「理樹君、いい加減にしたらどうだ」
「……」
「もう直枝さんには後はありません……さぁ、一緒に部屋に戻って、皆におめかししてもらいましょう」

ひんやりとしたセメントの感触が、背中に伝わってくる。
ひたすら逃げのびてきたが、遂に追い込まれてしまった。
確かに僕が童顔である事は自覚しているし意地を張って否定する気もない……だが、しかしだ。
だからといって女物の服を好んで着込みたいかというと、絶対にそんな事はあるわけがない。
僕だって男だ、女性の服を着るくらいならむしろ女性に着せたい、そして脱がせたい。
だがこの人達はありとあらゆる手を使って、僕を落とし込もうとしている。
目の前にいる敵は2人、だが実際は6人……そして味方は、誰もいない。
恭介達もあんまりだ、何が『まぁいいじゃないか、たまには遊び相手にでもなってやれよ』だ。
わかってるんだよ、恭介……恭介が、密かに僕の女装姿を期待している事にはね。
どういう理由で期待しているのかは皆目検討もつかないが……というか、考えたくもない。
『やべぇ、オギオギしてきたぜっ』と鼻息を荒くする真人や、静観して茶を飲む振りをしながら湯飲みで口のにやけを隠そうとする謙吾も同類だ。
くそっ、僕の周りは変態しかいないのかっ。

「観念したかい、理樹君?」

来ヶ谷さんが、砂利を靴で擦るようにしながら、一歩踊り出る。
彼女の後ろで、西園さんがロープをぴしゃんとしならせた。
観念するしか、ないのか。
一度きりならいい……だが、これで調子に乗って毎度毎度着せ替えさせられる様な事態にでも発展したら、僕は間違いなく首を吊るだろう。
真人のベッドの上で。
だがしかし、今の僕に回避する術はなかった。

「ふぅ……わかったよ」
「おぉ、やっとその気になってくれたか」
「では、戻りま――」
「さぁ、服を貸してよ」
『え?』
「ちゃちゃっと着てあげるからさ、服貸してよ、どっか見えない所で着替えてくるから」

ほらほらと手で寄越せと合図してみるも、2人は困った様に顔を曇らせたまま口を噤んだ。
何だよ、そっちから要求してきたんじゃないか。

「あのだな理樹君、服に関してなんだが……」
「私達が手取り足取り腰と……げふんげふんっ、私達が着せてあげます」

欲望を隠そうともせず、淀んだ目をこちらに向けながら彼女らは言った。
なるほど……そういうことか。
彼女らの目論見が手に取る様にわかる……彼女らは隠す素振りすら見せなかったのだから、当然だった。
だがしかし。
女装するとしてもこの直枝理樹っ、ただでは終わらんぞっ!

「そんな、手間でしょ?むしろ僕、なんか女装したくなってきたな〜……だからほら、早く服貸してよ」
「い、いやだからな理樹君――」
「どうしたの来ヶ谷さん、僕に女の子の服を着せたかったんでしょう?さぁさぁさぁ!早くお望みの衣服を持ってきてくださいよ!」
「ち、違うっ!私達はこんな展開望んでいないっ!」
「くっ、直枝さんがまさか、こんな攻勢に出てくるとは……っ」

ずんずんと詰め寄る僕に気圧され、2人がじりじりと後退していく。

「『や、やめてよ来ヶ谷さんっ、恥ずかしいからやめてよっ』と、体を弄られて慌てる理樹君とかっ!」
「『え、え〜……こ、こんなの着るのぉ?他のでもいいじゃんかぁ……』と、渋々了承したもののやっぱり嫌で、涙目になって困った顔をする直枝さんなどを見たかったのに……」
「ふんっ、僕とて成長しているということさ……それを見越せなかった時点で、あなた達の勝算は0!帰って皆で反省会でもするんだね」
「くぅっ、次こそは着せ替えまくってやるからなっ」
「短い余生を楽しむがいいです……」

捨て台詞を吐いて、彼女らは立ち去っていった。
一気に静まり返った校舎裏に、木枯らしが吹く。

「ふぅ……何とか、凌いだか」

僕の白い息が木枯らしに運ばれ、上空で散った。
その様を見ながら、僕は誰に聞かせるでもなく、低い空に向けてしみじみと呟いた。

「今の、誰かに聞かれてたらやばいな……」

『朱に交われば赤くなる』ということわざを、ふと思い出した僕なのであった。



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