妙に視線が集まっている気がする。
もちろん、僕に。
現在僕が見てきたところだと、擦れ違った生徒達の半分くらいが、僕に奇異の視線を突き刺していった。
ひそひそと内緒話をしながらという、オマケつきで。

「……」

な、何なんだ?
朝はちゃんと鏡で身だしなみをチェックしてきたから大丈夫なはず。
歯磨き粉はついてなかったし、寝癖もしっかり直してきたし、社会の窓も閉まってることを確認したっ。
不安要素は1つもないはず!
何が僕を惹きつけていると言うんだっ、諸君っ…!

「ねー、まさかあんな趣味があるなんてねー」
「しっ!聞こえるわよ…」
「やばっ、見られた!」

趣味?
僕を見ていた女生徒達の会話を盗み聞く。
女生徒の汚物を見る様な視線で何だか涙がちょちょぎれそうだが……何、今はそれどころではない。
自分に何が起きているのか、それを確かめねばなるまい。
そうしなければ、本当にちょちょぎれてしまいかねないから。

「……ん?」

階段を登り、廊下へと踊り出たところで、何だか騒がしいことに気づく。
前方に、妙な人だかり。
どうやら壁に何か掲載されているらしく、それを見ようと人が集まっている様だ。
何かビッグニュースでもあったのかな……?
と、近づいていってみれば。

「……っ!?お、おいっ!」
「あ?……う、うわぁっ!」
「きゃー、本人が現れたわーっ!」
「……全然イケるっ」

僕の姿を見つけた途端、忍者の様にその場から散っていく生徒達。
瞬時にして閑散となったその場に、木枯らしが吹いた様な気がした。

「一体何がどうしたっていうんだ……」

不可解な反応ばかりを見せる校内の生徒達に首を傾げつつ、皆が見ていたであろう壁へと目を向ける。
どうやら、本日発行の壁新聞を見ていた様だ。

「何だってこんなものに……」

写真部と新聞部が合同で作っているこの壁新聞は、毎月一度掲載されているが、はっきりいって人気がない。
記事の構成やら文章の上手さ……なんてものは僕にはわからないが、何が原因なのかはわかっている。
何よりもまず挙げられるのは、記事が面白くない。
載っているのは大抵、誰かがインターハイに行っただの、何かの校外行事にどこの部が参加しただの、それはもう集客力のない記事ばかりだった。
その程度の情報などクラスの誰かが話しているのを耳にすれば事足りるし、知り合いであれば自ら聞きに行った方が遥かに面白いからだ。
特別インタビューなどと表していたりする記事もあるが、ほとんどは上っ面の、どうでもいい様な質問ばかり。
僕も数回見た事があるが、まずもって毎月足しげく通って見に行こうとは思えぬ出来だったのを、覚えている。

だが、そんな壁新聞が、今回に限っては妙な人気を博している。
しかも、どうやら僕絡みの。
もう確信を持って言える。
奴ら、僕のよからぬ噂をゴシップにしたに違いない。

「さて……フライデーとどちらが上かな?」

たかが噂である。
至って真っ当な高校生活を送っている僕に、そんなたいそうな噂があるわけがない。
交友関係は狭い方だし、誰かと熱愛関係だと囁かれた事もない。
でっちあげに決まってる。
後で写真部と新聞部に駆け寄って、謝罪と訂正の文を作らせれば万事解け―――

『2年直枝理樹、まさかの女装癖!!!』

つ……?

『自ら激白!「僕、何か女装したくなってきたな〜」』

時が止まった。
でかでかと書かれた見出し、校舎裏で来ヶ谷さんと西園さんに何かを訴えかけている、僕の写真。
おかしい。
あれは、どう見ても僕が被害者なはずだ。
……待て。
そもそもあの場に、他者が存在していたというのか……?
いや、ありえない。
少なくともそんな気配はなかったし、仮にいたとしても少人数集団の写真部と新聞部があの場にいる可能性など五厘を切る。
だがしかし、写真というれっきとした事実が、僕の推理を完全に否定する。
五厘という、本当にわずかな可能性。
だけれども、0ではない。

起こらないから、奇跡って言うんですよ。

この程度の事象など、奇跡と言える程のものではないというわけか。
やられた……そういうことだった。
写真を撮られる芸能人の心境が、今少しだけ、わかる様な気がする。

「……ふぅ」

でもまぁとりあえず、だ。
やることあるだろう、直枝理樹?

「写真部と新聞部のヤツ、出て来いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

自業自得だとしても、それで納得できる程、僕は大人ではなかった―――







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