「ねぇ…直枝理樹?」
「何、二木さん?」
「シフォンケーキ、好き?」
「え?うん、好きだけど…」
「そう…」

………。

「ねぇ…直枝理樹?」
「何、二木さん?」
「昨日の夜中にやってたドキュメンタリー、見た?」
「いや、見てないけど…」
「そう…」

紙コップをちょくちょく口に傾けつつ、こちらを一度も見ない二木さん。
さっきから投げかけてくる問いに何か意味はあるのだろうか。
そもそも、何故僕と二木さんは中庭のベンチに仲良く座って昼食なぞ食べているのか。
無限に湧き出る疑問が僕の脳内を縦横無尽に駆け巡るが、どれ1つ消化されず元気に走り回っていた。
何だろう。
何がしたいのだろう。
元々性格的に理解し得ない部分はあったが、今日この一時の二木さんは、今まで以上に僕の思考回路ではまずもって結論を出せない程、変だった。

「ねぇ…直枝理樹?」
「何、二木さん?」
「目玉焼きにかける調味料といったら、何?」
「え?まぁ醤油とか…」
「そうよね、やっぱり醤油よね」
「う、うん…」

またも脈絡のない質問。
しかも、『醤油』と答えたら少し目が輝いた。
本当にさっきからどうしたのだろう。
そちらは昼食を食べ終え食後の一服と洒落込んでいるからいいものの、僕はまだ手元の弁当を半分近く残しているんだぞ。
せっかく葉留佳さんが作ってくれたのだから、残すわけにはいくまい。
姉ならそこらへんの事は察知してくれよ。
面倒くさいなぁと思わないでもないが、邪険に扱うと後々厄介なので、真面目に受け答えする振りをしつつ、食事に専念させてもらおう。

「ねぇ…直枝理樹?」

また来た。
ぱくぱく。
はいはい、何ですか?

「昨日の神北さんとのデートは楽しかったかしら?」
「ああ、うん、そりゃもちろん…………はっ!」

思わず口を手で覆う。
二木さんは今何を聞いた!?
そして今僕は何を言った!?
ギギギ…と、錆付いた機械の様なぎこちない動作で、首から上を二木さんの方へ動かした。

「………そう」
「ひ、ひぃっ!」

修羅がいた。
鈍く光る眼球が一度もぶれる事なく僕を捉えている。
心なしか、薄紫の長い髪が風も吹いていないのにゆらゆらと轟いている気がした。

「葉留佳という彼女がいながら、よくもまぁそんなふてぶてしい行動が取れるわね……直枝理樹」
「い、いや、あれはデートなんかじゃないしさ…ほらっ、小毬さんはバスターズのメンバーだしさっ!」
「どうでもいいわ、そんな事は。私が許せない行動を取った…それだけで罪よ」
「傲慢すぎるっ!」

先程気にかけてた弁当などそっちのけで、ベンチから退く。
しかし、僕の行動に一寸の遅れもなく、二木さんは距離を詰めてくる。
激しい運動などしていないのに、背中がじっとりと湿っていた。
彼女を見ていると噴き出る汗が止まらない。
直視していたくないのに、一挙一動が恐ろしすぎて直視せざるを得ない。
一瞬でも彼女を見失ったら恐ろしい事が待っているのはわかっているから。
最も、視界に捉えているからといって、何かが回避できるとは到底思えないが。

「ふふ…懺悔の時間は終わったかしら?無駄に時間を延ばすのは感心しないわよ?」
「い、いやぁ〜、もう少し時間を頂きたいと願って止まないのですが…」
「無理。気の長い方じゃないのよ、私」
「酷っ!と、というか、これは僕と葉留佳さんの問題じゃないか、二木さんが出てくる事じゃないはずだ!異議を唱えるっ!」
「姉には妹の彼氏の愚行を裁く権利があるのよ。問答無用で」
「理不尽すぎるわっ!」

退きながら、そんな問答を繰り返していたが。

ぴとっ。

「っ!?」

二木さんに集中しすぎていたせいで、周りに気を配るのを忘れていた!
背後に校舎の外壁を構えてしまっていた。

「もういいかしら?いい加減こんなゆっくりとしたおいかけっこも飽きたし」
「あ、あぁ…」
「葉留佳の分まで断罪してあげるわ……贖いなさいっ!」


あ…ああああぁぁぁーーーーっ!!


中庭に、僕の叫び声が木霊した。










その後、昼に二木さんと2人きりでいたという事実を知った葉留佳さんとさらに揉め事が起こったのは秘密だ。
口に出すのも恐ろしい。
怖すぎるよ…あの姉妹。






web拍手を送る
面白かったら押してください。
inserted by FC2 system