前に立つ。
いや、あなたの質問の意図も意味不明ですが…。
何を聞きたかったのだろう。
素朴な疑問とかそういった類のものだろうか?
相変わらずの問いに疑問が沸々と出てきたが、これもまたいつもの様に、どうせわかりはしないという結論に達し、全てを彼方へ放り投げた。

「私は…これにしようかしら」

500円硬貨を入れ、ほぼ即決でボタンを押す。
スポーツドリンクにした様だ。
まぁ体育の後だし、その辺が妥当だろう。
出来上がりを待つ間、二木さんがお釣りのレバーを回す。
ジャラジャラ…と独特の音を出しながら、お釣りの取り出し口に小銭が落ちてくる。
二木さんがそこに手を伸ばし、一気にお釣りを掴み上げた所で…。

チャリンッ。

一枚の硬貨が落ちた。
10円硬貨だ。
地へと落下した硬貨は、何回か不安定な跳ね方をして転がり…二木さんから少し離れた所で止まった。
そこは、僕が足を動かさずとも取れる距離だった。
僕は何の気なしに腰を屈める。
そして手を伸ばし…。

ぴとっ。

『っ!?』

片方から伸びてきた指先が、僕の指に触れた。
もちろんのその手は、二木さんの物。
僕らは驚いて反射的に手を離す。
もちろん、10円硬貨は拾わずに。

『…あ』

互いに仰け反りながら、間抜けな声を上げる。
そして、照れ隠しの様に二木さんが一度咳をし。

「……ありがと」

小さくお礼の言葉を述べ、硬貨を摘みあげる。
その一挙一動を見ていた僕は、立ち上がった二木さんと目が合う。

『っ!』

何故か目を逸らす。
ちらと見れば、二木さんもそっぽを向いていた。
…あれ、僕ら何で恥ずかしがってるんだろう。


その後。
僕らは自販機の前で、微妙な雰囲気のまま、2人並んで紙コップを口に傾け続けたのだった。
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