「さて……どうやら、噂は本当の様だな」

厳かに恭介がそう口を開いたのは、佳奈多が教室を出た後の事だった。
彼女は微動だにしない彼ら……リトルバスターズに若干の不審な目を向けたものの、特に言及する事はなく、理樹がいないとわかるとそそくさと教室を後にした。
だがその行動が、情報を与えてしまった。
『風紀委員長自らが率先して行動する程の事態』という情報を。
そして、今朝方騒動となっている、件の壁新聞。
この2つの事象をイコールで結び付けるのは、恭介でなくとも容易いことだった。
 
「まさか、あの時のアレがこんな事態にまで発展するとはな……」

その時の光景を思い出してか、来ヶ谷が、苦虫を噛み潰した様な顔をして呟いた。
良い様に翻弄されたという事実は、基本サドスティックな彼女にとっては不満の何物でもないのだろう。
理樹を困らせるというオイシイ場面も、見知らぬ生徒に奪われてしまっているのだから。
 
「しかし、理樹が女装か……」
「宮沢さん、今、直枝さんの姿を妄想しましたね?」
「うむ、した」
「……」
 
ここまで来ると、馬鹿とかそんなレベルでは切り捨てられないのでは……。
あまりにも堂々と肯定する謙吾を前にし、美魚は珍しく目を見開きながら、そんな思考を巡らせた。
でもそれはある意味で好都合かもしれない、などという気持ちもちょっぴり抱きながら。
 
「よし、じゃぁお前らの意見を聞こうじゃないか」

恭介が、パンパンと二度手を叩いて注意を引く。
何故か、リトルバスターズのみならず、クラス全員が恭介に視線を集中させていた。
 
「理樹に女装させるとしたら、何が似合う?さぁ早押し」
「ピンポン!」
「おぉ早いな三枝、しかも効果音をわざわざ口で言う徹底ぶり。10ポイントだ」
「やたー!」
「おいっ、話がズレてるぞ!」
「あぁ、すまない」
 
お叱りを素直に受け止めつつ、恭介はちらりと目線を鈴に向けた。
口下手な鈴が、今日は輪をかけて静かだった。
むしろ、イライラしている様に見えなくもない。
そんな妹を朝から見てきた兄として、やはり何か思うところがあったのだろう……恭介が、そっと話しかけた。
 
「鈴」
「何だ」
「……生理か?」
「っ!?」
 
ドグシャッ!!!

高々と舞い上がる御御足。
ちらり……どころか、豪快に晒される太腿。
何かを期待して覗き込んだ男子生徒達の目に焼きつく……濃紺のスパッツ。
 
「いっぺん死んでこい、このバカきょーすけ!!!」

男子生徒の儚い希望を見事に打ち砕いた鈴が、そう吐き捨てる。
断末魔を上げる事すら叶わず、恭介は床に叩きつけられ、その意識を一瞬で刈り取られた。
 
「もういいっ、あたしが理樹を探してくるっ!」
「あぁ待って鈴ちゃん、私も行くよ〜!」
「じゃぁ私も行きますっ!」

ぷりぷりと怒りを態度に表しながら教室を出て行く鈴と、その後に続くようにして廊下に飛び出していくのほほんコンビ。

『……』

しんと静まり返る教室。
鈴の強烈な一撃は、男子生徒の欲望や恭介の意識を断ち切っただけでなく、教室の空気すらも両断していた。
それは空気が凍った様に固まっているわけではなく、『結局どうなったんだ?』という雰囲気の、そわそわとした静けさであった。

「……ふむ」

その空気を、唯湖が一言で払拭させる。
恭介の後釜を担う人物は、彼女以外にはいない。
たった一言、鼻から息を漏らしただけのそれは、クラスメイトの耳に確実に行き届いていた。
瞬く間に、視線が集まってくる。
注目されているのを肌で感じ取った唯湖が、小さく微笑んだ。
――わかっているとも、君らの望みは。
その確信づいた様な笑みを携え、彼女は静かに、けれど楽しげに、喉を震わせた。

「私は、理樹君には女子生徒の制服プラスアルファを施したいのだが……如何だろうか?」
「ピンポン!髪は私に任せてくだせぇ姉御!」
「うむ、張り切っていじってくれたまえ」
「ピンポン!俺の筋肉はどこで使うんだ姉御!」
「君は部屋の外の警備だ。少年のメイクアップ過程を拝むことは私が許さん」
「何でだよっ、俺にも見せてくれよっ!」
「待て、もしかして俺もなのかっ!?」
「当たり前だろう、男子禁制だ」
『そんなあああぁぁぁぁぁっっ!!!』

真人と謙吾に混じって嘆きの叫び声を上げる男子生徒達。
鈴の烈火の怒りをうちわでふわりと吹き飛ばすかの様な唯湖の一言は、クラスメイトのテンションを怒涛の勢いで上昇させた。
女子も男子も関係ない。
ここには、ただひたすら『自分が面白い』と思えるものを追求する道楽者しかいなかった。

「……馬鹿になれることは、いいことです」

美魚の弁護とも取れるその呟きは、教室の暴風の様な騒ぎに、一瞬にして吸い込まれていったのであった。







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