かの一件から数日。
二木さんが全く口を聞いてくれない。
ばったり出会っても無視して僕の横を通り過ぎ、呼び止めればメデューサも吃驚な睨みを利かせてくる。
石になった様に固まった僕を気にかける事もなく、去っていってしまう。
理由は大体把握している。
葉留佳さん同様、二木さんも誤解しているに違いない。
最も、曲解する様な言い回しをしたのは僕なのだが。
あの慌てぶり、ついて出た言葉…。
どう考えても、『告白』と受け取ったと見て相違ないはずだ。
なので、僕は行き違いを正したい。
けれど、二木さんは話をしてくれない。
…振り出しに戻るわけである。
『二木さんとさらに仲良くなる』為の作戦は己の過ちで頓挫し、むしろ後退したと言っても過言ではない。
…いや、そんな弱い表現では済まされない。
『後退した』、と断定できてしまうくらい、状況は悪い。
とはいえ、このままで良いわけがない。
二木さんが僕と言う人間を嫌うのは、悲しいけれども致し方ないとして。
きっちりと僕の本意は伝えておくべきだ。
もちろん、謝罪の言葉も込みで。
となると、問題はどうやって二木さんと会話に持ち込むかである。
また振り出しに戻ってしまうが、二木さんは全く口を聞いてくれない。
過去の出来事のせいなのか、どうしても二木さんに睨まれると体が硬直してしまう。
呼び止めたとしても、そこからどうするか…。

「…あ」
「……」

うんうんと唸りながら歩いていたら、何と二木さんと鉢合ってしまったではないか!
まだ考えが全くまとまっていない状況だと言うのに。

「……」

すっ…

唐突な出会いに頭が混乱する僕をよそに、やはり二木さんは僕を素通りする。
あぁ、行ってしまう…。
ええい、こうなったら破れかぶれだっ!

「待って、二木さんっ!」
「っ!…」

擦れ違う寸前、体を捻って二木さんの肩を掴む。
さすがに引きずって歩くわけにもいかず、足を止める。
…こうやって体を張って止めようとしたのは初めてだった事に今気づいた。

「…何?」

さぞ面倒くさそうに向き直る。
反応したっ!
あれだけどうしようかと頭を悩ませていたというのに、意外と簡単な方法で会話に持ち込む事に成功した。
何にせよ、最も苦労するはずであった第一段階を突破したのだ。
ここからはもう、小細工を考える必要はなかった。

「その…この前は誤解させる様な真似をしてしまって…本当にごめんっ!」
「……」

思いを全て口から出す気で謝罪の弁を述べ、深く頭を下げる。
僕には、人を揺るがす様な上手い言葉は持ってはいない。
僕に出来る事はただ1つ。
素直に、気持ちを言葉に乗せる事だけだった。

「……」
「……」

沈黙。
頭を下げているため二木さんの顔は見えない。
恐らく、10秒にも満たない沈黙だったのだろうが、僕には果てしなく長い時間の様に感じた。

「…もう、別にいいわよ」
「…え?」

何とも判断のしにくい返答に、思わず顔を上げる。
二木さんは、脱力した様に溜め息をついていた。

「こんなに真剣に謝ってきてるのに、ここで許さないなんて言ったら、私、むきになってる子供みたいじゃない」
「……それじゃぁ…」
「しょうがないから、許してあげるわよ」

やれやれと言った風に、両手を肩まで上げ、首を横に振った。
実感が沸かないが、許されたらしい。

「…大体の話は葉留佳から聞いたわ」
「え?」
「その、…私と、もっと仲良くなりたいがためにあぁいう事を言ったって…」
「…」

気恥ずかしそうに手を後ろで組んでもじもじとする二木さん。
どうやら、葉留佳さんが僕の知らぬ所で話をつけていてくれたらしい。
あの場面には葉留佳さんもいたし、その後の僕らの仲を心配してくれたのかもしれない。
それが功を奏したのだ、感謝せずにはいられない。
後でお礼を言わないと。

「だからといってあんな事言うなんて…何というか、やっぱり色々とおかしいわ、あなた」
「ぐっ…」

次いで出た毒舌に言葉が詰まる。
いや、確かにその通りなのは間違いないのだが…。
そうはっきり言われると、少し心が痛い。

「……でもまぁ、私にも非はあるかもしれないわ」
「…え?」

その次の言葉に、また疑問の声を上げてしまった。
どうして。
今回の件は、どう見ても僕が悪いはずなのに…。

「まぁ認めたくないけど……いえ、普通にあなたとはもう友人と言って差し支えない間柄になっているというのに、私はずっとつっけんどんな態度を取り続けてきた。それが、あなたに気を揉ませてしまうという事に繋がったのは確かだと思う」
「……」
「だから、その…葉留佳の話を聞いて、私は素直に嬉しいと思ったし、ええと…あなたと、もう少し手を取り合っていきたいとも、思うわ」

そっぽを向きながら、けれども慎重に言葉を選んでいく二木さん。
やっぱり、そうだったのだ。
彼女は、人と素直に接するのが酷く苦手だったのだ。
彼女の学校生活は、あの家で作られた仮面を被って送り続けてきたのだ。
葉留佳さんとの問題を正面から受け止めるまでは。
そして今、少なからずその仮面を取って、僕と向かい合おうとしてくれている。

「…よかった」
「え?」
「二木さんもそう思ってくれていて、僕も嬉しいよ」
「そ、そう…まぁ、葉留佳を通してとはいえ知り合ってそれなりに経つもの。自然な感情よ」
「そっか…それじゃ、これからも仲良くしてくれるかな?」

手を差し伸べる。
仲直りと、一層の友好の気持ちを込めて。
俯いていた彼女の手を取るために。

「…ええ」
「……これからも、よろしく」
「こちらこそ」

彼女も手を出し…握手をする。
力強く。
女の子らしい、とても柔らかい手だった。

「…何か、変な感じだね」
「そうかしら?こういうのもいいんじゃない?」
「……そうかもね」

互いに気恥ずかしくなり、笑みを零す。
彼女の笑顔は、少し表情を緩ませるだけだったけれど。
いつもより、嬉しげに見えた。
雨降って地固まる…かな?
一波乱二波乱あったけれど、こうしてさらに歩み寄る事が出来た。
葉留佳さんも交えて、もっと楽しくなれるに違いない。
これからの生活を思い、一層僕の頬は緩むのだった。





翌朝。
教室に向かう途中、二木さんと出会った。
昨日の件があるとはいえ、変に気負うのもおかしい話だ。
というわけで、普段通りに挨拶をする事にした。

「おはよう、二木さん」
「おはよう、直枝理樹。相変わらず、これでもかという程ダメさ加減が見て取れる顔してるわね」

そう言って、二木さんはあからさまに嘲笑を僕に向けてきた。

あれ…仲良、く……?


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