トントン。 「………」 このじくじくとした感じがいやに不快に感じさせる。こういうのって簡単に抜ける方法ってないのかしら。 「じれったいわね…!」 気にしなければどうということはないのだけれど、一度気にしてしまったものを意識の外に出すのは難しい。 ドンドン。 「誰ですか、こんな時間に」 ドアを開けて確認すると、そこには、 「ドッキリビックリドンキーなはるちん参上です!」 ガチャリ。トントン。 『ちょっとー!? 妹のこと、素で無視しないでーっ!?』 ドンドンドンドン! 「うるさいわね。周りの迷惑になるからやめなさい」 一部変なのが混じってた気がするわ。ツッコんでたらキリがないからツッコミはしないけれど。 「いやー、やっとおねーちゃんが心の扉を開けてくれましたよ。妹のはるちんは頑張りました」 こんな不快な気分のときに会いたくなかった。 「おねーちゃん、なんだか機嫌が悪い?」 ハッ、不機嫌でつい変なことを口走ってしまったわ。気をつけないと。 「んー、本当に機嫌悪そうだね。何かあったの?」 ガチャ、バタン、ガチャリ。 「ふぅ…落ち着きのない子なんだから」 トントン。気分を入れ替えてもう一度。それでもやっぱり出なかった。 「これで…!」 ………。 「なんでこれでも無理なのよ! 少しくらい吸い取ってもおかしくないでしょうが!」 段々とイライラが募ってくる。ここまでストレスが溜まることは、そうあることじゃない。 「あの姉は鬼です、鬼畜ですよ! 誘おうと思ったのに、無理やり勉強させやがろうとするんですヨ!」 相変わらずうるさい妹を一撃で黙らせる。 「よう、二木。随分とご機嫌が斜めじゃないか」 一言で切り捨てる。そんな暇があるなら明日の予習でもしてたらいいのに。 「…直枝は?」 いつもいるはずの、目立たない…けれど、いないだけで姿を探してしまうその少年がいない。 「あいつなら寮長の仕事がーって頭抱えていたぞ」 わからないところがあったら素直に訊けばいいのに。一人前に役職に就いたせいで、その辺のところ麻痺してるのかしら。 『今日は小毬さんの部屋に泊まりに行ってきます。クドリャフカ』 「…今日は一人なのね」 一人には慣れていたはずなのに、ふと覚える寂寥感。 「…空気を読まない耳よね」 未だに抜ける気配がない。苛立ちはさらに募る。 「こんなにしつこいのはまるでクドリャフカみたいね…」 嫌らしさはこっちのほうが上だけど。 「…今度は誰よ」 今日はつくづく私を苛立たせる日みたい。 「…誰?」 もはや苛立ちを隠そうともせず応対する。この態度で帰ってくれればありがたいのだけれど。 「あ、佳奈多さん。ちょっと寮長の仕事の件で聞きたいことが……」 直枝だった。 「えっと…出直してきたほうがいいかな?」 葉留佳とは違い、こちらの機嫌を敏感に察知し、一歩後ろに下がる。 「…べ、別にいいわよ。仕事なら仕方ないんだから」 そう、仕事なら仕方ない。それに今はクドリャフカもいない。脇道に逸れることもないはず。 「どこがわからないの?」 っ。直枝の顔が私のすぐ隣に。ドキドキ、と胸が高鳴る。な、なにドキドキしてるの、私は! 今は公私の公よ。しっかりしなさい、二木佳奈多! 「なるほど。ありがと、佳奈多さん」 時間にしてみれば数分とも経ってない。もっと経ってると思ったのに。 「か、佳奈多さん?」 それを案の定、見られたのは直枝。運が悪すぎる。 「機嫌悪そうだと思ってたんだけど、今の、何か関係ある?」 言ってしまった。しかもすんなりと。葉留佳には苛立ちながらも言えなかった気恥ずかしい原因を。何故なのかしら。 「あー…たまにあるよね。取れないときは確かにイライラするよね」 ホッとしたように呟く直枝に、私はさらに苛立つ。侮辱された感じがしたから。 「どうせ他人事でしょ。終わったならさっさと戻りなさい。本来ならいてもいい時間でもないのよ」 後で? 聞き返そうとする前に、直枝は既に退室していた。 「…濁さなすぎよ」 もう少しくらい、いてもいいじゃない。
コンコン。それから数分もしないうちにまた来客。 「ごめんね、何度も」 無言でドアを開けると、そこには戻ったはずの直枝がいた。後で、とはこういうことなの? 「佳奈多さん、横になって」 な、直枝はいきなり何を!? まさか何かしらの準備を済ませてきたってこと!? 「直枝、あなたね…!」 怒り心頭な私に向けられた言葉は、そんな怒りがどこへいってしまったのか、そんな言葉。 「ネットで調べたんだけど、出てこない場合、逆にたくさん入れたほうが一気に出るらしいよ。だから借りてきたんだ。あ、借りてきたっていっても汚くないよ。何故か知らないけど厨房にあったのを借りてきたから」 そう返すだけで精一杯だった。 「耳に水入れるとき、またゾクってするかもしれないけど、平気?」 顔を見られたくないから、背を向けて寝転がる。上に向けた耳がちょうどそっちの耳でよかった。 「はい、じゃあ入れるよー」 チュンっ…じわじわ、と染み込んでいく。変な感覚。それに耐えられなくて、慌てて耳を下に向ける。 「ふぅ…」 気が抜けたのか、今度は仰向けに倒れこむ。 「えっと…まあ、いっか」 見上げると、直枝の顔がすぐ上にあった。 「もっと苛立ち、消してあげようか?」 と耳元で囁いた。
終われ。
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