「うー、いてて…」

出来るだけ体に負担がかからない様にゆっくりと歩く。
四肢の節々が痛む。
だというのに、外傷は全くない。

「ぼこぼこにやられた気がしたんだけどなー」

二木さん、そして葉留佳さんのお仕置きは予想以上に地獄だった。
殴打…つまり、純粋に殴られまくっただけだったが、2人の拳の回転速度は音のそれを超えていたんじゃないかと思う。
弁明する時間すら与えられなかった。
昨日の晩は、気づいたらベッドの上だった。
葉留佳さんが運んでくれたのかもしれない。
そんな優しさを見せるなら、もうちょっと手加減してほしかった。
その後すぐ、意識を失うように寝てしまったが。
よく真人は鈴の攻撃をあれだけ受けて平然としていられる。
鈴のキックも見た限りではけっこうな威力のはずだが。
纏っている筋肉は伊達じゃないという事か。
ちょっぴり真人の屈強さを尊敬しつつ、僕は朝食を取るために、時間をかけて食堂へと向かった。
真人はランニングした足で、そのまま食堂へ向かったらしい。
部屋で待っていたが、姿を現すことはなかった。

「理樹」
「鈴。おはよう」
「うん、おはよう」

廊下を曲がった所で、鈴と遭遇した。
鈴も食堂へ向かっている途中の様だ。

「鈴も朝ごはん?」
「うん」
「じゃ、一緒に行こうか」
「…わかった」

鈴の横に並ぶ。
そういえば、鈴と2人きりで行動するのは久しぶりの様な気がする。
昔はいつも僕か恭介の後ろにくっついていた気がしたんだけど。
葉留佳さんと付き合い出した頃からだったか。
あまり気にしていなかったが、もしかしたら鈴は僕と葉留佳さんに気を遣っていたのかもしれない。
そうか、あの鈴が…成長したものだなぁ。
鈴ですら気遣いを見せているというのに、僕はなぜ小毬さんと2人きりで買い物になどでかけてしまったのか。
葉留佳さんという彼女がいるというのに。
少し無神経すぎたな。
大好きな葉留佳さんには絶対に嫌われたくない。
なるたけ気を揉ませない様にしないと。
お姉さんも怖いし。
などと、ぼぉっと物思いに耽っていたのだが…。

「……理樹、歩くの遅い」

気づいたら鈴と距離が開いてしまっていた。
体がボロボロだったのをすっかり忘れていたのだが、体は正直だったらしい。
鈴は至って普通の速度で歩いていたのだが、そのスピードは今の僕には辛かった。

「…ごめん、やっぱ先に行ってて」
「どうした?具合でも悪いのか? 」
「いや、ちょっと体が痛くて…」
「どこか怪我したのか?」

とことこと僕に歩み寄ってくる。
あぁ、鈴は優しいなぁ。
その優しさが、痛みを和らげるように染み込んでくる気がした。

「昨日二木さんと葉留佳さんに怒られちゃってね…まぁ僕が悪いんだけど」
「手当てはしたのか?」
「いや、特にこれといった傷は見当たらなかったら」
「そうか…」

僕の話を聞いた鈴は、腕を組んで何か思案する様に黙っている。
まぁほんの少し前まで寝てたからする暇もなかったと言った方が正しいのだが。

「どうしたの、鈴?」
「……」

答えない。
何か考えている様だが、鈴の思考は恭介並に常識外れだからなぁ…予想しようがない。
この体じゃ、先に行くと言って歩いていく事もままならない。
まぁ置いていく気はさらさらないけども。
鈴が口を開くまで、待っている事にする。
すると。

「理樹、私の部屋に来い」
「…へっ?」

鈴がものすごい提案をしてきた。
鈴の部屋に行く…だって?

「…何で?」
「手当てをしてやる」
「いや、だから特に傷とかないから」
「痛いんだろ?だったら包帯とか巻いた方がいい。任せろ、私がきっちりやってやる」
「ちょ、ちょっと鈴っ!」

有無を言わさず、鈴が僕の手を引っ張って体を翻した。
ちらと横顔を覗くと何やら上機嫌で、今にも走り出しそうだった。
それを制しているのは、僕の体を案じてくれたからなのかもしれない。
鈴は本当優しいなぁ…。
鈴の手の温かい感触と相まって、心の奥がじーんとした。


僕は朝の陽射しに目を細めながら、鈴と手を繋いで女子寮へと向かったのだった。






「…理樹君?こんな所で何してるのかな?」
「……あれ?」

女子寮の廊下で、僕の彼女と鉢合わせた。
もちろん鈴も一緒に。
手を繋いで。
あれ?これもしかして…?

「ちょっとこっち来てくれる?」
「……」

さっき僕、何か決意を胸に秘めた気がしたんだけど…?
そんな事を考えながら、僕は彼女の部屋に吸い込まれたのだった。






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