幼馴染。
幼い頃から親しくしてきた人の事である。
幼少の頃より培われた絆は深く、それは友人、ひいては家族とはまた別種の繋がりが存在していると言えよう。
そして、此度。
その幼馴染という間柄により深く悩まされる、1人の少女がいた……。









鈍い感覚に爪を刺せ











「よし、できた」

部屋で必死に机に齧りついていた鈴は、満足げな声と共にひらりと1枚の紙をはためかせた。
女の子らしいピンクの便箋が、窓から差し込む光に照らされていた。

「……うん、きれいに書けた。これなら大丈夫だ」

うんうんとひとしきり頷いた後、それを丁寧に二つ折りにし、封筒へと入れ、仕上げにハートのシール。
いかにもな手紙が、ここに完成した。

「…よしっ、行くぞ!」

誰もいない部屋で高らかに宣言し、鈴は部屋を飛び出した。
それはもう、猫も真っ青なスピードで。
教師に見つかったら烈火の如くお怒りを食らいそうな走りで、あっという間に女子寮の外へと飛び出す。
そのまま、目指す方向は男子寮。

「あ、鈴さんおはようございま……って、わふーっ!速いですーっ!」

通りすがりのクドリャフカのスカートを豪快に舞わせながら、鈴は男子寮の入り口へと突っ込んだ。
よほど己の持っているブツを見られたくないらしい。
弾丸の様に進入してきた鈴に驚いた視線が集中するも、中には誰もいませんよと言わんばかりに、彼女は目的の部屋へと急ぐ。
もちろん目指すは……。

ドバンッ!

「理樹、いるかっ!」

理樹の部屋である。
あれだけの全速力の走りをしておきながら、軽い息切れだけの鈴。
ぜひとも彼女の心肺機能をチェックしたい所である。

「んだよ鈴、慌しいやつだな、何のよ――」
「出てけっ!」
「なにゆえええええぇぇぇぇぇぇっ!」

鬱陶しげにのっしのっしと近づいてきた真人を、体重の乗った回し蹴りで部屋の外へと吹っ飛ばして、扉を閉める。
部屋にはもう後1人しかいないので、スカートの中を気にするなんて事は、彼女の頭にはなかった。

「随分エキサイティングだね、鈴。どうしたの?」

そして出てくるは、恐らく目的の人物であろう、理樹。
真人が一瞬にして消えた事に対して何の疑問も抱かず平然としていられるのは、慣れなのか、はたまた相当な人物なのか。
そんな理樹の声が聞こえた途端、鈴の髪の毛がまるで猫の耳の様に、一部分だけぴくりと跳ねた。
どういう原理なのか、これもまた考察してみたいものであるが、それは置いておこう。

「理樹……こ、これを読んでくれっ!」

先程までの激しさはどこへやら、鈴はもじもじと恥ずかしそうに体をよじらせた後、勢いよく両腕を前へと突き出した。
手にはもちろん、件の手紙が。
差し出された手紙を、理樹はさらりと抜き取り、まじまじとそれを見つめる。

「……僕に?」

こくり、と鈴は頷いた。
その仕草は、今日ではもうお目にかかれないくらいの、それはそれは乙女なものであった。
今一度確認を取った理樹は、丁寧にシールを剥がし、便箋を取り出した。

「それじゃ……」

律儀に宣言してから、読み始める。
行数にして3行……手紙にしては、随分とざっくりとしたものだった。
たったそれだけの文字数に思いの丈を募らせた文章は、これまたとても直球だった。


『理樹へ

まー何と言うか、好きだ
どー言えばいいかわからんが、好きだ
それだけはわかってくれ              鈴より』


何とも鈴らしい雰囲気が感じ取れて微笑ましいが、果たしてこれを恋文と捉えられるかといえば、判断に苦しむ所ではある。
だがしかし、それは彼女の事をあまり知らない人間から見た判断であって、ここにいるのは数年来の友、直枝理樹である。
阿吽の呼吸を見せる彼らの事、きっとこの3行の文で、彼女の思いを十二分に汲み取ってくれるに違いない。

「……なるほど」

じっくりと、嘗め回す様に文面を追った理樹が、一息吐きながら顔を上げた。
鈴はというと、何故かずっと同じ体勢のまま、微動だにしていなかった。
つまり、両腕を突き出した、中腰状態のままという事である。
これも緊張の表れと見ていいのだろうか。
それを理解しているのかいないのか、鈴の体勢に何のツッコミも入れぬまま、笑顔で理樹が言った。

「うん、僕も鈴が好きだよ」
「ホントかっ?」

理樹の反応と同時に、鈴がガバリと顔を上げた。
その目はきらきらと輝き、漫画の様に辺り一面にその光の粒子が飛び散るのではないかと思えるくらいだった。
それ程嬉しかったのだろう、何せこの手紙で気持ちが通じたのだから。
少なくとも、鈴はそう思っていたであろう……だが、現実は甘くはなかった。

「うん、だって鈴は妹みたいなものだもの。嫌いになんかなりはしないさ」
「……え″」

理樹にとっては、手紙は恋文と認識されていなかった。
まるで幼い妹が『お兄ちゃん大好き♪』『はっはっは、お兄ちゃんも大好きさ』という掛け合いくらいのレベルだと思っているのであろう。
確かにあの手紙の内容では少し難解かもしれないが……とにかく、恋愛対象と見なされなかった鈴のショックは大きかった。
せめてこれは恋文であると認識させるためか、鈴が猛然と食ってかかった。

「や、理樹っ、これはお前が思っている様な物じゃなくてだな――」
「うぅ、いつつ……こら、鈴てめぇっ!何しやが――」
「後2万回死ねぇぇぇっっ!!!」
「おししょうさああああぁぁぁん!!!」

そこで復活を果たした真人が部屋に入ってくるが、ものの数秒で再び錐揉み状になって吹っ飛んでいった。
鈴は相当に照れ屋だった……事情も分からず吹っ飛ばされる真人が不憫でならなかったが。
そして、真人の復活により、鈴はフォローのタイミングを完全に失ってしまった。
もう一度口を開こうにも、改まって『ラヴレター』という言葉を口にするのは恥ずかしく、中々声が出てこない。
何度も言うが、鈴は相当な照れ屋、恥ずかしがり屋である。
結局、何も言う事が出来なくなった鈴は。

「り……理樹なんて、嫌いだああああぁぁぁぁっっ!!!」
「あ、ちょっと、鈴っ」

己の気持ちと裏腹な事を叫びながら、部屋を出ていってしまったのだった。
彼女の、恐らく本気の告白第一回目は、残念ながら戦いのリングにすら上がらせてもらえなかったのだった。





******





初陣はあえなく失敗したものの、それで諦める鈴ではなかった。
何が彼女をそこまで動かしているのかは全くの謎であるが、そこは『恋する乙女のぷぁわー』という事にしておこう。
そんな『ぷぁわー』を無尽蔵に蓄積し続ける鈴は、次なる作戦を用意していた。

「それじゃぁこまりちゃん、よろしく頼む」
「うん〜、おっけ〜だけど〜……」

承諾しながら、小毬のくりくりとした大きな瞳が不思議そうに鈴を見つめた。
その作戦とは、言伝によるものらしい。
本人の鈴から言われるのではなく、その友人である小毬からそれとなく伝えられる事で、理樹に鈴を意識させようという、中々賢しい作戦だった。
『こい?あぁ、あの池にいるやつな』くらい恋とは無縁だった少女が、どこからそんな知恵を捻出したのだろうか。

「鈴ちゃん、それは〜?」
「ん、あ、あぁ何でもない、読みかけの漫画だ」

小毬に指摘された雑誌を、鈴が背中に隠す。
美男美女が煌びやかな背景と一緒に描かれている表紙……少女漫画の様だ。
どうやら、兄妹揃って情報ソースは似通っているらしい。

「じゃ、じゃぁこまりちゃん頼む!」
「わかったよ〜」

のほほんと返事をしながら、小毬が鼻歌混じりに部屋を出ていく。
どうやら鈴は着いていかない様だ……と思えば、何やらそそくさと耳元に何かをつけている。
インカムだ。
どうやら以前自分達が野球メンバーを集める際に使った手法を、今回使用する様だ。
まさか鈴が自作するとは到底思えない……兄から借りてきたものだろう。
作戦とはいえそこまでやる徹底ぶり、やはり兄妹の血は脈々と受け継がれていた。

『あ、理樹君〜』
『やぁ小毬さん』
「っ!?」

小毬が理樹と接触したらしい。
いきなり聞こえてきた声に、鈴はびくりと体を震わせた。
感度良好だった。

『どこに行くの?』
『あのね〜、理樹君に用事があったの〜』
『え、僕に?』
「……」

早急に作戦に出た小毬に鈴は何も言わず、ただインカムに耳を傾けていた。
この直球さが仇になっている感は否めないが、それが彼女たりえる部分でもある。
残す所は、想い人の理樹がこの素直な気持ちを、曲解せずに受け止めるだけだった。

『理樹君はぁ、鈴ちゃんの事どう思う〜?』
『どうって…?』
『好きとか、嫌いとか〜』
『そりゃもちろん、好きだよ』
「そ、そうか…」

耳元で『好き』という理樹の声が流れた瞬間、鈴はがくりと崩れ落ちそうになっていた。
色々と効いたらしい。
それでもまだ作戦は完遂していないと己を奮い立たせ、顔をやや蒸気させながら再び集中力を高めた。

『そっか〜……あのね理樹君』
『うん?』
『鈴ちゃんもね、理樹君の事、好きだと思うの』
『……だったら、嬉しいけど』
『だからね、2人が付き合えば2人は嬉しいし、私達も嬉しい。皆幸せな気持ちになれます。それはとても素晴らしい事だと、思いませんか?』
『僕と、鈴が付き合う……?』
「っ……」

いよいよ話は核心へと迫った。
小毬は得意の幸せ理論を振りかざし理樹に説得を試み、鈴は黙って固唾を飲み込みながら様子を窺った。
この作戦は、理樹を意識させる事が目的、この後の反応次第で作戦の成否が決まる。
ここまでは見事と言わざるを得ない展開、順調に来ていた。
これは上々だろうと、鈴はおろか小毬すらも好感触を掴んでいた。
だが、相手の男、直枝理樹という壁は、2人の考える以上に高かった。

『はっはっは、僕と鈴が付き合う事なんてないよ!』
「っ!?」
『えぇ〜!?どうしてぇ〜!?』
『僕と鈴は血は繋がってないけど兄妹みたいなものさ、鈴だってそういう好きなんだと思うよ』
「違うっ、こまりちゃん説得してくれっ」

やはり理樹は鈴を妹的存在としか見ていないらしく、鈴の気持ちはまるっきり伝わっていなかった。
やきもきした鈴は声を目一杯張って、小毬に説得する様インカムへと叫んだ。
だが、事態は思わぬ方向へと進んだ。

『というより、僕はね……』
『ふ、ほぇっ?』
「ど、どうした小毬ちゃんっ」

小毬の戸惑いの声が漏れ、鈴が何事かと焦る。
しかし、次にインカムから流れてきた声は。
鈴の思考を、焦りとかそんなもの以前の次元へと、吹き飛ばした。

『小毬さんが、好きなんだ……』
『え……』
「なっ……なにいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!!!」

もちろん理樹は鈴と小毬がインカムを通して連絡を取り合っている事など知るはずもなく。
至って真面目にそして本気に、小毬に告白していた。
鈴と小毬は予想だにしない事態に、思考の停止を余儀なくされたことは、言うまでもない。

『ダメ、かな……』
『あ、う、で、でも〜、その〜……』
「こ、こまりちゃん……」

どうして断らないんだこまりちゃんっ。
今の鈴の心情を代弁するならば、この言葉が相応しいだろう。
ここにきて鈴の乙女センサーが開花し、敏感にその反応をキャッチしていた。
敵が、目の前にいる!……と。
だがしかし、時は既に遅し。

『わ、私でよかったら……』
「こ……こまりちゃああああぁぁぁぁんっっっ!!!!」

ここに、新たなカップルが誕生し。
1人の少女の恋が、華々しく散る事となった。
何という愛憎劇、学校の日々、蚊王愛の劇場。
全てが斜め上……いや、遥か上空を飛んでいき、鈴は『ぷぁわー』を一気に枯渇させ、がくりと床に突っ伏した。
親友がまさかの寝返り……といったらやや語弊があろうか。
いずれにしろ、想い人が親友を好いていて、そして親友もその人の事が好きで、その恋が実ったという現実は変わらなかった。
唐突な展開を目の当たりにし、そのショックは並々ならぬものだったろう。
自分が理樹の隣に立つ事を夢見て奔走していたというのに、あっさりと親友に掻っ攫われてしまったのだ。
涙が出ちゃっても仕方ないだろう。
だって、女の子だもの。
裏切りとみていい小毬の行動であったが、鈴とてリトルバスターズのメンバーなら別に構わないと思っていた節もあり、小毬に対し悪感情を抱く事はなかった。
なかった……のだが。

「……まだだ。まだ、終わらない」

がっくりと崩れ落ちた体を、のそりと起こす。
その様は、地獄の淵から蘇る悪鬼の様だった。

「まだ、チャンスはある……っ!」

鈴は、まだ諦めてはいなかった。
そう、全ては計算。
最終的に理樹を手に入れられればいい。
それで小毬に負けたのならば、悔いはない。
怒涛の展開の中で、鈴は着実に成長していた。
尻尾を生やした戦闘民族並に。
彼女は決意した。
絶対いつか、理樹が羨ましがるくらいのボンキュボンな女になってやると。
そして、小毬と正々堂々と勝負するのだと。

「やってやる……やってやるぞあたしはぁぁぁーーーっっ!!!」

その姿は悪鬼などではなく、何度でも蘇る、神々しい翼を翻す不死鳥の様だった。
今ここに、理樹と小毬、そして鈴という三角関係が展開される事となった。
鈴の闘いは、これから始まったのだ……っ!

『今度、どっか行こっか?』
『え、え、え〜……そ、その〜……う、うん』

初々しいカップルの会話を、小耳に挟みながら。




ヲワレ





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60000HitリクエストSSです。
多分もう公表していいはず。
がまがえるさんからリクエストされました、『理樹と鈴が出ているお話』です。
小毬も出ていますが、一応どちらもメインに据えているので大丈夫なはず……。

うん、どうやら俺はやっぱり鈴と理樹をくっつけさせたくないらしい(ぇ
これだけ見ると小毬が悪女みたいな感じなってますが。
俺は、リトルバスターズの女性メンバーは誰が理樹とくっついても恨みっこなしみたいな感じだと思ってます。
皆、鈴みたいな感じ。
『理樹の事は好きだが、皆なら許す』みたいな。
だから最後にちょこっと書いた三角関係ってのも、生臭くなくて、あくまでさらっとした感じので。

ちなみに、『暇つぶしでもいいです』という事も書いてあったので、理樹は暇つぶし的なノリで、若干うざい仕様となってますのでご容赦を。     . inserted by FC2 system