「直枝……うーん、まだ何か変ね」

鏡の自分に向かって呟く。
何でこんな事してるのか、自分でもよくわからない。
クドリャフカがお風呂に入って一人になったら、ふと今日の寮長室での出来事を思い出した。
言い慣れていない。
全くその通り。
だったら慣れればいいだけだと、こうして鏡に向かって何十回と「直枝」と呟いている。
傍から見たら相当気持ち悪い光景だろう。
だからさっさと済ませたくて仕方がないのだけれど、依然として吐き捨てた感が拭えず、鏡の前から離れることが出来ないでいる。
というか、練習って何よ、練習って。
名前を呼ぶだけじゃない。
馬鹿みたい。
こんな簡単な事すら出来ないなんて、自分の事ながら呆れてしまう。

「……そうよ、どうかしてるわ、私」

ただ何気なく「直枝」と呼ぶだけでいいのに。
何をこんな苦労しているのだ、私は。
変に考えすぎなんだ、きっと。

「少しイメージしてからやればすぐ終わるわ。ええ、きっとそうよ」

他の人達の名前を呼んでいるのと同じ様に、「直枝」と呼ぶイメージを、目を瞑って練ってみる。
直枝。
直枝。
直え。
なおえ。
なお、え?
なおえ?
なおえ!
ナオエ!!
NAOE!!!
NA・O・E!!!!

「……ダメ。余計変になったわ」

沢山の私が「直枝! 直枝!」と叫びながら直枝を胴上げするイメージが出来上がっていた。
私、変な子なのかしら……。

「やっぱり声に出して言わないとダメね……」

鏡の向こうにいる自分を見つめながら、再度確認する。
全然難しいことじゃない。
確かにこんなことのために練習するなんておかしいことだけれど、今の私には必要。
原因は、言い慣れていない。
それだけ。
つまり、数をこなせばいい。
よし、いくわよっ。

「直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝! はーっ、はーっ……直枝、直枝、直枝、なおえ、なおえっ、なおえ! なおえっ! ナオエ! ナオエっ! ナオエー! ナーオエ! ナオーエ!」

ガチャ。

「佳奈多さーん、お風呂上がりま――」
「ナオウェーイ!!!」
「……」
「……」
「か、佳奈多さん?」
「……何でもないわ。それじゃ、お風呂入ってくるわね」
「はい……?」

小首を傾げるクドリャフカを放って、私は浴室へと向かった。
もう何でもいいわ。
ほんと。
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